強さの証明
剣戟。火花。互いの武器がぶつかり合い、高い音を響かせる。
メギトスさんの獲物はバスタードソード。通常の剣よりも長く大きい分重量があり、また、重心が他の剣とは別の位置にあるため、使いこなすのはやや難度が高い。その代わりに、相手からは届かない位置から攻撃したり、重量を活かした強攻撃もできる。俺には重くて使えなかったが、メギトスさんはかなり熟練した使い手のようだ。
「そらっ!」
大振りな横薙ぎを屈んで避け、懐に入る。左側の腰に構えた剣を逆袈裟に振るおうとするが、ヒュルル……と風の音が聞こえた。
初級黒魔法風系『ウィンド』が詠唱無しで放たれる。正面に風の塊が現れ、炸裂した。どちらかといえば攻撃というよりも、サポートの側面が強い風魔法はMDFの低い俺でも大したダメージは無い。だが、ここで耐えようとすれば体勢を崩され、追撃をもらってしまう。俺は風の勢いに逆らわずに後ろに跳んだ。
だがバスタードソードのリーチから逃れきることはできず、浅くだが腹を斬られた。鋭い痛みが腹に走る。なおも追撃しようとしたメギトスさんは、空から飛来した火炎を避けるために後ろに下がった。ちらりと横目で空の画面を確認すると、『WOR』側の得点が増加していた。俺は柔らかいからなぁ……結構増やされたか。
多対一、または多対多での戦いにおいて風魔法は真価を発揮する。動きの阻害、体勢崩し、魔法で生み出した追い風による擬似的な加速。その人次第でいくらでも応用が効くのが風魔法の特徴だ。ルミナスさんもそれを理解しているようで、かなり厄介だ。
一度状況を分析する。相手は五人で、前衛が三人、後衛が二人の構成。前衛のうち一人は盾役を担っており、こちらの攻撃中に割り込んでくる。後衛の援護もかなり厄介なもので、思うようにこちらの攻撃が当たらない。さすがの結束力だと言う他ないだろう。
こちらもチームプレイはするといえども、やっていることは『個の力の連結』だ。メギトスさんたちのような、互いが互いに作用し合うのではなく、一人の攻撃に他のみんなが追随して、一人ずつ確実に、かつ迅速に倒していくスタイル。というか、ステータスが極端過ぎてそうならざるを得ないのだ。
俺はSPD重視のなんちゃって前衛だし、サクヤはMAT重視の超火力型(SPDにも少し振ってるから移動砲台と言った方が正しいかも知れない)。リヒトはDEFとMDFを均等に割り振る盾役だから攻撃参加は言うほどできないし、テラコッタもMDFとDEXに振ってるから、やはり攻撃には参加できない。純正アタッカーはうちにはソナしかいないため、こういったチーム戦では対策をとられやすい。
「悪いね。君たちが実力者揃いなのは知ってるから、私たちのギルドの中でも特に精鋭を集めさせてもらったよ」
メギトスさんのお褒めの言葉。過大評価な気がしないでもないが、嬉しいものだ。
「あんたたちのせいで余計な評価もらったじゃない、どうしてくれるのよ」
「人のこと言えるかお前もだよ」
しかしサクヤにとっては余計なものらしく、冷ややかな視線を向けてくる。でもお前も結構目立ってたからな。あんな超火力ぶっぱなしてたらそりゃ警戒されるだろ。となると、
「やっぱゴリ押しじゃ勝てないか」
「そりゃそうだ。変にチームプレイ意識するより、いつも通りやる方が足を引っ張らなくて済みそうだぞ」
俺の独り言にリヒトが反応する。別に引っ張られてはないけどな。……でもまあ、少しばかりやりにくくはあるか。
「……分かれるか」
「だな。テラ! ソナ!」
「りょーかい!」
「了解です」
リヒトの号令がかかると、テラコッタとソナが三人で固まる。普段のレベル上げはあいつら三人でやってるみたいだし、あの方がやりやすいだろう。
「で、あんたと組むわけね」
「いつも通りだろ」
「何のためにチーム戦にエントリーしたのかわからないわね」
「勝てなきゃ文句言うじゃねーかお前。本当なら新しい戦術とか試したかったんだぞ」
サクヤも何かを悟ったのか、俺の近くに来る。どうせ負けず嫌いなサクヤの性格からして、遅かれ早かれこうなったんだろうけど。
「手加減無しとか言ってたけど、そんな余裕なんか無ぇな。中途半端な戦術じゃすぐに崩される」
「あたしたちの場合、こっちのスタイルの方が戦いやすいものね。ここまでピーキーなステータスのプレイヤーが集まるギルドもそうそうないわよ」
やる事なす事全て裏目に出る。何で俺がやろうとする試みはこうも失敗続きになるのか。
「絶対そのうちに完全なチームプレイになるようにしてやる」
「どうでもいいこと言ってる場合じゃないわ。来たわよ」
こちらの動きを見て、向こうもやり方を変えてきた。対応も早いことだな。
『WOR』の一人、同い年ぐらいのスペードが短剣を前に構えて襲い来る。さらっとどうでもいいこと扱いされたことは水に流し、サクヤを後ろに下げて意識を目の前に向ける。短剣は軽いため一発の攻撃力こそ低めだが、クリティカル時のダメージは全武器中最高のダメージを叩き出すというのが特徴の武器種だ。『WOR』の、しかも精鋭を集めたというのなら、こいつも結構な手練なのだろう。盗賊だろうか? 右へ左へと素早く動き、こちらの狙いを定めさせないように移動する。だが、
「俺には通用しないぞ」
呟いて、地を蹴った。向こうはこちらを翻弄しようとしたのだろうが、生憎俺はSPDに極振りしているため、速い相手には慣れている。SPDに振るのは動体視力がよくないとやってられないのだ。じゃないと、自分の動きが速すぎて、相手の姿がうまく見えなくなるからな。
俺は、恐らく全プレイヤーの中でも最速のスピードで駆けて、スペードの後ろに回り込み剣を振るう。しかしスペードも、凄まじい反応をみせた。刃がスペードに食い込むというところで、スペードの身体が反転し、俺の剣を受け止めてみせる。無理のある体勢だったため、そのまま押し切ろうとしたが、あっさりと持ち直されてしまう。そして少しの鍔迫り合いの後、お互いに弾かれたように距離をおいた。
「ふい〜、やっぱり速いね、あんた。ATKに振ってなけりゃ危なかったな」
スペードが口を開く。軽い感じの、見た目よりも少し幼さを残した声だ。髪は青色にカスタムしており、見た目からして『俺、元気です!』と言っているように見える。
「でもま、俺らの仕事はあんたらを抑えておくことだからな。なあ、ダイア!」
スペードが振り返って、ダイアと呼んだ少女の方を見る。
「え、ええ……そうですわね……」
少しオドオドした金髪ツインテールの少女は、聞き取れるか聞き取れないかぐらいの声で返答を返した。どことなく深窓の令嬢、といった印象を受けるな。しかし、あれでも精鋭らしいのだから油断はできない。
「相変わらず自信無さげだなぁおい。もっとガンガン行こうぜ!」
「あ、あまり積極的に攻撃しない方がよろしいのではなくて……? わたくしたちの役目はあくまでも足止めですし……」
「だーかーらー、稼げるポイントは稼いでおくほうがいいに決まってるだろ? ちっとぐらいならどうにかなるって」
やいやいと言い合う二人。これ、今攻撃しちゃダメだろうか。……ああ、お前はそういうやつだな、サクヤ。
「『エクスプロード』」
詠唱とともに、ダイアの頭上に火球が出現し、膨れあがる。どんどん巨大化していく火球が一瞬輝き、爆発した。
「ダイア!?」
スペードが悲鳴をあげる。そりゃ仲間が急に爆発したらな……。
どのくらいポイントが増えたのか確認するために、上を見上げる。しかし、意外なことにポイントの変動がほぼ無い。ということは……
「な、何をするのですか! まだ話の途中だったではありませんか!」
もうもうと上がる煙の中から、涙目で抗議してくるダイアのシルエットが浮かび上がる。よく見ると、ダイアの周りを水の膜が包んでいた。それが爆発からダイアの身を守ったんだろうが、あの一瞬であれを展開したのか……なんとまあ、いい反応をしていることで。
「勝負の最中にのんびり話し込んでるのが悪いのよ」
「だとしてもなぜわたくしなのです!? スペードを狙えばいいではないですか!」
「あいつ速いし避けられそうだったから」
「わたくしならどんくさいから必ず当たると!?」
サクヤはそれ以上何も言わず、淡々と詠唱を開始する。
「無視!? 無視なのですか!? わたくしなんて相手にする価値もないと!?」
「あーもう、うっさいわね。『ファイアストライク』」
「ひっ!? ア、『アクアストライク』!」
二人の魔導師から発せられた火と水の塊が激突する。見た感じ、ダイアの性格的にも威力的にもMATに極振り、ということはなさそうだが、魔法の相性が悪い。一瞬の競り合いの後、炎を『アクアストライク』が打ち破り、サクヤに迫る。
その時、ほとんど反射的に身体が動く。リスクも何も考えずにスペードに背を向け、サクヤの方に突っ走る。西瓜程ある水球を追い抜き、サクヤの身体を抱えてその場から離れた。
「ちょっと、いくらなんでもあれぐらいなら避けられるわよ」
「……一瞬、固まったろ」
「!」
「あんま無理すんな」
そう言うと、サクヤが目を伏せた。……やっぱりまだ無理か……。
「あのさ、俺を忘れてない?」
不意に真後ろから声がする。スペードだ。やべ、サクヤを抱えている分、スピードが落ちてるのか。
短剣が突き出される。サクヤを抱えたままでは回避は間に合わない。仕方ないか……。
「ちょっ――!」
俺の胸に短剣が刺さる前に、サクヤを上に放り投げた。かなり無理をするとはいえ、金属類を身につけていないサクヤならギリギリ投げられる。これでサクヤは攻撃されない。
そして『視界拡大』を発動させる。背後から迫る、俺に向けられた一撃を捉え、身体を回転させながら上体を後ろに逸らす。しかし、完全には回避し切れずに短剣が俺の右肩に突き刺さり、痛みを伝えた。異物が刺しこまれる嫌な感覚に耐え、そのまま勢いを利用して左足でハイキックをスペードに打ち込んだ。SPDは蹴りにも補正がかかるため、結構な勢いでダイアの方に吹っ飛んでいった。視界の端でお互いにポイントが入ったのがわかる。威力的にこちらの方が上昇値は高かったが。
突き刺さったままの短剣を引き抜き、左手で持つ。現実ならいざ知らず、これはゲームだ。血が足りなくて倒れる、なんてことにはならない。痛む右肩を抑えて、パートナーの名を呼ぶ。
「サクヤ!」
「あんた後で覚えときなさいよ」
呪文詠唱と共に、サクヤの周囲に複数の炎の弾丸が出現する。二重展開で発動しているため、その数は二〇にも及んだ。初級黒魔法炎系『フレイムバレット』。
「行きなさい」
サクヤが杖を振り下ろすと、全ての弾丸がダイアとスペードに殺到する。
「ウ、『ウォータースフィア』!」
しかし、ダイアの発動させた水の膜が二人を包み、炎の雨とでも呼ぶべきそれを阻む。ぶつかる側から炎が打ち消されていき、湿った白煙を発生させる。……やっぱり相性が悪いか。
「水流、全てを飲み込む! 来たれ、水の化身! 『ハイドロサーペント』!」
続けてダイアの魔法が発動し、青い魔法陣から三匹の水の大蛇が現れる。おいおい……あれ現状じゃトップクラスの魔法だぞ……。
「雷獣、嘶け。その咆哮は雷の如し。『ライトニングビースト』」
サクヤもそれに対応するため、同系統の魔法を発動させた。雷の狼が吠えると、辺りにスパークが起こる。
互いに呼び出した獣は、主の敵を打ち倒すため、真正面からぶつかり合おうと攻撃態勢に入った。
ダイアの呼び出した三匹の大蛇は螺旋状に絡まり、回転しながら突撃してくるのに対し、サクヤの雷狼はさらに激しくスパークを起こしながら、爪を振りかざす。
激突。
そして――サクヤの雷獣が大蛇を切り裂き、霧散させる。
「あ――」
雷狼がダイアとスペードを呑み込み、閃光を瞬かせると共に、ポイントが約七〇〇程上昇。現在ポイントは今ので三〇〇以上の差がつき、こちらが逆転した。俺が上空に飛ばしたサクヤも着地し、もうもうと上がる煙が晴れ、倒れているダイアの姿が確認できた。雷系統の魔法は麻痺の追加効果があるので、直撃すれば多かれ少なかれ身体の自由は利かなくなる。ダイアはしばらく動けないだろう。
「あんた何してくれてんのよ。びっくりしたじゃない」
「結果的に視界がよくなったろ」
「後でウェルダンにしてあげるから覚悟してなさい」
そりゃ怖い、と軽口をたたく。
――いや、待て。
スペードが――いない。
発動させたままの『視界拡大』の効果範囲に、動く一陣の青い風。サクヤの後ろに回り込んだのは、ダイアと一緒に倒れたと思いこんでいたスペード。新たな短剣を逆手に装備したスペードが、サクヤの背を黒いローブごと斬り裂き、斜め一閃。
サクヤは魔導師だ。軽いとはいえ、まともに斬撃を受ければ多大なダメージを受ける。ましてそれがATKに振っている相手ならなおさらのこと。
苦痛に顔を歪め倒れ込むサクヤに、さらに追撃しようとする。白銀がその身に触れる前に、その間に割り込み、左手の短剣で受け止める。
「まだ動けたのか……!」
「いやぁ、結構キツイぜ? 痺れもあるし。でもやられっぱなしじゃいられないんで、ね!」
スペードは無造作に振るわれた短剣で俺の左手を弾き、かえす刀で俺の左脇腹を狙った。斬られる前に間に剣を挿し込みそれを防ぐ。
「サクヤ、離れてろ!」
聞こえているかどうかはわからないが、後ろを振り向かずにそう告げ、反撃に弾かれた左手の短剣を横薙ぎに振るい、それを後ろに跳んで避けたスペードに右手の剣で『スラスト』を発動させて、追撃を狙う。痺れがあるはずだとタカをくくっていたが、予想外なことに剣はスペードの腹を掠めて後ろに抜けた。
――マズイ!
突き技を避けられた際には、かなり致命的な隙を晒すことになる。まして俺は突進気味に『スラスト』を放った。身体を前に投げ出し、背を向けている状態。
拡大された視界が、短剣を振りかぶる短剣使いの姿を捉え、無理やり身体を捻って斬撃を回避する。掠った腹の痛みを感じつつ、すかさず距離をとる。
麻痺状態は程度の差こそあれ、動きは阻害される。だが、全く動けないわけではない。例えるなら、長時間正座した時に発生する痺れが、全身にかかっているような状態だ。動こうと思えば動けるが、かなりキツいはず。
それでも、俺の動きに食らいついてきたのはチームの勝利のためか、はたまた単に負けん気が強いからか。
「サクヤ、大丈夫か?」
「問題ないわ……と言いたいところだけど、結構痛いわね。大きく動くのは少し辛いかしらね」
「そうか……どうする? 移動砲台やるか?」
「いえ、向こうもそう動けはしないみたいだし、普通に魔法撃てば終わりよ。動けなくなったらザクザクやってポイント稼ぎましょ」
そう言ってサクヤは詠唱を開始する。考え方が完全に外道のそれなんだが。
『視界拡大』を解き、呆れながら向こうを見るとスペードさすがに限界なのか、膝を折り、地に伏せている。
「じゃ、さよなら。『エクスプロー――」
サクヤが言い切る直前で、銀色の塊がこちらに直撃し、爆発魔法は中断された。何だ!? 新手の魔法か!?
「痛って……お、ソル。悪い、失敗した」
飛来した銀色の正体はリヒトだった。いや、リヒトだけでなく、ソナとテラコッタもこっちに飛ばされてきている。
「は? 失敗って――」
「一網打尽ってことだよ。こりゃ無理だ」
「時間稼ぎご苦労様! 後で何か奢ってやるからな! ルミナスさん!」
「任せてメギトス! 巻き起これ、切り裂け、吹き荒べ! 天と地を繋ぐ巨大な螺旋! 『リーシストルネード』!」
何処からか聞こえてくる、凛とした詠唱が終わると同時、巨大な竜巻が発生する。全てを飲み込み、切り刻み、破壊するその暴風が、俺たちに向かって直進してきた。
「あー、これは無理だねー」
「諦めんなよ」
「いやー無理だよ。バッチリハメられたね、うん」
迫る暴風を前に、のんびりと話し込む俺たち。このゆるさが俺たちの強さと言えるのかもしれない。
「でもあれ強化魔法かかってないですから、全力攻撃すればなんとかなるんじゃないですか?」
「……やるだけやってみるか」
俺は両手の武器を構えて、一点に狙いを定める。ほかのみんなも各々攻撃態勢に入り、破壊を振り撒く竜巻に相対する。
「サクヤ、魔法は使えるのか?」
「あと一発ぐらいならなんとかなるんじゃない? 後はしばらくおかないと威力激減するけど」
「どうせこれ耐えられなきゃ負け確定するから問題無し」
確認もとり、迎撃の準備を整える。そうこうしている間に、風との距離は五メートルをきる。
「んじゃテラ、頼むわ」
「あ、うん。『ワイルドパワー』、『マジックアップ』」
力上昇魔法と、魔力上昇魔法をかけてもらい、最後の準備を終える。あとはタイミングを合わせるだけだ。
「カウントスタート。五、四、三、二――」
風が目の前に。手に力を込めて、右手を腰のあたりにもっていく。片手剣三連撃スキル『スクリプトフォー』。
「GO」
呟きと同時、全員がほぼ同タイミングで攻撃を開始する。いくつもの斬撃が風を斬り裂き、炎が焼き尽くす。しかし総数八発もの攻撃を浴びせてなお、勢いは弱まらず、それどころかサクヤの炎を吸収して、風はさらに勢いを増していく。
「やっぱ無理か……!」
「まだだ」
リヒトの諦めの言葉に上から言葉を被せる。まだ攻撃は終わってない。
右手の剣を振り下ろしきった体勢から、斜め左下に剣をずらして、斬り上げる『スラッシュ』。
青い斬撃が風を斬り裂き、さらに濃い青へと色を変える。片手剣二連撃スキル『ダブルスラッシュ』。
コバルトブルーがXの軌跡を描き、流れるように剣を肩の位置へ。単発突き技『スラスト』。
「オオオッ!」
一際強く気合を入れ、緑を纏った剣を青いXの中央に突き入れた。青と緑が混ざり合った光が、暴虐を振るった風に激突する。それでもまだ風はやまない。右手を伸ばしきったこの態勢からは『スキルコネクト』は繋がらない。右手の剣だけでは、だが。
「ラアッ!」
左手の短剣は腰の位置にある。ここから体勢を微調整すると、仄かな黄色い光が宿る。短剣単発突き技『スティング』。
淡い黄色が風を突き刺し、そして凄まじい速さで引き戻る。戻った短剣を逆手に持ち、鋭く斬りつける短剣単発スキル『アキュート』から、再び素早く順手に持ち替え二連撃スキル『アクセルナイフ』に繋げる。左手に持った短剣を右側に引きつけ左に振るい、次に折り返すように右に薙ぎ、その勢いのまま回転。さらに片手剣単発水平斬り『ストリーム』、そして――
「ラストォ!」
両手の武器を肩の位置に構えて、『スラスト』と『スティング』を同時に撃ち出す。緑と淡い黄色の閃光が、尾を引きながら竜巻を貫いた。瞬間、天まで届くほどの巨大な螺旋は収束し始め、小さく弾けて消えた。だが――、
「まさか本当に相殺してしまうとはね。警戒しておいてよかったよ」
目の前に青い鎧を装備した、端整な顔立ちの、勇者然としたメギトスさんが、風の中から現れ、その手に持ったバスタードソードが、カーディナルに輝く。あー、これは終わったな……。
「悪いね」
その一言と共に、傲然と薙がれた剣が俺たちを斬り裂いた。片手剣単発剣士専用スキル『スイープバスター』。剣から発せられる紅蓮の光にも攻撃判定があるため、実質的な射程は三倍程になる。
耐えるどころか、立っていることすら許されない程の衝撃が身体を駆け巡り、肺の中の空気が全て押し出され、纏めて全員吹き飛ばされた。何度も地面をバウンドし、地を転がる。ようやく勢いが弱まり、身体が仮想の酸素を求めて呼吸しようとするが、息をする度に激痛が走る。
基本的に俺たちは攻撃を受ければ脆いため、このような強攻撃は耐えられない。そのためにリヒトがいるのだが、『スイープバスター』は刃の部分はともかく、光の部分はスキルでないと防げない。もちろん刃と光とでは倍近くダメージに差があるのだが、それでも俺たちには充分な脅威になる。
「は…………はっ…………はあっ……」
荒い呼吸を繰り返しながら、空を見る。さっきまでは勝っていたポイントが三度逆転され、こちらの状態的にも時間的にも、もう勝つことは難しいだろう。
「は……はは……完敗、だな……」
仰向けに転がり、目を腕で覆う。はは……やっぱ悔しいな……くそっ……。
『タイムアップ! 勝者、『WOR』!』
審判の声が響き、第一回目の交流戦は終わりを告げた。
「いやー、悪かったね。手加減できなかったよ」
「本当ですよ。容赦なくぶっ飛ばしてくれましたね」
初めての試みである交流戦は大盛況のうちに終わり、あとは各々ギルドのメンバーや、戦った相手と語り合ったりする時間を設けた。
俺も特にやることがないので、先ほど盛大に俺たちを負かしてくれたメギトスさんと、ベンチに座って話をしている。
「とはいえ、最初に手加減はしないと言ったからね。そこは勘弁して欲しいところだ」
「わかってますよ。今回の交流戦の目的は、表向きは『プレイヤーの力量を確かめ、また実力を伸ばすこと』でしたが、その実、『有力ギルドを叩きのめし、『WOR』の力を示してより強い団結を得ること』でしたし」
「少し語弊があるよ。別にそれはどこでもよかったんだ。もちろん私たちがそういう役を得るのに越したことはなかったけどね」
軽く笑いながらメギトスさんが言う。裏では何考えてるのかわからないというのが、よくわかった。
「実際、俺たちに勝ったことで『WOR』の信頼は強固なものになったと思いますよ。とりあえずは、ですけど。自分で言うのもなんですけど、それなりに強いですからね、うちは」
「だからこそ、君たちを最後にもってきたんだよ。まだまだ参加してないギルドもあるとはいえ、それでも暫定的には私たちのギルドが序列的にもトップに立ったはずだ。良くも悪くも君たちは有名になっているからね」
悪い噂の大半はあの馬鹿二人によるものだと思う。俺とサクヤも大概問題起こしてるが。
「全く、上手く利用されたってわけですね、俺たちは」
「君たちだって私たちを利用したろう? お互い様さ。あれのいい練習になっただろう?」
「……それなんですけど、誰から聞きました? まだここでは誰にも見せてないはずですけど」
あれというのは、スペード戦や『リーシストルネード』を防ぐ時に使った二刀流のことだ。VRMMOにおいて、俺が得意としていたスタイルの一つ。
主に右手に攻撃用の片手剣、左手に防御用の短剣を使用し、手数とスピードで押し切る型だ。これを知っているのはソナを除いた『ディクテイター』のメンバー、それと前にやってたゲームの上位プレイヤーだけのはずだ。なのにメギトスさんが知っているということは、前にやってたゲームで会っていたということなのだろうか。
その旨を話してみると、返ってきたのは意外な答えだった。
「いや? ソナ君が教えてくれたよ。『ソルさんはまだ何か力を隠してますから、無理やりにでも引き出してやってください』とね」
俺が二刀流を使うことを知らないはずのソナが、メギトスさん――いや、『WOR』のメンバーと考えた方がいいだろう――にそれを伝えた? 確かに前にステータスを見せた時に、何かを勘ぐるような態度を見せてはいたが……。
「二刀流を使えるのなら、最初のボス戦の時、いや、もっと前から使っていればよかったんじゃないのか?」
考えに耽っていると、メギトスさんが話を続けた。とりあえずそのことは頭の隅にやり、メギトスさんの疑問に答えることにする。
「まだ短剣スキルを上げてなかったからですよ。最初から短剣スキルを上げると火力不足になりますから、初めのうちは片手剣を使おうと思っていたんです。時期がくれば使う予定でしたよ」
「同時に上げることは考えなかったのかい?」
「あれ使うと結構攻撃に集中しちゃうんで、こんなことになった今それをするのは自殺行為になるかと思いました。ただでさえ『スキルコネクト』で張り付くことが多いですし」
攻撃回数こそ二倍近くになるものの、それに付随するリスクも大きい。まずは安全にレベルと片手剣の熟練度を上げてから、じっくりと二刀流を使って慣れていく予定だった。が、今回の交流戦はダメージ自体は全く受けないため、いい練習になるだろうと思ったのだ。武器を振りさえすれば、少々でも熟練度は上がる。まして対人戦なら上昇値は結構なものだ。本当なら後で短剣を装備しようと思っていたが、運良くスペードの武器を奪えたためその手間は省けた。そんなに違いはないが。
「そんなわけで、本当ならまだ二刀流を使うつもりはありませんでした。毎回熟練度上げに誰かに付き合ってもらうわけにはいかないですし、効率的にも片手剣優先の方が都合がよかったんですよ」
「まあ、君がいいならそれでも構わないさ。――ではそろそろ私は失礼させてもらおう」
メギトスさんが立ち上がり、足を進める。
「あ、そうそう」
ふと歩みを止め、こちらに振り返るメギトスさん。
「スペードとダイアから事伝だ。『今度は負けねぇからな!』と『サクヤさんには必ずリベンジしましゅ……しますわ!』だそうだ」
「……わざわざ噛んだところまで伝える必要あります?」
「しっかり伝えろと言われたものでね。では、今度こそさよならだ。明日また広場で会おう」
今度こそ、毅然とした足取りで自分のギルドに戻っていくメギトスさん。やっぱり見た目は勇者、だよなぁ……。
「ああいうのが主人公っていうのかしらね」
左側から聞き慣れた声がする。幼馴染みの女の子の声が。
「どうした? 惚れたのか?」
「そんなわけないでしょ。ふざけるのも大概にしなさいよこの唐変木が。……あんたとは全く違うタイプねってことよ」
ゆっくりと歩み寄り、俺の隣に座るサクヤ。
「……そうだな。俺はあそこまで強くはなれないからな」
目的に向かって真っ直ぐに邁進する意志の強さ。全てを守ろうとする想いの強さ。どちらも俺には無いものだ。……いや、持ち得ないものと言った方が正しいだろうな。
「……別にあんな風になる必要はないんじゃない?」
何をつまらないことを、とでも言いたげな顔をしてサクヤは言う。
「あんたはあんたよ。地味で、ゲーム好きで、暗くて、女の子にもケンカで負けそうなぐらいひ弱で、」
サクヤが立ち上がり、俺を見下ろして、
「そんで、あたしの大切な奴隷よ」
そして小さく微笑んだ。




