ギュンターとディンダーデンとの出会い ディンダーデンの追憶
ディンダーデンとギュンター編になります。
ディンダーデンとギュンターの出会いは
ギュンターが王立騎士養成学校『教練』卒業して
近衛入隊1年目。
ディンダーデンは近衛3年目。
…つまりギュンター18才。
ディンダーデンが20の頃のお話です。
「ギュンター」
ディンダーデンに背後から声を掛けられ、ギュンターは振り向く。鮮やかな金髪に囲まれた、優美で整いきった顔立ちの中、意志を示すように紫色の、宝石のような瞳がきらり…!と輝いた。
ディンダーデンはいつもこの悪友のツラについて、女が好む、宝飾品を思い浮かべた。
それは叔母アネッサが持っていた、お気に入りの金飾りの腕輪だと思い出す。
優美な金の飾り模様に、大きな紫色に透ける宝石が、付いていた。
「(女のペットだな)」
内心鼻で笑ったものだったが、この男はその予想を見事に裏切り、同様柔なツラだと笑う近衛の猛者に、その新入りは拳で応えた。
あんまりびっくりし、良く、見ると背丈は自分と変わらない。
そして…しなやかで野生の獣のような体付きをしていた。
「(成る程。教練で揉まれ、近衛に迄進むだけの実力は、あるって事だ)」
がその後尽く出会った酒場で、目立つ新入りだとからかいのネタにされ、更にその場の女受けがいいのに嫉妬され、絡まれ続けるのを目撃する度、奴は跳ね除けるようにその全てに、拳で応えていた。
一瞬にして襲いかかる様は見事にしなやかで、野生の豹を彷彿とさせる。
「(なかなかやるじゃないか…)」
それを見てた時、きっと俺はニヤついてたんだろう。
連れの女がぼやく。
「喧嘩相手に、不足無さそう?
でも、ヴィアージ風情を伸したって、貴方の相手にはまだまだなんじゃなくて?」
俺の喧嘩好きを、咎めるような非難の籠もる茶の瞳。
「…まあ…いずれ俺の相手迄、昇格するさ」
「でも今夜は、しないでしょう?」
腕を絡ませ、口を尖らせる彼女に俺は顔を傾け、言った。
「お前をあいつが横取りしない限り、奴と今夜はやらないさ」
彼女はそう…なら、安心ね?と、俺に微笑んでた…。
だが…。
奴が相手を伸して女を手に入れる度、周囲は奴を叩こうと狙い澄ます。
騒ぎはますます剣呑に成って行く。
奴が姿を見せる度、それ迄楽しげに酒を煽っていた近衛の男達の、目が一斉に鋭く成る。
女が寄って行くと途端、奴に意見しようとする男達が席を、立ち上がる。
俺はつい、物見のようにその様を、覗った。
取り巻く女達の一人がささやく。
「ディンダーデン。彼、新入りなんでしょう?」
「そうだ」
「貴方、この中の一番の“顔”じゃない。
…このままじゃ彼…あの綺麗な顔がいつか、台無しに成るわ」
「そうするつもりで奴らはあいつに喧嘩売ってる」
三人の男に取り囲まれ、だが一人が、その三人を押し退けて怒鳴った。
「三人かがりじゃないと倒せない相手だと、こいつを持ち上げる気か?!
近衛の名折れだぞ!」
俺はやっぱり…ニヤけてたらしい。
「…もう…!
貴方が出て行って、『酒を楽しく煽ってろ!』とか何とか言えば、たちまち騒ぎは収まる筈だわ?」
「俺に、止めろって?」
彼女達はあいつを取り巻く女同様、奴の柔な面が心配らしかった。
「たかが新入りのする事じゃないの!」
「毎晩彼の顔がいつ変わるか、はらはらするのはもう嫌だわ!」
取り巻く女達は皆が同意見らしかったが、俺はそっぽ向いた。
「…解ってないな。女は。
新入りだから…今の内に叩くんだ。
のさばった後じゃ遅い」
「じゃ、彼の顔が醜く歪むのを覚悟しろって事?」
「奴に跳ね除けて自分の顔を護るだけの、拳が無けりゃそうなる」
女達は、もう…!だとか男は野蛮だ。だとか…ぶつぶつ言ってたが。
俺の視線は今夜の見物に釘付けだった。
どうする?
今迄のサーフォラン。アンドゥトゥル。デリアング迄はたかが初級編だ。
が、今夜のロッドルトンは甘く無いぞ?
背はギュンターより、低かった。
がその、盛り上がり服の布地を破りそうな筋肉隆々の肩と腕。そして、俊敏な足。
ディンダーデンですらロッドルトンと喧嘩をし、沈めるのに時間を要する。
酒場の皆は今夜こそロッドルトンが、女達お気に入りの優美でスカした面を叩きのめし、次に奴が酒場に現れた時、女達は見る影も無く崩れた奴の顔に失望し、もう取り巻く事も無くなる。
そう…期待していた。
が…この目立つ金髪美貌の新入りは、ものの数秒でその男を沈めた。
向かい来る拳をぎりぎりでかわし様、一瞬で身を屈めて懐に入り、下から相手の顎を、殴り上げたのだ。
その時初めて近衛の男達はこの新入りに、驚愕の内に敬意を、払った………。
俺は腹の底から笑っていた。
あんまり、見事で。
相手を殴り倒した後でも奴は態度を変える事無く、離れていた女達に再び囲まれ、その長身を屈め彼女達の言葉に聞き耳を立てる。
…成る程。余程喧嘩慣れしてる。場数を、踏みまくってる様子だ。
面白い奴だ。が…いつか、自分とやりあう時が来る…。
そう…身構えた筈だった。
ある夜の酒場でここ数日口説こうと狙いを定めてた女が、来ていたギュンターに寄って行き、伺うように長身の彼を見上げ、零れるような笑顔を、長身のギュンターの優美な顔に向け口説いている様子が目に入った時、奴と俺がとうとうやりあう時がついに来た。
そう…思い着ていた上着を、脱いだ。
大抵奴は女の誘いを断らなかった。
少し退屈そうに、暇を持て余したようにたたずみながら…寄って来て腕を絡ませて来る女に頷き、毎度応えてた。
奴に向かって歩を進めると、近衛の男達の、注目が集まる。
とうとう…。
自分への期待とそして…対決の成り行きを見守ろうと固唾をのむ様子が、酒場中に漂う。
万一俺が返り討ちにあったなら、俺の地位は失墜し奴が俺に、取って代わる。
そんな…気構えさえも、感じられた。
見えない緊迫感が俺を包んだが、俺はわくわくしていた。
情事以外で久し振りに思い切り暴れられる、絶好の機会だった。
が…俺が奴の横に辿り着く、その前に…ギュンターは口説いて来る女に、首を横に、振った。
俺は目を、見開いた。
彼女は落胆したように吐息を吐いて首を下げ、だがもう一度ギュンターを見上げ、やはり零れるような笑顔を見せる。
俺の目は奴で無く、彼女のそんな姿に吸い付いた。
…少し、ソフィスに似ていた。
鮮やかな、滅多に無い程艶やかな栗色の巻き毛。薔薇色の頬。
はっきりとした目鼻立ち。
ダークブルーの透けた、理知的な瞳の…美しく意思の強い、兄嫁に。
美人だ。それに…はち切れそうな胸と、くびれた細腰。
スカートで隠れてはいてもラインで解る、豊かな尻。
…今まで奴に誘いを掛ける女の中でも上の部類に入るし、彼女自身もそれを知っている。
自分が、断られるだなんて。
だがギュンターは自分より背の低い彼女に顔を下げて見つめ、何かをささやきかける。
途端、彼女は苦く笑った。
そして二言三言言い返し…惜しそうにその場を離れ…一度、ギュンターに振り向いた。
ディンダーデンは彼女が目前を、通り過ぎようとするその、腕を咄嗟に掴んでいた。
「…どうして、奴に振られた?」
彼女は、びっくりしたようにその明るい青の瞳を見開いた。
目の色は少し明るくても…真正面から見つめる彼女はやはり…ソフィスに、似ていた。
甘い、幻影が広がる。
青空晴れ渡る午前の庭。
洗濯物を干していた、彼女の背。
風が干した衣類をはためかせ、ディンダーデンは衣服止めを取り付けようと手を伸ばす彼女の手からそれを取り上げ、風で飛びそうな衣服に付けて言った。
『女中の仕事だ』
彼女は振り向いて笑った。
『ライオネスの衣服は私が、洗いたいのよ』
…が直ぐに、腕を掴んだ女はディンダーデンに気のいい微笑みを浮かべると、言った。
「…私は彼の姉にそっくりだから、どうしても寝られないって!」
ディンダーデンは一瞬、ぐっ。と喉を詰まらせた。
伝い聞く噂で奴の境遇を知ったが、男ばかりの五人兄弟の、真ん中だ。と。そう。
『奴に、姉は居ない筈だぞ?』
口から出かかったが、飲み込んで彼女の、腕を放した。
つい…奴に詰め寄っていた。
口を、利くのも初めてなのに。
気づくと怒鳴ってた。
「どうしてあの女を振る!」
ギュンターは呆れ顔を向ける。
「どうして怒る?あんたが狙ってる女だろう?
俺が振って…礼を言われる筈だ。違うか?」
ディンダーデンは口を…ぱくぱく…させたと思う。
だってそんなに気が回る男とは思って無くて…本当に意外だったからだ。
が途端、そのこすっからい保身に眉根が寄る。
「俺と…殴り合うのが嫌で、姉が居ると嘘を付いたのか?」
ギュンターは肩を竦め、素っ気なく言った。
「あんたを殴って迄欲しい。と、俺は思ってないからな」
眉間を、寄せた気が、する。その言い様がプライドに障って。
「だから俺に、譲る。か?
俺にへつらって迄自分護る。か?
そんなに自分の面が、可愛いか!!!」
俺の怒鳴り声は、酒場中に響いてた筈だ。
近衛の男達は、奴が最強のディンダーデンと争う事を止め、二番手で幅を利かせる腹だ。とささやき合い、やれやれ。と首を横に振り一斉に項垂れていた。
ギュンターはだが、その時初めてその紫の瞳を真っ直ぐ、激昂する自分に投げた。
その顔に現れた表情は…優美にもう、見えなかった。
薄っぺらい、女のペットにも。
少し…気の毒げな、真剣な表情で口を開く。
「俺が、見ている限りで三度…あんたは彼女に寄り掛けて止めた。
だからあの女には婚約者か夫が居て、口説けないのか。と、思ってたら俺のとこに来る。
…断るだろう?普通」
俺はその真剣な同情に腹を立てた。
「普通なのか?!」
がギュンターは、即答する。
「他の男がマジに入れ込む女に、遊びで手が出せるか?」
その言い様は…俺がかなり…かなり真剣に、女に入れ込んでる。
そんな…口振りだった。
俺は大きな溜息を吐き…顔を背けて俯き、奴を、見なかった。
丸で…誰にも見られたくない心の秘密を一瞬で…見抜かれたみたいな気がして。
だが奴はそんな俺に顔をそっと傾け、秘やかにささやく。
優しげな…そんな響きさえその口調に滲ませて。
「惚れてるんなら、とっとと口説いてきたらどうだ?
あんたに声かけたらどうだ?と聞いたら、あんたはいつも女に囲まれてるから、近寄りがたい。と言ってたぞ?」
ギュンターの心配げな言葉につい、顔が、揺れた。
「あんたに寄れないから、俺のとこに来たんだろう?」
その言葉で…ようやく顔を上げ、奴を、見る。
俺の近衛での評判を聞き、保身に走るんじゃなくマジに、心からの言葉でそう告げるその男に、俺はもう脱帽していた。
「美味しいものは、先に食べるタイプか?お前は」
聞くとギュンターは顔を下げ、訳知り顔で頷いた。
「あんたは後に、とっとくタイプのようだ」
俺は…やっぱりムキに成って、心の中で反論していた。
“幻影は…とっときたいだけだ。
寝たりしたら…もう彼女を見てもソフィスを、思い浮かべたりはしないだろう………?”
言いかけた。が…。
ギュンターの、視線を感じ、つい口をついて出た。
「惚れてる兄貴の嫁さんに似ている」
ギュンターは察したように頷く。
「寝ないで…兄貴の嫁さん。に彼女を、しときたいんだな?
兄貴の嫁さんには、滅多に会えないのか?」
俺は…頷いていたと、思う。
奴との戦意はそれで………綺麗に、消えていた。
素直な男だ。そう…思った。
見かけのチャラチャラした様子よりずっと…情が、あった………。
男兄弟も、一人で無く四人も居ると、こんなに…素直に成れるものなのか?
俺には解らなかった。
いつも…余裕で笑う出来すぎで優秀な兄ライオネスに、俺はあんたと違う。と、その事を、自分と周囲に、示し続けなくてはならなかったから……………。




