夕焼けを見た
「宿題終わりーっ、と」
シャープペンシルをノートの上に放り投げると、私は両手を上に突き上げ、思いきり背伸びをした。
放課後の教室。私は一人、今日の宿題である数学の問題集をやっつけていた。ちょうど今、最後の問題を解いたところだ。
天井に届け!とばかりに伸ばした腕を緩め、ふう。と、息をつく。窓へ目を向けると、空は夕焼けで真っ赤に染まっていた。所々に浮かぶ雲が太陽を背にキラキラ輝いていて綺麗だ。
視線を下げると、校庭で運動部の生徒達が練習をする姿が見える。陸上部の掛け声や野球部がバットでボールを高く打ち返すカーン、という音が聞こえてくる。
「あれ、里穂残ってたの?」
「あ、春奈!えーと、今部活終わったところ?」
私は急に声をかけられて、春奈への反応が少し遅れてしまった。慌てて外から教室へ顔を向けると、彼女が真っ直ぐこちらに向かってくる所だった。
「そうだけど……。なになに~、もしかして私のこと待ってた?今日は遅いから先帰っていいって、言ったのに。まあ、思ったより早く終わったけど」
「ん、いやー……」
何と言うべきか。思わず声を濁して目を泳がせてしまった。
実は、春奈を待っていたわけでは無いのだ。
何でも話せる親友の春奈。とはいえ、気の置けない相手だからこそ言えない事もある。
……恥ずかしくて。
「ちょっと、宿題やってましたー」
とりあえず、無難に答えを返す。うん、嘘はついていない。
現に私の目の前には、さっき片づけた宿題の問題集とノートがある。
私の言葉に、春奈は机に広げた宿題をちらりと見た。ただそれだけで、何かに勘付いたかの様に目をキラリと光らせた。
「ふーん。いつも、宿題は家でする派の理穂が今日に限って学校でやるとは……何かあるな!」
これだから、親友というのは油断ならない。
ニヤリと笑う春奈からは面白いものを見つけた!と、言わんばかりのオーラが滲み出ている。
あー、もう。いつもやらないことやってたら、やっぱり怪しまれるよね!分かってた!
だがしかし。ここですぐ諦めて話すくらいなら、最初から誤魔化したりはしないのだ。
「別に怪しくないよー。ただ今日は家に帰ったらゆっくりしたいから学校でとっとと片付けちゃおうかなーと思っただけですよー。学校でやったほうがテレビも漫画も無いから集中できるしー。ほら、何もない。ね!」
「ふむふむ。で、本当は?」
「…………」
ニコニコ笑いながら聞いてくる春奈に、引きつった笑顔のまま何も言葉が出なかった。
はっはっは。と、ただ笑顔で向き合う間が最高につらい。
うぅ……これで納得してくれたっていいのに……。空気読んで、「里穂。言いづらいなら言わなくていいよ。この話はこれで終わりにしよっか?」とか言ってくれたっていいのに!
と、心の中で悪態をついた時――。
わぁ!と外から歓声が上がった。
春奈と一緒に校庭へ目を向けると、歓声の出どころは野球部だった。どうやら、試合の練習中にホームランがでたらしい。みんなフェンスの遠くを見上げている。遠くてよく見えないが、今まさにホームランボールが空高く飛んでいる所らしく、外野にいた部員が大急ぎでフェンスに向かって駆けて行く姿が見えた。
「おお。んー……ホームラン打ったのはうちのクラスの吉田か。さすがエース候補!」
「本当すごいよね……」
ぼう、と部活仲間と肩を叩きながら笑っている吉田を見つめていると、隣から嫌な視線を感じて身体が強張る。振り向くと、一緒に見ていた春奈が合点がいったとばかりに、うんうん頷いていた。
「なあるほど。残ってた原因は吉田か」
「…………」
これだから。
これだから親友は油断ならない。
「夕焼けの中、部活に励む彼。その彼を思って教室の窓からひっそり見つめる乙女が一人……」
「…………」
「いやあ、青春だね。青い春だねえー。里穂可愛いっ痛い!」
最後の「痛い」は、嬉しそうに喋る春奈に私が問題集を丸めて殴ったことに対してである。
横で春奈が頭を押さえて抗議の声を上げているが、そんなの気にしてられない。
だって、隠せたと思う間も無くばれてしまったのだ。その、私が……吉田を好きだということを!
「……何で分かったの?」
「え、分からないと思ったの?」
「最初から最後まで怪しさ満点。吉田見た時点で即バレでしたよ」と、言われて私は机の上に弱弱しくうつ伏せになる。ついでに、「里穂って嘘つく時語尾が伸びがちになるよねー」と、追加攻撃ももらって完全ノックダウンだ。完敗です。白旗振らせていただきます。
恥ずかしさなのか、全く誤魔化せなかった自分に対して憤っているのか。体中に色んな思いが巡ってグルグルしている。きっと、今の私は外の夕焼けなんか目じゃないくらい、顔が真っ赤になっていると思う。だって、顔が滅茶苦茶熱い。
それにしても、こんなあっさりばれるとは思わなかった!そんなに分かりやすいのかなあ、私……
言葉に表せない感情にうー、と机に突っ伏して唸り声を上げていると、「おお、また打った!」という春奈の声と同時に、カーンと甲高い音が鳴った。
見ると、吉田の何人か後の打者がボールにヒットさせたようで、ホームランではないにせよ三塁にいた前の打者が走り切ってホームインする所だった。
走り切った男子に同じチームの野球部員が大喜びで集まってくる。当然その中には吉田もいた。
空は少し藍色が混じった茜色。雲に影がかかって濃い陰影が夕日に滲む。
少し暗くなってきた校庭の中で、嬉しそうに笑っている吉田は夕日を背にしてキラキラ輝いて見えた。
――夕焼けの中、部活に励む彼。その彼を思って教室の窓からひっそり見つめる乙女が一人。
――青春だね。青い春だね。
乙女なんて柄じゃないけど。
ひっそりでは無く親友の隣で唸り声を上げてたりするけど。
ああ、これは確かに青春だよね。
夕焼けを見ながら、私はしみじみと親友の言葉を噛みしめた。