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rainy day  作者: ミズキ
3/3

通り雨

 昨日、千春に連れ回された疲れのお陰か、その日はよく寝れた。そして、少し早めに起床する事が出来た。

「……」

 千春に起こされる事なく起きる事が出来たのはいつぶりだろうか。やっぱり、アイツには感謝しないといけないのかもしれない。俺はベッドから身体を起こすと、身だしなみを整えて、何となく、朝食を作り始める。ちょうど朝食が完成した頃に、インターホンが鳴る。確認するまでもなく、千春だろう。俺は玄関に鍵を開けに行く。千春が合鍵を持っているが、それでも来客を迎えるのは礼儀だろう。

「うおっ!? 京介!?」

 紺セーラー姿の千春がちょうど鍵を開けて入ってた。俺の姿を確認するなり、そんな声を出す。

「なんだ、どうしたんだ? 京介があたしに起こされる事無く起きるなんて……。この先一週間は雨が降らないのか?」

 千春が本気で驚いてる。……まぁ、無理も無いか。俺、基本的にいつも千春に起こされてるわけだし。確かにあり得ないっちゃあり得ないな。リビングに入って、朝食が準備されるのを見ると、千春はさらに困惑した顔をする。

「大丈夫か!? 京介、昨日あたしの知らないところで何かおかしなもの食べたのか!?」

「失礼にも程があるだろ!」

 そこまで言われないといけないのか。おかしなものって、なんだ、おかしなものって。

「昨日、千春に連れ回されたお陰で、よく寝れて、それで早く起きれた、それだけだって」

「普通だろ、あれ」

「……」

 認識の違いだろう。うん、そうだ。コイツの普通は普通じゃない気がする。そんな俺には目もくれずに、千春は俺の作った朝食を眺める。

「ふーん、普通に旨そうだな」

 目玉焼きにウィンナー、それにサラダにトーストだ。一体、何をどうしたら不味そうに見えるのだろうか。

「食べようか、千春」

「そうだな」

 千春は見るからにご機嫌だった。今日は、何か良い事があったんだろうか? インスタントコーヒーを入れて、二人揃って食卓につく。

「いただきます」

「いただきます」

 両手を合わせてから、千春は食べ始める。不味い訳ない、と思いつつも、つい人の反応を伺ってしまう。チラリと、千春の方に目をやる。

「うん、旨い旨い」

「ホッ」

 胸を撫で下ろしたところで、俺も食事を始める。うん、旨いかは解らないが、少なくとも、不味くはないだろう。朝食を食べきってしまうと、片付けをして、並んで学校に向かう。今日は曇が適度にある、実に過ごしやすい天気だった。うん、日光も厳しくなくて、実に素晴らしい一日だ。

 少し歩くと、背中の方からポン、と肩を叩かれる。

「よ、お二人さん。今日も仲睦まじいねぇ」

 学校の自称学校の情報通にして、俺たちの幼馴染みの一人、鈴木健太郎。中学あたりまでは普通だったのに、最近になってからは人の色恋沙汰を収集して、噂を作る、なんとも有難迷惑な奴になってしまった。きっと、将来は有望は週刊誌ライターになれるだろう。

「あー、五月蝿いのが来たな。京介、あたしは朝から五月蝿くされるのが大っ嫌いなんだ。黙らせろ」

 朝から人の事を騒がしく乱暴に起こす奴がいうか? まぁ、千春に関して言えば、もはやコイツの事を忌み嫌ってる。いつも五月蝿く俺たちの仲を聞いてくるせいだろう。何もないって言ってるのにさ。

「無茶言うな」

 コイツを黙らすのに一番手っ取り早い方法と言えば、千春のボディブローだろう。悶絶級のを、平気で繰り出す。

「で、なんだ? 何か進展してないのか? ん?」

「ないっていってるだろ? いい加減にしないと、千春のラッシュで顔が歪むぞ?」

「ハッハッハッ、千春ちゃんにやられるなら、本望だよ」

「おし、京介、押さえつけとけ。整形手術、特殊メイクばりのインパクトのある顔に変形させてやる」

「え、いや、ちょ!?」

 袖をまくる千春を見て、慌てて俺の後ろに隠れる。

「なんだ、京介。ソイツをかくまうのか?」

「まさか!」

 矛先が俺に向いた!?

「なら、さっさと差し出せ、ほら」

「健太郎! 大人しく生け贄になれ!」

「ヤだ! ごめんなさい、ゆるして千春様!」

「許さん」

「即答!」

 ギャーギャーと喧しくしてる内に、俺たちは学校についた。不幸な事に、健太郎も同じクラス。喧しさが絶えない。

「なんなんだ、アイツは本当に。なんとか、合法的に、抹殺するか、社会的に抹殺する術はないのか」

「無理だろ」

「無理ってなんだ。諦めるのか。諦めたらそこでゲームセットだ、京介」

「なんか聞き覚えあるなー、そのセリフ」

「ゴホッ、ゴホッ……咳? あたしは身体が丈夫ってのが取り柄の一つだったんだけどな」

 千春が首を傾げる。自分の額を触ったりして熱を確認しているようだが、すぐになんでもないか、と女友達の輪の中に入って行く。健太郎はボーッ、とその姿を視線で追って行く。

「なんだよ、お前。千春の事追ってさ」

「いや、別に。ただ千春ちゃんって、本当に可愛いよなって思って」

「はぁ?」

 俺は耳を疑った。可愛い、だって? 気持ちは解らなくはないが、何せ相手が相手だ。

「お前は四六時中一緒にいるから解んないかもしれないけどさ、よく冷静になって見てみろよ。ああやって友達と居る時とか、スッゲェ良い笑顔すんじゃん。お前は、千春ちゃんのことなんとも思わないの? 思わない訳? それはおかしいぞ」

「……」

 それはショッピングモールに居る時に俺も似たような事を言ったから特に何も言えない。可愛いかと聞かれれば、確かに可愛いが、素行を見ていれば、とてもではないが、そんな事言える訳がない。下手に可愛いなんて面と向かって言ってみろ。罵倒と暴力が飛んでくるだろう。だが……可愛いと思うのは事実だ。俺は健太郎から視線を外す。

「おーい、京介? 可愛いだろ? 可愛いよな? 千春ちゃん」

「うるさい、あっち行け」

「つれないなー」

 健太郎が横で騒いでるのを無視する事に決め込む。俺は千春との事を思い返す。毎日毎日起こしに来てくれ、朝食も作ってくれる。雨の、陰鬱な日にはどこかに連れ回して、陰鬱な気分を吹き飛ばしてくれる。やり方はどれもいちいち乱雑で暴力的。けれど、世話をし続けてくれる。

「感謝しても、しきれない、な」

 ボソッと呟く。その言葉は、予鈴と重なって、誰に聞かれる事もなくかき消される。

 黙々と、淡々と流れて行く日常風景。教師のする授業も話半分に聞きながら、俺は惚ける。頭にあるのは、千春の事だ。家族のように思っていた千春を、可愛いとか、そういう意識をもった事はあまりない。男女の仲、というのも、考えた事がなかった。だから、健太郎に何を言われようが流し続けて来た訳なのだが。

 健太郎の言葉のせいで、意識せざるを得ない。昨日確かに俺も可愛いといった。だが、それは健太郎の言う可愛いとは違う、それこそ親戚の小さな子を見た時に覚える感じに近いものだと、俺は思っていた。なのに、今は健太郎の言葉のせいでか、異性として、女の子として可愛いとも思ってしまう。

「……なにを、悩んでんだろうな、俺」

 そんな事、俺とはなんにも関係ないはずだ。俺と千春は、家族みたいなもんだ。そんな事、なんにも関係ないんだ。


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