降り始め
雨が降っていた。俺は、どうも雨というものが嫌いだった。濡れるとかジメジメするとかそういう直接的なものでなくて、何故か解らないが、気分が悪くなるのだ。とにかく全身からやる気というものが消え失せて、死んだように、ベッドの中で倒れ込んでいるのだ。降っているならば、一日中でなく、二日も、三日も。ずっと寝ているのだ。そうしている事で、少しばかり気分が救われるように感じられた。
だが、それを邪魔する奴というのは、どこにでもいるのだろう。
「京介!」
家の玄関の方から声が響く。……この声、ヤバい。
「京介ー!」
奴は階段を上って来ている模様。緊急事態、緊急事態。部屋の鍵を。
「京介ー!」
鍵を閉めようと身体を起こす前に既に奴は部屋に侵入していた。ノックとか、そういった配慮は一切ない。俺は即時寝たフリ、でなく諦めモードに入る。だって、本当に寝ていようが叩き起こすのがコイツのやり方。千春流儀だ。
「なんだよ、千春。俺、寝てたんだけど」
「雨なんだから知ってるって」
短めの茶髪。活発さ全快の千春は、俺の幼馴染みの一人で、同じ高校二年だ。追記すれば、超攻撃体質。
「ホラホラ、湿気るだろ? 布団が湿気るだろ? ついでに身体も湿気るだろ? ええ? ホラホラッ!」
ベシベシと叩きながら俺を布団から出そうとしてくる。二次元のキャラクターならば、可愛らしく思えるのだろうが、
「痛ッ! 痛いって!」
コイツのはマジで痛い。おまけにこれくらいで出ないと、次は全力の攻撃が来る。その威力、腹に食らえば悶絶するし、当分痣が出来る。おまけにコイツは遠慮しないから、腹殴った後に普通に顔面にも行く。そんなんで翌日登校してみろ、喧嘩してるのかと思われるぞ。
「ダーッ!」
布団から逃げ出す。地面に座り込む俺を、千春は見下す。ったく、どこが千春だよ。名前は北斗でよかっただろ。どっかの神拳極めて来いよ、本当。
そんな北斗、じゃなくて千春の視線が、俺の一部を見て固まってる。あー、朝お決まりのあれです。生理現象です。不潔とかってブン殴られんだろうなー。お決まりですね。
「ハッ」
笑った。千春が意地の悪そうな笑みを浮かべて俺を見下す。
「なんだ、ちゃんとして男としての機能は残ってるんだ。京介と比べたらムスコは大分元気じゃないか。立派なもの持ってるんだから、早く降りて来なよ」
破廉恥な! ……あれ、これって、男側の発言だっけ?
規格外の化け物が下に降りて行くのを見守ってから、俺は着替え始める。っていうか、今日はなんで来たんだ。
「……布団が湿気るって 言ってたけど、雨だし干せない、な」
着替えが終わって下に降りてみると、美味しそうなモーニングが出来ていた。
「ホラ、冷える前にさっさと食べちまいなよ」
俺の向かいの席に座ると、千春も食べ始める。
休日の雨の日、千春はとにかく俺の世話を焼きにくる。理由は「あんたみたいなのでも、死んだら悲しむ人が居る」とかって言っていた。あんたみたい、ってなんだよ。
「……まったく、毎回飽きもせずよくするよな」
「なにか言った?」
「別に」
「へぇ、反抗的な態度じゃないか、京介」
目の前の悪魔が意地悪そうに口元をつり上げる。なんとも嗜虐的な笑い方だ。
「何も言ってません、すみません」
謝っておかなくては、俺が猟奇殺人者を作り上げそうになってしまうので、謝っておく。無論、死体になるのは俺だ。顔面が変形しても、死ぬまで殴り続けそうな雰囲気がある。
「で、千春はこんな雨の日に何をしようって言うわけ?」
「出かけるに決まってるだろ」
「……言うと思ってたけど、本当、なんでわざわざ雨の日になのさ……」
「京介が雨の日は決まって布団で死んでるからだろ。京介のご両親にあたしゃお願いされてんの。あたしに叩き起こされたりするのが嫌だったら、本当、自分で起きられるようになってくれない?」
ジトッと睨まれる。俺が視線を外すと、仏壇の方に顔を向ける。
「別にこんな事言いたかないけど、おじさん、おばさん。あなたたちの息子は立派に駄目な方向に育ってます」
「グッ」
事故で死んだ俺の両親。隣に住んでいた千春の面倒も見ていて、千春も実の父母のように慕っていた。昔から乱暴だがしっかり者の千春に、両親はよく「京介の事をお願いね」と口癖のように言っていた。千春は律儀にそれを守って、小学生から中学生、そして高校ですらも面倒を焼いていた。おかげで周囲からは完全に夫婦扱いだ。
そういえば、両親が事故に遭った、あの日も雨だった。その頃から、雨の苦手意識が悪化したような気がする。
俺がボサッとそんな事を考えている間に、千春は食器を下げて洗い物をしている。
千春の親は、育児放棄だった。両親が不在の事が多かった千春の面倒を、よくウチの親がしていた。そのお陰というか、千春はグレたりする事なく、こうして立派と回りに言われるように育った。……もっとも、俺に対しての当たりはあり得ないくらいに恐ろしいんだけど……。
それでも、こうして面倒を見てくれる千春には、感謝している。千春が居なければ、間違いなく乱れた、恐ろしく不規則な生活をしていただろう。
「千春」
「何、京介」
「ありがとう」
「……」
千春が、冷めきった眼差しを向けてくる。あ、あれ?
「別に、京介の為にしてる訳じゃない。おじさんと、おばさんに頼まれてるからしてるだけ。あたしに感謝する暇があるんだったら、両親に負い目を感じてキチンと独立した、自立した生活をしろ」
「……」
身も蓋もない言葉だった。感謝の言葉を述べたのに、それはあんまりだろう。
「あー、そうだな。あたしに感謝してるってんなら、何か、プレゼントをくれよ。どうせ出かけるんだ。もののついでだろ?」
「はいはい」
俺が返事をすると、千春はニヤリ、と笑う。
「言ったな、京介。あたしにものを送るんだ。変なものだったら、許さないからな」
「……」
言った事を後悔したって、もう遅い。きっと、千春が満足するようなものを渡さなかったら、殴られるんだろうま。
「……」
今日は、いつもに増して憂鬱な雨の日になりそうだ。
初めて普通の恋愛小説書きます
拙いですが、よろしくお願いします