アンカー
大地を捉えた右足が、蹴り出す瞬間に靴の中の僅かな空間ですべり、あっと思った瞬間にはすでに体制を崩してしまっていた。脱げた靴が勢い良く後方へ跳んでゆく。
うそ……。
目の前が暗くなるってこういうことを言うんだ。
無情にも私の横をたった今抜いたばかりの数人が走り抜けてく。一気に4人抜いたのなんて水の泡。
うそ……!
だが、悲鳴と大歓声の中、一瞬だけ音がクリアになった。私の耳に全てのノイズは遮断され、たった一つだけ聞こえてきた音……。
私を待つアンカーの叫び声。
「真希ー!諦めんなー!そのまま走れぇー!!」
私はその場に崩れて泣きたい気持ちを堪え、脱げた靴を放置して片足だけ履いたまま走り続けた。でも視界を溢れる涙が遮る。悔しい。抜いたのに。せっかく4人も抜いたのに。最後のリレーなのに。佐久間にバトンを繋ぐ、最後の……。
目の前で佐久間が叫んでいる。
「真希ー!泣いてんじゃねぇよ!」
泣くもんか、泣いてなんかいない。だが、頬を伝うあたたかいものが涙であることは分かりすぎるほど分かってた。
結局私は最後尾のまま佐久間にバトンを渡した。その時微かに笑った佐久間の瞳を忘れない。
――――――気にすんな、最後、ぜってー俺が取り返してやっから!――――――
ごめん、佐久間、1位で渡したかったよ……。
.
あれが死に物狂いというのだろうか。佐久間の走り方は尋常じゃなかった。火事場のバカ力ならぬ火事場のバカ走りである。恐ろしいまでの迫力であっという間に2人抜き、そして1人抜き…トップの3組を抜きにかかった。
周りが最高潮に盛り上がる。耳が痛いほどの歓声。生徒からも。客席からも。これ以上ないほどの見せ場だった。
佐久間が大地を蹴る。力強く、でも軽やかにリズミカルに。このリレー最後のカーブに差し掛かる。一ミリも無駄のない走りで、あっという間に差を詰めた。
ゴールまであと10メートル。1位との差はだいぶ縮まった。
あと7メートル……5メートル………そして………白いテープが張られたゴールラインに二人の身体が触れた。
ほぼ、同着のように見えた。
佐久間、すごいよ、佐久間!




