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欲とコンプレックス

 私はその日、最高のコンディションだった。羽が生えたように身体が軽い。すでに最初の種目の徒競走で1位をとり、景気をつけていた私はこの上なく気分爽快だった。

 アンカーの佐久間にバトンを繋ぐまで100メートル。トラック半周。


  

 12秒ちょっとの間にどれだけ抜ける?



 数えてる暇なんてない。ただひたすら走るだけ。


 私の足は力強く地面を蹴る。1人……2人……。スタートして間もなく私は3人の塊から一歩前に出た。さらに、そのすぐ前を走る5組を抜くのは容易かった。短距離ならだれにも負ける気がしない。私の前にいるのはあと1人である。

 

 アンカーに2位でバトンを渡す。現在2位まで上り詰めた私は、これで役目は果たした。でも、欲が出る。少しでも差を縮めたい。いや、抜きたい!1位でバトンを渡したい!



 

 前を走るのは独走する3組。残りは70メートル。トラックのカーブに差し掛かり、1位の3組を捕らえた。

 


 カーブの外側から抜きにかかる。私より15センチは大きい女子。同じ6年なのにこんなに体つきが違う。だからこそ、抜いてやる。足が速いことだけが私の取柄。


 完全に捉えた。足並みが揃う。そしてついに私の身体半分が前に出た。カーブが終わり最後の直線。ここで一気に引き離してあげる。



 だが、その時、なぜかたくさんの声援の中からその声が聞こえてしまった。




「すごいぞー!がんばれー!小さいの!」




 見学に来ている生徒の保護者からの声援だった。



「!?」




 分かっている……。

 悪気はないんだ。

 小さい身体で4人をゴボウ抜きした私を応援してくれている。  



 でも【小さい】って、私の一番のコンプレックス。なんでこんなときに……と思った瞬間だった。

 

 世の中には、自分の力だけではどうにもならないことがある。


 背が小さいのも。 

 右足が、左足よりほんの僅かに小さいことも……。

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