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第8話:積年の業、その果てに

 地平線が白み始めた頃、王国の方向で立ち昇っていた不浄な紫の光は、

 断末魔のような輝きを放って霧散した。


 それは、七年分の膿を溜め込んだ王家が、

 自らの重圧に耐えかねて完全に自壊した合図だった。

 ヴィクトールの腕の中で、私はその最期を感じ取っていた。


 エドワード王子は、自ら招いた呪瘡に全身を焼かれ、

 誰からも顧みられることなく地下室で果てた。


 イザベラは失った美貌を嘆き、狂乱の中で行方を晦ませたという。

 国を私物化し、私の献身を当然の権利と履き違えた者たちは、

 私が「還した」業の波に呑まれ、歴史の塵へと消えていったのだ。


「終わったな、エルゼ」


 ヴィクトールの静かな声が、夜明けの冷気に溶ける。


 私はゆっくりと目を開けた。

 そこには、鏡を見るまでもなく、

 かつてないほど澄み渡った自分自身の心域が広がっていた。


 私の肌は、朝日を浴びて真珠のような光沢を放っている。

 かつての土色の痣も、ひび割れた指先も、今は遠い前世の記憶のようだ。


 呪いを吸い取る「器」としての私は死に、

 今は自ら光を発する「泉」として、この身体は生まれ変わっている。


「はい。……もう、何も感じません。恨みも、悲しみも。

 ただ、この温かな光だけが、私の真実です」


 私はヴィクトールに向き直り、彼の頬にそっと手を添えた。

 かつては触れることさえ躊躇われたこの手が、今は愛する人を癒やし、

 慈しむためにある。


「ヴィクトール様。私を選んでくださって、ありがとうございました。

 あの戦場で、私があなたの呪いを引き受けたのは……きっと、

 こうしてあなたと再会するためだったのですね」

「逆だ、エルゼ。私が生き延びたのは、君をあの泥沼から救い出し、

 この腕に抱くためだ」


 ヴィクトールは私の腰を引き寄せ、熱い口づけを落とした。

 それは契約でも、守護の誓いでもない。

 一人の男が、一人の女に捧げる、対等で純粋な愛の証だった。



 数ヶ月後。

 帝都の大聖堂にて、私たちの婚礼の儀が執り行われた。

 沿道を埋め尽くした帝国万雷の拍手の中、私は純白のヴェールを纏い、

 ヴィクトールの隣を歩く。


 王国の滅亡後、その領地は帝国の保護下に入り、

 私の清浄な魔力によって大地は再び息を吹き返し始めていた。

 かつて私を「穢れ」と呼び、石を投げた者たちもいたかもしれない。


 けれど、今の私はもう振り返らない。


 積年の業を餞別に、私は過去を切り捨てた。

 手元に残ったのは、奪われることのない美貌と、何者にも屈しない自尊心。

 そして、生涯私だけを瞳に映すと誓った、愛する夫の存在。


「これからは、二人でこの国を照らしていこう。エルゼ、私の美しい妻よ」

「ええ。どこまでも、あなたと共に」


 降り注ぐ祝福の花びらの中、私は最高の微笑みを浮かべた。

 七年の苦難は、この一瞬の幸福のためにあったのだと、

 今は確信を持って言える。


 積年の業、その果てに。


 私はようやく、私自身の人生を歩み始めた。



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― 新着の感想 ―
何か似たような作品を読んだ事あったな-と思っていたら同じ作者の方だったのですね。リニューアルしたということでしょうか。
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