表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

第6話:黎明の女神、夜会に降臨す

 帝宮の正殿へと続く大階段。

 その最上段に立った瞬間、眼下に広がる数千の貴族たちが一斉に息を呑み、

 静寂が波のように広がっていった。


 纏うは、帝国の至宝とされる「星銀の絹」で仕立てられたドレス。

 動くたびに夜空の星を閉じ込めたような微細な輝きを放ち、

 私の白い肌をいっそう際立たせている。


 王宮の隅で、泥に汚れた修道服を纏い、

 呪痛に顔を歪めていた面影はどこにもない。

 鏡に映る私は、自分でも見惚れるほどに「聖女」そのものだった。


 銀髪は精緻な編み込みを施され、額には帝国の守護石である紅玉が揺れる。

 だが、何より人々を圧倒したのは、

 私の内側から溢れ出す圧倒的な「浄化の余波」だった。


「……あれが、王国が『穢れ』と呼んで捨てた聖女か?」

「馬鹿な。あのような清らかな魔力、見たことがない。

 まるで歩く奇跡ではないか」


 ざわめきが賞賛へと変わる中。

 隣に立つヴィクトールが、私の腰を誇らしげに抱き寄せた。

 彼の漆黒の軍礼装と私の純白の対比は、

 さながら夜と朝の境界線のようだった。


「エルゼ。皆、君の真の姿に魂を奪われている。

 ……どうだ、自分の足で、誇り高く歩く気分は」

「……不思議です。以前は人の視線が刃物のように刺さって痛かったのに。

 今は、温かさしか感じません」


 私はゆっくりと階段を下り始めた。


 一歩踏み出すごとに、ドレスの裾から柔らかな光の粒子が零れ落ちる。

 それは私が七年間溜め込んできた「業」を出し切り、

 代わりに取り戻した純粋な聖魔力だった。


 会場の中央まで進んだ時、一人の老侯爵が震える手で私の前に跪いた。

 彼は長年、戦場での古傷による麻痺に苦しんでいたという。

 私が彼の傍を通り過ぎた瞬間、その周囲に満ちていた濁った気が霧散し、

 老侯爵の顔に赤みが差した。


「おお……身体が、軽い! 指が動くぞ! 聖女様、あなたの歩まれる後には、

 慈愛の風が吹いている……!」


 それが合図だった。


 人々は私を崇めるように道を開け、拍手と歓喜の声が広がる。

 かつての王国では、私が触れたものは「不吉」として焼き捨てられた。

 だが、この帝国では、私の存在そのものが福音として受け入れられている。


 この多幸感の中、ヴィクトールが私をダンスへと誘った。

 彼の大きな手に導かれ、旋律に合わせて踊る。

 かつてエドワード王子とのダンスの練習では、

 「足を踏むな、不細工が」と罵られ、泣きながらステップを踏んだものだ。


 けれど今、ヴィクトールは私の耳元で優しく囁く。


「完璧だ、エルゼ。君こそが、この帝国の唯一無二の光だ」


 その時、会場の隅に、場違いなほど薄汚れた影が紛れ込んでいるのに気づいた。


 王国の紋章を隠したマントを羽織り、

 血走った目で私を見つめる男——かつて私を「姉上」と慕いながら、

 最後にはイザベラと共に私を指差して笑った、

 王国の第二王子・レオナールだった。


 彼は私とヴィクトールの仲を裂こうと、

 狂ったように叫びながら飛び出してきた。


「エルゼ! 嘘だ、その姿は何だ! お前はもっと醜く、

 ドロドロとした女だったはずだ! 騙されるな皇帝、その女は呪いの塊だぞ!」


 音楽が止まる。

 衛兵が即座に彼を取り押さえたが、レオナールは泡を吹いて喚き散らす。


「お前が去ってから、兄上は腐り落ち、国は泥の海だ!

 早く戻って呪いを吸い取れ! それがお前の義務だろうが!」


 私はヴィクトールの腕の中から、静かに一歩前に出た。

 恐怖も怒りもない。

 ただ、深い憐れみだけを込めて彼を見つめる。


「レオナール。私が吸い取っていたのは、

 呪いではなくあなたたちの『身勝手』です。

 吸い取る者がいなくなったのなら、

 自分たちでその泥を片付けるべきではありませんか?」

「うるさい! 聖女なら黙って尽くせ! お前の肌が黒くなれば、

 僕たちは幸せになれるんだ!」


 あまりの言い草に、会場の貴族たちから激しい怒号が飛ぶ。

 ヴィクトールが冷酷な目でレオナールを見下ろし、言った。


「その言葉、わが帝国の宣戦布告への回答と受け取っていいのだな?」

「……え?」


 レオナールの顔から血の気が引く。

 私は彼に背を向けた。

 もう、私を縛る言葉は一つも残っていない。


「ヴィクトール様。夜風にあたりたいわ。この哀れな人たちを、

 もう私の視界に入れないで」

「承知した、我が愛しき女神よ」


 引きずり出されるレオナールの絶叫を背に、私はヴィクトールと共に、

 月光に照らされたバルコニーへと歩き出した。

 私の肌は、かつてないほど白く、気高く輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ