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第5話:浄化の雫と、帝都の月光

 帝都ベルンシュタインに夜が訪れる。

 かつて一人呪痛に耐えながら見上げていた月とは違い、

 帝宮の窓から注ぐ光はどこまでも温かく、私の肌を優しく撫でた。


 私は今、乳白色の湯気が立ち上る大浴場に身を浸している。

 呪毒を吸い取りすぎて、湯に浸かることさえ激痛だった日々が嘘のようだ。

 お湯は濁ることなく澄み渡り、私の身体から溢れ出す清浄な魔力に反応して、

 水面が微かに黄金色に煌めいている。


(……ああ、本当に、終わったのね)


 鏡を見ずともわかる。


 指先から伝わる自分の肌の質感は、驚くほど滑らかだ。

 七年間、私の身体を蝕んでいた漆黒の紋様は完全に消え去り、

 そこには雪のように白い、無垢な肌が戻っていた。


 肩まであった銀髪は、呪縛から解き放たれたことで一層の輝きを増し、

 絹糸のように背中を流れている。

 湯から上がり、用意されていた薄絹の寝所着に袖を通す。


 以前の私なら、自分の姿を人に見せることなど恐怖でしかなかった。

 エドワード王子に「不潔だ」と罵られた記憶が、

 呪いよりも深く心を縛っていたから。


 けれど、今の私は違う。

 バルコニーに出ると、夜風が心地よく火照った肌を冷ました。

 ふと視線を感じて振り向くと、そこにはヴィクトールが立っていた。


 彼は私の姿を一目見るなり、まるで神聖な奇跡を目の当たりにしたかのように、

 息を呑んで立ち尽くした。


「……エルゼ。今の君を、なんと形容すればいいのか言葉が見つからない」


 彼はゆっくりと近づき、私の震える手をとった。

 王国の男たちは、私の肌に触れることさえ「伝染る」と嫌がった。

 しかし、ヴィクトールは違う。

 彼は私の指の一本一本を慈しむように、深い愛着を込めて握りしめた。


「七年間、君がどれほどの痛みを、美しさを隠して生きてきたのか……。

 それを思うと、胸が締め付けられる。だが、もういい。

 これからはその輝きを、私一人のためだけに見せてくれればいい」


「ヴィクトール様。私は、もう誰の身代わり(肩代わり)もしたくないのです。

 ただ、自分として生きてみたい」


「ああ、もちろんだ。君を何かの道具にする者は、この帝国には一人もいない。

 君はただ、私の隣で笑っていればいい。……君が望むなら、その清らかな力で、

 この国の枯れた大地を癒やすもよし、ただ静かに花を愛でるもよしだ」


 彼の言葉に、私は初めて自分の力の正しい使い方を知った気がした。

 今までの私の力は、他人の毒を吸い取るための「掃除」だった。

 けれど、本来の聖女の力とは、自らの内にある光を「分け与える」もの。


 私はそっと手を挙げ、バルコニーの隅にある、

 枯れかけていた鉢植えの白薔薇に触れた。


 瞬間、私の指先から柔らかな光が溢れ出し、薔薇の茎が力強く伸び、

 一気に大輪の花を咲かせた。

 夜の闇に浮かび上がる、純白の美。


「これが、私の……本当の祈り」

「美しい。……エルゼ、君は呪われし聖女などではない。絶望の淵から私を、

 そしてこの国を照らし出す『黎明の女神』だ」


 ヴィクトールに抱き寄せられ、私は彼の胸に顔を埋めた。

 王国の滅びゆく悲鳴は、もうここまでは届かない。


 私が取り戻したのは美貌だけではない。

 自分という一人の女性としての、尊厳と自由。

 明日は、帝都の民に私の姿を披露する夜会が開かれるという。


 「穢れ女」と呼ばれた私が、どれほどの輝きを持ってその場に立つのか。

 それを思うと、不思議と恐怖はなかった。

 隣には、誰よりも私を高く評価し、守り抜くと誓った皇帝がいるのだから。

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