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お迎えをミスったようです ―天界補助つき、二人暮らし始めました―  作者: みたらしわんこ


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第4話 大学は、魔王城攻略よりも難しいそうです

 朝のキッチンに、おにぎりの匂いと緊張の匂いが混ざっていた。

 普段は朝はトースト派なのだが、某炊飯少女のおかげで、最近はご飯系もよく出るようになった。


「灯~!大学の“必須持ち物”って、何なのです?」


 澪が、自作のチェックリストを掲げ、真剣な顔で確認している。


「“勇気”・“友情”・“やる気”って。某少年漫画雑誌じゃないんだから」

「大切なものは目に見えないから、書き出してみたのです」

「見えないものは胸ポケットにしまっとこ。大学は筆記具と身分証と貴重品」


 テーブルの上には、のり、付箋、三色ボールペン、なぜか巨大しゃもじまで整列している。

 ——のりは絶対いらなそうだけど、まぁいいか。


「ノートPCと、あと手帳とかメモ取れそうなやつがあれば、とりあえず大丈夫かな。あ、あと交通系ICカードと学生証。メイク直しセットも必要であれば入れとき」

「全然足りてなかったのです」

「あと、しゃもじはお留守番ね」

「非常時に炊けるかもしれないのです」

「どこで?キャンパスには田んぼありません」

「……心の田んぼ」

「耕すな」


 澪の前髪を軽く整えてやると、鏡越しに目が合った。


「うん、可愛い。可愛い。今日の澪の目的は、“大学の空気に慣れること”。システムも今日で一度に覚えなくていい。全部完璧を目指さないで大丈夫だから」

「う、うむ……。私は、人間界の大学での学びを学びに来たのです」

「“学”が渋滞してる」


 「心配いらないよ」と澪の頭に軽くポンポン。

 肩のこわばりが少し抜けたのが分かった。


「行こ。初日から遅刻は嫌でしょ」

「——はいなのです!」


 玄関を出ると、空はよく晴れていた。澪は両手を大きく空へ伸ばす。


「人間界、快晴。勝てる気しかしないのです」

「勝たなくてよい。そういう日ほど転ぶから、足元見て」


 * * * * *


 朝の改札は、人の川。ピッ、ピッ、ピ――。


「ひ、人の波が……うねっているのです」

「ただの通勤通学タイム。流されると別の件、下手すると別文明に着くからね」

「私、泳げないのです」


 私に続いてICをかざそうとして、澪はカードを改札に向ける。

 ビーっと赤ランプが光り、ゲートが閉じた。


「ふわぁ」


 ちっ、と澪の後ろで舌打ちをするサラリーマン。

 朝は皆、秒で生きている。


「あ、そのカードは大学の学生証ね。ペンギンの絵が付いたカードがあったでしょ。電車はそっちよ」

「形と大きさが同じで分かりにくいのです」

「世の中、“似て非なるもの”が多いの」


 なんとか改札を突破し、電車に乗った。3駅ほどの耐久レース。

 満員電車でげっそり青い顔している澪の手を引いて、電車から降り、無事にキャンパスに到着した。

 レンガの門をくぐると、疲れた表情から一転して澪は目を輝かせた。


「これはなんと神聖な雰囲気の……!」

「ただの大学です」

「いや、でも、ほら、柱がこう……荘厳」

「立派かもだけど、神殿とかではない」


 綺麗な芝生、サークルの呼び込み、配られるビラ、曇天のように厚い案内掲示版。

 いろいろな情報の雲が空を覆う。


「灯、情報が多すぎて、頭がついていかないのです」

「今のところ重要な情報はないから、覚えなくて大丈夫」


 と、背後から弾む声。


「――澪っ!?」


 振り向くより早く、澪を柔らかな香りと抱擁で包む人影。


「わ、わっ」

「生きてた……!生きてた……!ほんとによかった……!」


 澪が腕をほどくと、肩までの明るい髪、ぱっと咲くような笑顔。

 ――三咲ほのかが、目を潤ませて笑っていた。


 彼女は高校からの同級生。大学でも一番の親友で、いつも私の隣にいた。

 でも、今の私は、澪じゃない。——ほのかを知っていたらおかしいのだ。


「もう体は大丈夫なの?無理しないでね。……って、澪なんか雰囲気、少し変わった?」

「えっと……その……事故の影響で」


 澪はちらりと私を見る。

 私が頷くと、小さく深呼吸した。


「事故のあと意識が戻ってから、口調とか思考も色々変わったみたいなのです。昔の記憶も、その、ほとんどなくて……ふわふわで」


 ほのかは数秒、まっすぐに澪を見る。からの、柔らかい笑み。


「……私のこと、覚えてる?」


 ほのかが、困ったような少し寂しそうな表情で澪に尋ねる。


「ごめん、なさい、なのです……」

「そっか。全然大丈夫よ。私は三咲ほのか。“今の澪”に合わせて、また仲良くしよ」

「……ありがとうなのです」

「困ったら、すぐ言って」

「はいなのです」


「そういえば、あなたは——?」


 ほのかは、やっと私の存在にも気がついたようだ。


「あ、ごめんね、自己紹介が遅れて。私は、星野 灯。澪と同じ事故に巻き込まれた、えっと。なんというか……事故つながりの友達?」

「そうなんだ。大変だったね。灯ちゃんもこの大学の学生なの?」

「いや、私は澪のサポートで大学に連れてきただけだよ。澪が過去の記憶がほとんどないから、日常生活と大学生活に慣れるまでは一緒に付き添う予定」

「灯ちゃん、澪のフォローありがとう。私も一緒にいて大丈夫かな?私、大学で澪が一番の親友だったんだ」

「そ、そうなんだ。もちろん大丈夫だし、私もむしろ助かるよ。よろしくね、ほのかちゃん」


 ——こんなに早く遭遇すると思っていなかったから少し動揺したけど、何とかごまかせたかな。

 ほのかが、少しだけ肩をすくめ、澪の襟元の曲がりを直している。

 なんだか距離が近く少しだけ頬が赤らんでいるように見えた。


「よし、綺麗。——で、今日はゼミで卒論の進捗面談で来たんでしょ? 準備してきた?」

「進捗……?」

「研究の近況報告」

「し、進んで……ないのです」


 澪が後ろを振り返り確認してくる。


「(小声)だよね、灯?」

「(小声)ゼロ地点から表現を工夫しよう。“探索的検討を継続中”とか」

「(小声)人は騙せないのです」

「(小声)騙すのは神様だけだもんね」


 何をひそひそ話してるの?とほのかが気になっている。


「いや、卒論について、何してたかの記憶もないらしくって」

「そっか、そうだよね。よし、分かった!澪の研究テーマは知ってるから、進捗面談の時は私がフォローしてあげるよ」

「助かるよ。ありがとね、ほのかちゃん」


 そっか。ほのかとの関係もこれまでの思い出も、ぜんぶリセットされてしまったんだ。

 胸の奥が、きゅっと鳴った。

 “澪とほのかの過去”は、私は覚えているのに、彼女たちにはない。

 ——頭ではわかっていたのに、風が胸に小さな穴をあけて通り抜けたみたいだった。


 * * * * *


 ゼミ室の前。

 ドアの向こうから、静かで穏やかな声が漏れる。


「――では、次。白石さん」

「は、はいなのです」


 震える声で澪が返事し、3人で入室。

 壁一面の本棚。窓から斜めに差し込む光。

 机の向こう側に、細い金縁フレームのメガネ、柔らかな笑みの男性が座っている。

 ——人間心理学科の斎藤教授だ。


「おはようございます。……おや、白石さん、今日はなんだか声の調子が少し違うね」

 

 ――いきなり勘がいい。

 さすがは心理学の教授。やはり人間観察のプロである。


「そして君は、はじめまして、だね?」


 私は、簡単に自己紹介する。

 そして、事故のこと、澪の日常生活サポートが必要な件について斎藤教授に簡単に説明し、同席許可をもらった。


「白石さんは、えっと、事故の後遺症で、少し口調や性格にも変化がありまして」

 

 私が補足すると、教授は温かな目で頷いた。


「人というのは、連続した存在のようでいて、日ごとに違う。そういう意味で、変化は自然なことです。まして事故などの大きなショックで、人格等に変容を及ぼすケースも、今では特に珍しくありません。気にしなくて大丈夫ですよ。今の白石さんが、白石さんなのですから。さて――白石さん。記憶喪失とのことですが、卒論テーマは覚えていますか?」

「はい……えっと、覚えていません」

「正直でよろしい」


「たしか、“日常的な幸福感の認知メカニズムについて”……だったような」


 ほのかが笑顔でフォローする。教授はメモにさらさらとペンを走らせた。


「確認しましょう。あなたが考える“幸福”とは?」

「えっ」

「三行でどうぞ」

「三行……? えっと、“お米が美味しい”、“推しが尊い”、“布団がふかふか”」


 私とほのかが同時に息を呑む。

 教授は、口角を上げた。


「いいですね。栄養・価値・身体。三つの軸が出た。ではそれを心理学の言葉に少し寄せてみると?」

「え……ええと、“ごはん……要素”」

「うん。ごはん理論は、今ここで生まれましたね」

「米は争わず、胃袋が勝つのです」


 謎の格言を呟く、少し暴走気味の澪を、慌ててフォローする。


「横からすみません、自己決定理論の“自律性・有能感・関係性”のことですかね?」


 私が隣で控えめに囁くと、ほのかも驚いた目で私を見ていた。


「お、星野さんは、心理学に詳しそうですね?」

「あ、はい、まぁでも興味を持って少し独学で齧った程度です」

「そんなことはありません。自信を持って大丈夫ですよ。ぱっと専門用語が出てくるのは、あなたがきちんと勉強して理解している証拠です」

 

 ……そりゃそうでしょう。だって4年近くここで講義受けてたんだもの。

 教授は頷き、温度を保ったまま続ける。


「白石さん。専門用語はそのうち思い出したり学び直せばいいので、今は比喩でも構いません。専門用語は、本質を説明するための手段であって、研究内容の本質ではないからです。まずはイメージから理屈へ橋を架ける練習をしましょう。例えば、ラーメンを思い浮かべてみましょうか」

「ら、ラーメン……」

「スープは“関係性”。麺は“自律性”。具は“有能感”。味玉は――なんでしょう」

「推し……?」

「推し玉。新概念ですね。考察での採用を検討してみましょう」


 ノートに「推し玉」と書く教授。たぶん学会や論文では絶対使わないやつ。

 それでも、訳が分からない澪の回答をきちんと整理して導くスキルは、さすが教育者。


「では、測定方法。主観的幸福感の尺度を――」

「物差し……? どこで買うのです?」

「買いません。作ります」

「作るのです!? DIYなのです!?」

「アンケート、って言おう」


 私が小声で助け舟を出す。教授は止めない。

 止めないけど、目だけでこちらを面白がっているのが分かった。


「質問項目の設計は、料理のレシピと似ています。材料(項目)を選び、量(尺度)を決め、作法(手続き)を整える。白石さんは今何を食べたい?」

「お、オムライス……」

「では“オムライスの幸福尺度”。いいですね」

「いいのです?」

「はい、とても。食べたいものから入れる研究者は、良い仕事をしますし、長生きします」


 ……優しくて穏やかすぎる肯定。

 少し変な先生だが、嫌な変じゃない。


「本筋に戻ります。事故の件もありますし、今回は進捗がゼロでも問題ありません。今日からまた頑張りましょうね。ゼロには“無限の可能性”があります。今日の宿題は三点。

 一、関連研究を三本読み込みましょう。読んだ論文については、次回教えてください。

 二、白石さんの日常で起こった幸福な出来事について、三つほど、400字程度で書いてみましょう。

 三、その出来事について、三咲さんや星野さんに“なぜ幸福と感じたのか”の理由を含めて話せるようになるまで説明する練習をする。

 ――次の面談までにできますか?」


 澪はきゅっと唇を結び、うなずいた。


「やってみるのです」

「いい返事です。なお、卒論は料理です。焦がしても、次のフライパンがある。何度でも焦がしてよいです。研究結果で有意差等が出なくても、一生懸命調べて真剣に考察してあれば問題なく卒業できるので、頑張ってみてください」

「教授、それは研究的に……」

「研究者志望でなければ、それでいいのですよ。卒論は、自主的に動いて論理的に物事を考える。いわば社会に出る前の最終訓練、といったところでしょうか」


 その後も淡々と確認が進み、1時間ほどの進捗面談はあっという間に終了した。


「では白石さん、今日はこれで」

「ありがとうございました」

「三咲さん、星野さんも、よろしくお願いします」

「はい。失礼します」


 退出して、廊下で三人同時に息を吐く。


「……優しいけど、喩えが分かりやすいようで、よく分からなかったのです」

「言い得て妙。まぁ、心理学はこれから一緒に勉強しようね」


 * * * * *


「広―い!」


 澪の目が小学生みたいに輝き、初めての学食にわくわくしている。


「毎日来てたのに、ほんとに覚えてないんだね。うちの学食は、全国でも有名だから、食べたらもしかしたら何か思い出すかもよ?」

「そうだといいね」


 ——言えないけど、私はちゃんと覚えてるよ。


「ここで食券を買って、カウンターに取りにいって……」


 ほのかが私たちに丁寧に説明してくれる。

 ご飯のことになると、澪ががぜん真剣になる。


「この“日替わり定食”、というのは何になるのです?」

「あ、日替わりはね、そこのショーケースにサンプルが並んでるでしょ。えっと、今日は——」

「チキンカレーなのです!」


 カウンターから戻ってきた澪のトレーを見ると、いつもの2倍くらいの量のカレーが乗っていた。

 ……ここでまさかの、特盛りドロー?


「え?特盛とかあったっけ?」

「なんかカウンターの前で、“お腹空いたのです~”って言ってたら、食堂のおばちゃんに、“あんた苦労してそうね”って盛られたのです」


 4年間大学の学食で食べていたが、そんな裏技聞いたこともなかった。

 さすが、無自覚善意スナイパー。

 満足げにカレーをトレーに乗せた澪が、質問を連射する。


「“ゼミ”って“ゼミナール”の略なのです?」

「そう。セミの鳴き声じゃない」

「“単位”って、集めると……幸せになれるのです?」

「一瞬だけね。集められないと、しばらく不幸になるよ」


 単位は愛。落単は追加課金と、下手すると留年。

 この“さらっと教えられる”感じが、ほのかの頼もしさの正体。

 ほのかが笑いながら、私たちに水のコップを渡す。


「あのコールスローサラダもとっていいのです?」

「小鉢系はそのままとっていったら、レジで会計してくれるよ」

「私、サラダも買ってくるのです」


 私とほのかは、だっと駆けていく澪を横目に二人取り残された。


「澪、昔よりも食い意地が5割増しくらいになったような」

「そ、そうなんだ~」


 ……私、そんなキャラだったっけ?

 自分のことでも内側と外側からだと、見え方も違うことがよく分かった。


「大丈夫。私、澪の“通訳”やるから。なんだかんだ、高校からずっと一緒だし」

「ほのか、ありがとうね」


 あ、ほのかちゃん。と慌てて言い直す。


「ほのかでいいよ。私も灯って呼んでいい?」

「うん、大丈夫」


 ——こういうのが、笑顔でさらっとできる。

 この子のコミュ力の高さの証明。


 丸い4人掛けのテーブルに3人で座り、お昼ご飯を食べ始めた。

 私は今日はかつ丼。学食のカツは薄めだが、ふわふわの甘い卵に包まれて、安定の美味しさ。


「じゃ、まず卒論。澪の“推し玉ラーメン理論”、正直めっちゃ好き。心の中は大草原だったよ。でも――」

「でも?」

「ギャグだと、卒業できないからな。灯も一緒に、形にしてこ?」

「もちろん。必要な資料の取り寄せ、やっとくね」


 私は、澪のサポートに限定した利用であることを前提に、斎藤教授からゼミ室と図書館の資料の閲覧許可をもらっていた。

 ……心理学に関する知識を少し披露したことで、教授の好感が得られたからかも?

 真面目に勉強しててよかった、と心から思った。


「ありがと、ふたりとも……」


 澪の目が少し潤む。

 慌てて私は話題を切り替えた。


「そ、そういえば、教授の“宿題の二番”おもしろかったね。“幸福についての話を三本”。帰ったらやってみる?」

「やるのです! 私、幸せのレシピなら、書ける気がするのです」

「“米”の字が多すぎる原稿になりませんように——」

「米は世界を救うのです」

「ん? まさか二人は一緒に住んでるの?」


 私たちのやり取りを聞きながら、ほのかが目をまん丸にして尋ねてきた。


「あ。うん、そう。実はそうなんだよね」


 ——適当に事情をでっちあげて、何とかごまかす。


「え、いいなー。今度私も遊びに行っていい?」

「もちろん。いつでも来て」

「じゃ、今週末いく」

「早えな。フットワークに羽生えてる!」


 お昼休みの時間が過ぎると、多くの学生が講義に戻り、一気ににぎやかさが減った。

 私たちは、今日は進捗面談だけで午後の講義がなかったので、そのまましばらく雑談に花を咲かせた——。


 * * * * *


 午後の図書館で、ほのかが資料を機敏に探す。

 澪が教科書のページをめくっては、眉を細めている。

 私が机の端でPCを駆使して検索していると、澪が呻いていた。


「むずかしいのです〜」

(十分後)

「……むずかしいのです(二回目)」

(二十分後)

「……進捗ゼロなのです(潔い自白)」


 私は、放置して検索を続ける。


「“主観的幸福感 尺度 日本語”……ぽちっと。――出た。定番のやつ」

「定番はまずSHSを知ることから、だよね」

「エスエイチエス……?」

「Subjective Happiness Scale。まずは先人の研究をまねして、学ぶ。型を知って、それから澪の視点に変えてみるの」

「フルで聞いてもよく分からない単語なのです……。でも、空を飛ぶには、まず地面を知ることが必要ということは、なんとなく分かったのです」

「そう、飛ぶ前にまず足場を作ろう」


 初心者向けで分かりやすそうな論文を3本見繕って、そのまま図書館で印刷し退館。

 夕方、校門を出ると風が冷たくなっていた。


「初日で、よくがんばりました。大学に無事に復帰してくれて本当に嬉しかった」


 ほのかが澪の手を軽く握る。澪が“きゅ”と握り返す。

 やはり、なんとなく昔より少しだけ距離感が近い気が……。ま、気のせいか。

 私は、少し二人から目をそらして、夕暮れの空の色でも観察しておくことにした。


「ほのか、ありがとうなのです」

「ううん。……澪、久しぶりの大学怖かった?」

「ちょっと。たくさん。だけど」

「だけど?」

「ふたりと一緒なら、たぶん、平気なのです」


 ほのかが、あっ、と時計を見ながら少し焦った様子で澪に確認する。


「あ、連絡先は残ってるよね? 無理はしないで、困ったらすぐ呼んでね」

 

 澪がスマホの連絡先を確認する。

 新しいスマホ買った時に、連絡先をコピーしててよかった。


「入っているのです」

「……じゃ、私この電車乗らなきゃだから、先行くね」


「まったね~」と手を振りながら、柔らかい春みたいな笑顔をふりまく。

 駅へ向かって駆けていくほのかの背中が、すぐに夕焼けに溶けた。


 * * * * *


 ——帰宅。

 靴を脱いだ瞬間、澪は「疲れだ~」と玄関でぺたん。


「大学……魔王城より攻略が難しいのです」

「魔王城に行ったことある顔で言わないの。でも、お疲れ様」


 初めての環境は誰だって、神経を使う。

 今日は疲れていないはずがないのだ。


「お風呂沸かすから、先にゆっくり入っておいで」

「灯、ありがと」


【ピコン♪】

 天界端末。神様からの通知が、控えめに光る。

 KAMI ver 7.3:「GAPのデイリータスク達成:善行ポイント+5」

 【現在の善行ポイント:7】と表示されていた。


「達成……?」


 タスクの内容を確認したら、【達成:一日で3回以上、“ありがとう”と言われる】と書いてあった。

 澪が横からのぞき込んで、小さく笑った。


「今日は、灯とほのかと三人で、いっぱいお話したのです。3回くらいは言ったかもです」

「――いいタスクだね。さすが、天使仕様のソシャゲは健全だ」


「灯」

「——ん?」

「私、明日も、がんばれる気がするのです」

「うん。明日も、ぼちぼちね」


 澪の湯飲みを持つ手が、ほのかに直された襟元みたいに、少しだけ整ってみえた。

 

「新しく友達もできたし、今日の幸福は400字じゃ足りない気がするのです」

「頑張って、宿題もしなきゃね」

「――また明日、少しだけ、地図が読めるようになれますように」

読んでくださってありがとうございます!

週1くらいのペースで更新予定です。

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