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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第五章:『忘れられた王子と蜘蛛の糸』

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第58話:『過保護な番犬と絶対命令』


作戦会議の翌日から、私の平穏な日常は、一人の、あまりにも実直すぎる副官によって、脅かされることになった。

ヴォルフラム。

シュタイナー中将が、私の「お目付け役」として送り込んできた彼女の忠誠心は、ある意味、常軌を逸していた。


私が、『天翼の軍師』として、執務室で山のような書類と格闘していると、背後に、常に、石像のような気配を感じる。

振り向けば、案の定ヴォルフラムが、微動だにせず仁王立ちしているのだ。その視線は窓の外を警戒しつつも、その意識の九割が私に集中しているのがひしひしと伝わってくる。

「……ヴォルフラムさん。少し、圧が……。もうちょっと離れていただけると助かるのですが……」

「はっ! 失礼いたしました! ……この辺りで、よろしいでしょうか!」

彼女は、カクカクとした動きで、一歩だけ、後ろへ下がる。

「……も、もう少し……」

「はっ! では、この辺りで!」

さらに一歩。その生真面目さが、逆に、私の集中力を、ゴリゴリと削っていく。

「……ああ、もう! 分かりました! ドアの前で、待機していてください!」

「……はっ……」

しゅん……とした気配を背中に漂わせながら、彼女は、言われた通りドアの前へと移動した。その背中が、明らかにしょんぼりと落ち込んでいるのが見て取れた。


彼女のその過剰なまでの忠誠心は、休憩時間にさらにエスカレートした。

「セラさん、すみません。少し、ケーキでも……」

私が、いつものように、セラさんに声をかけた、その瞬間。

「――(ガタッ!)」

ドアの前で待機していたはずのヴォルフラムが、凄まじい勢いで、立ち上がった。

「セラ副官! そのような雑務は、私が! リナ様の、お口に入れるものです! 毒見も、この私が、完璧に行います!」

「あらあら」

セラさんは楽しそうに微笑みながら、お盆をヴォルフラムに渡す。

ヴォルフラムは、まるで皇帝陛下に献上する宝物でも運ぶかのように、恭しくそして尋常ならざる真剣な顔で、ケーキと紅茶をしっかりと吟味してから、私の前にそっと置いた。その顔は、「この一皿に、私の全てを懸けております」と、語っているようだった。


そしてその日の夜。事件は起こった。

一日の仕事の汗を流そうと、湯浴みの準備をしていた時のことだ。

私がタオルで身体を拭こうとした、まさにその瞬間。


「――わ、私がッ!!」


バァン! と、扉が勢いよく開かれた。

そこに立っていたのは、鼻息を荒くしている、ヴォルフラムだった。

「リナ様の、その御身おんみに万が一のことがあっては! このヴォルフラムがお手伝いいたします!」

「…………」

私は、ドン引きした。心の底から。

「……ヴォルフラムさん……。やりすぎです」

「はっ! し、しかし! 湯浴み中は、最も無防備な……!」

「出ていってください! 今すぐ!」


結局彼女は、涙目で部屋から出て行った。

私は、このままでは潜入作戦どころか、自分の正体が味方にさえバレてしまうと強い危機感を覚えた。リナの時に、うっかり同じような事をされれば、一巻の終わりだ。

翌朝、私は、ヴォルフラムを呼び出し、改めて、厳命した。

「いいですか、ヴォルフラムさん。私が、『リナ』として、この館の中を歩いている時は、絶対に、私に近づかないこと。話しかけるのも、禁止です。これは、私の機密に関わる、最重要命令です。……分かりましたね?」

「……りょ、了解……いたしました……」

その声は、まるで飼い主に「待て」を厳しく命じられた大きな犬のように、悲しげに震えていた。


その日の午後。廊下の隅で、リナとして歩いている私を、柱の陰からじっと、しかし決して近づかずに見つめるヴォルフラムの姿があった。

その目は、潤んでいるように見えた。


◇◆◇


夜。書斎に入ろうとした私は、ドアの前で、しょんぼりと佇んでいるヴォルフラムの姿に気がついた。

私が軍師の姿に戻ったことで、ようやく彼女は、私のそばに来ることができたのだ。

「……ヴォルフラムさん。もう、今日の警護はいいですよ。自室でゆっくり休んでください」

私が労いの言葉をかけると、彼女の肩が、ずーん、と、さらに沈み込んだ。

その、あまりにも分かりやすい枝垂れ柳のような落ち込みように、私はついに折れた。


「……はぁ……。分かりました、分かりましたから!」

私は、観念して言った。

「書斎の隅なら、好きに使ってくれて構いませんから! そこに椅子と、小さな机を用意させます。だから、そんな、世界の終わりのような顔をするのはやめてください……」

その言葉に、ヴォルフラムの顔が、ぱあっと輝いた。

「はっ! ありがとうございます、リナ様! 決して、ご迷惑には、ならぬよう、静かにしておりますので!」


こうして私の書斎の隅に、ヴォルフラム専用の「待機場所」が設置されることになった。

彼女はそこに座り、静かに目を閉じている。

その姿に、少しだけ安堵しながら、私は、夜更けまで、王国への潜入ルートの最終確認に、没頭していた。

彼女の存在が、今宵、とんでもない事態を引き起こすことになるとも知らずに。



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― 新着の感想 ―
ヴォル犬ちゃん仕事以上に固執しすぎな気がw
犬小屋を作ってもらった犬の幻覚が見えた
どのみち聖女からも命を狙われているよね。
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