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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 書記官リナ、8歳です  作者: 輝夜
第一章:『偽りの軍師、誕生』
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第6話:『謎の軍師と不本意な車椅子』


私の初仕事は、グレイグ司令官閣下の天幕で行われることになった。

伝令が「副隊長以上は全員、第一天幕に集合せよ!」と触れ回っているのが聞こえる。いよいよ、私の分析結果が、本物の作戦として動き出すのだ。胸が、期待と不安で高鳴る。

私が意気揚々と天幕に向かおうとすると、グレイグが私の前に立ちはだかり、その大きな手で私の肩をぐっと掴んだ。


「待て、リナ」

「は、はい、閣下」

「これからの作戦会議、お前にも出てもらう。だが、その前にやることがある」

グレイグは私を値踏みするように見下ろし、それから隣に控えていた、怜悧な顔立ちの女性副官に顎をしゃくった。彼女は副官のセラ。歳は二十代半ばだろうか。きっちりと着こなした軍服と、厳しい眼差しが印象的な、いかにも「できる女」という感じの人だ。

「セラ。こいつを“それっぽく”しろ。命令だ」

「は……? それっぽく、とは、どういう意味でしょうか、閣下」

セラ副官は、怪訝な顔で眉をひそめた。私も何のことか分からず、二人を交互に見上げる。


グレイグは面倒くさそうに頭を掻いた。

「いいか、リナ。お前の分析は本物だ。だが、お前自身はただの小娘にしか見えん。このまま会議に出せばどうなる? 歴戦の隊長どもは、お前を侮るか、気味悪がるか、あるいは手柄を横取りしようとするだろう。最悪、敵に『帝国の神童』なんて知られたら、真っ先に暗殺対象だ」

彼の言葉には、意外なほどの配慮が滲んでいた。この胡散臭い上官、ただの面白いオッサンというだけではないらしい。

「だから、お前は今日から、年齢不詳、性別不詳の『謎の軍師』だ。いいな?」

「は、はぁ……」

「返事は『はっ』だ、書記官殿」

「はっ!」


グレイグは満足そうに頷くと、とんでもないものを指さした。それは天幕の隅に置かれていた、木製の車椅子だった。負傷した将校が使っていたものだろうか。

「立つと背の低さがバレる。会議中は常にこれに座っていろ。足が悪いフリをしろ。それから、その甲高い声も何とかしろ。できるだけ低い声で、尊大に、それっぽく振る舞え。いいな、これも命令だ!」

「え、えええええ!?」

思わず素っ頓狂な声が出てしまった。謎の軍師? 車椅子? 尊大な態度?

(む、無理無理無理! ただでさえ緊張してるのに、そんな演技までできるわけないじゃない! ていうか、足、普通に動きますけど!?)


私の内心の絶叫を無視して、話は進んでいく。

「セラ、お前がこいつの変装を手伝ってやれ。それから、会議中は後ろから車椅子を押してやれ」

「なっ……! なぜ私が、このような子供の世話を……!」

セラ副官が、初めて感情を露わにして抗議する。その気持ち、痛いほど分かります。

だが、グレイグはニヤリと笑って一蹴した。

「お前が一番、こういう小細工が得意だろうが。それに、俺の命令に逆らうのか?」

「……っ! 承知、いたしました」

セラ副官は悔しそうに唇を噛み締め、深く頭を下げた。そして、私の方をちらりと見たその目に、一瞬だけ、同情のような色が浮かんだ気がした。


かくして、私の「謎の軍師化計画」が始まった。

セラ副官は、ため息をつきながらも仕事は完璧だった。彼女はどこからか、顔の半分を覆うような深いフードのついたローブと、声色を少しだけ低く響かせるための、喉に当てる小さな金属の変声器を持ってきた。

「これを着なさい。フードは絶対に取るんじゃないわよ。それから、この変声器……あまり長く使うと喉を痛めるから、発言は簡潔に」

彼女はぶっきらぼうに言いながらも、私の小さな身体に合わせてローブの丈を器用に詰めてくれる。その手つきは、驚くほど優しかった。

「あ、ありがとうございます……」

「……別に。閣下の命令だからやっているだけよ」

ツン、とそっぽを向くセラ副官。でも、その耳が少しだけ赤い。

(あ、この人、もしかして……ツンデレってやつでは? 可愛いし! 私、可愛いから、きっと私には甘いのよ!)

私の三十路の脳内が、一瞬だけお花畑になった。


準備が整い、私は車椅子に深く座らされた。フードを目深にかぶり、ローブで全身を覆うと、確かにただの小さな子供には見えない。むしろ、かなり怪しい。

「よし。行くぞ、軍師殿」

グレイグは面白くてたまらないという顔で笑っている。

セラ副官が、無言で私の車椅子の後ろに立ち、ゆっくりとそれを押し始めた。ギシリ、と車輪が軋む音が、私の心臓の音と重なった。


第一天幕の中は、すでに屈強な隊長たちで埋め尽くされていた。誰もが歴戦の強者であることを示す傷を顔や腕に刻み、硝煙と鉄の匂いをまとっている。

その中に、フードを被った小柄な人物が、女性副官に車椅子を押されて入ってくるのだ。当然、全員の視線が突き刺さる。

「なんだ、あれは?」

「知らん。見たことのない顔だ……」

「閣下が呼び寄せた、中央の人間か……?」

ひそひそとした囁きが、天幕の中を満たす。緊張で、喉がカラカラに乾く。


「静まれ!」

グレイグの一喝で、天幕は静寂に包まれた。

「今日から我々の作戦に加わる、軍師殿だ。事情により、名も顔も明かせん。だが、その頭脳は俺が保証する。異論は認めん」

彼の宣言に、隊長たちは納得いかないながらも、黙って引き下がるしかなかった。


「さて、軍師殿。改めて聞かせてもらおう。さきほどの暗号、本当に間違いないのだな?」

グレイグが、わざとらしく芝居がかった口調で私に尋ねる。

(ここでしくじったら、ただの道化だ……!)

私は喉に当てた変声器を意識し、できるだけ落ち着いて、低く、尊大な声を絞り出した。


「……うむ。間違い、ない」

(あ、やばい。声、裏返りかけた)

「根拠は?」

「……それは……」

私は必死で、前世の偉そうな上司を思い浮かべた。そうだ、あのふんぞり返った態度で!

「……それを知る必要が、貴様らにあるか? 我が分析によれば、敵は南の川沿いで偽の退却を行い、我らを誘い込む。ただ、それだけのことよ」

「なんと……!」

隊長の一人が息を飲む。思った以上に、効果は絶大だった。怪しさ満点の見た目と、偉そうな口調が、逆に彼らの想像力を掻き立てているらしい。


調子に乗った私は、おずおずと、ローブの袖から細い指を出し、作戦地図を指し示した。

「問題は、敵の本隊が潜む場所……。我が“目”によれば、それは……この丘だ」

「なんと!?」

「何故そう断言できるのですか、軍師殿!」

隊長たちが、一斉に私に詰め寄ってくる。その剣幕に、私は思わず「ひっ」と小さな悲鳴を漏らしそうになった。

(うわあああ、近い近い近い! 怖い!)

その瞬間、私の背後にいたセラ副官が、すっと前に出て彼らを制した。

「軍師殿は、お疲れだ。質問は、まとめて司令官閣下へ」

その凛とした声と、冷たい視線に、隊長たちはたじろいで距離を取る。

(セ、セラ副官……! かっこいい……!)


グレイグは、そのやり取りを満足そうに眺めていた。

「……面白い。面白いじゃねぇか。では、軍師殿の“神託”通り、作戦を立案する!」

彼はそう宣言すると、地図の上に駒を叩きつけた。

「敵の罠を逆用し、この丘に潜む本隊を、逆に我らが奇襲する!」


こうして、年齢不詳、性別不詳、足が悪くて声が可愛い(かもしれない)謎の軍師が、東部戦線に誕生した。

時々、意表を突かれて「にゃっ」とか変な声が出そうになるのは、どうか見逃してほしい。

私の軍議デビューは、心臓に悪いことこの上なかったが、なんとか成功(?)に終わったのだった。


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