第49話:『北壁の問いと軍師の覚悟』
「……貴様の、真の狙いは何だ」
地を這うような低い声が、部屋の空気を震わせた。
シュタイナー中将の問い。それは単なる好奇心ではない。無数の戦場を駆け、帝国の行く末をその双肩に背負ってきた老将の、魂そのものが発したかのような重みを帯びていた。
隣でグレイグとセラが固唾をのむ気配が、肌を刺す。
私はフードの奥で、静かに息を吸い込んだ。
この男に、小手先の弁舌は通じない。見せかけの威厳も、皇帝から与えられた権威も、帝国の『北壁』と謳われるこの男の前では、風に舞う塵芥ほどの意味もなさないだろう。
必要なのは、ただ一つ。
私が描く未来の、その本質を偽りなく示すこと。
「……シュタイナー中将。貴殿の仰る通り、私のやり方は常道ではありますまい」
変声器を通した声が、氷のように冷静に響く。
「ですが、お尋ねしたい。今の我々が戦っている相手は、果たして『常道』で打ち破れる相手でしょうか」
「……何が言いたい」
中将の眉が、わずかにピクリと動いた。
「王国には『剣聖』と『聖女』がおります。彼らは個人の武力や奇跡の力という、まさに『常道外れ』の力で我が帝国を蹂躙してきた。……常識外れの脅威に対抗するには、こちらもまた、常識の外に出るしかない。そうはお考えになりませんか?」
私の問いに、シュタイナー中将はぐっと押し黙った。
その顔に刻まれた深い皺が、彼の軍人としての葛藤を物語っている。誰よりも規律を重んじる男だ。だが同時に、現実を冷徹に見据える目も持っている。転生者たちの異常性は、彼もまた、血の滲むような報告書で知り抜いているはずだった。
私は、間を置かずに言葉を続ける。
「私が目指すのは、ただの勝利ではありません。皇帝陛下が望まれる、『永続する平和』の礎を築くことです」
「……平和だと?」
中将の声に、嘲りが滲んだ。
「貴様のやっていることは、奇策、詭計、そして敵の心を弄ぶ謀略の限りではないか。それが平和に繋がると、本気で申すか」
「ええ。本気で」
私は、きっぱりと答えた。
「中将。帝国が王国を完全に滅ぼし、併合したとしましょう。その先に、本当の平和があるとお思いか? 占領地の統治、終わらぬ反乱、そして次なる敵の出現……それは平和ではなく、ただ戦いの形が変わるだけの、終わりのない泥沼に過ぎません」
「……」
「私の目指す『外科手術』は、そうではない。王国の民や国土への被害を最小限に抑え、彼らの精神的支柱である『奇跡』と腐敗した上層部のみを、的確に排除する。そして彼らが自らの足で新たな国を再建する手助けをする。……それこそが真の意味で禍根を残さぬ、唯一の道だと信じております」
私の語る、壮大なビジョン。
それは、もはや一軍師ではなく、国を動かす為政者の視点だった。
シュタイナー中将の険しい顔に、わずかな、しかし確かな動揺が走ったのを、私はフードの奥から見逃さなかった。
「『技術研究局』も、『影の部隊』も、全てはそのための“メス”にございます。より精密に、より迅速に、そして、より少ない犠牲で病巣を切り取るための、道具に過ぎません」
「……では、問おう」
シュタイナー中将が、最後の弾丸を装填するように、問いを投げかけてきた。
「貴様のその策が、もし失敗した場合はどうする? 帝国を取り返しのつかぬ混沌に陥れた時、貴様はどう責任を取るつもりだ?」
それは、最も核心を突く問い。
私は、フードの奥で静かに微笑んだ。
「その時は」
私の声は、もはや変声器の冷たさを感じさせない。絶対の覚悟が、言葉に質量を与えていた。
「私のこの首と、そして私を信じたこのグレイグ中将の首を、貴殿が自らの手で刎ねればよろしい。……我々は、その覚悟の上でこの道を進んでおります」
絶対の覚悟を宿した言葉が、部屋の静寂を切り裂く。
その瞬間、シュタイナー中将の鋼のようだった表情が、ふっと、解けた。
彼は大きく、深く、肺の底から息を吐き出す。
そして。
それまでの険しい顔が嘘のように、まるで悪戯が成功した子供のような、獰猛な笑みを浮かべた。
「……ふん。……ふははははは!」
腹の底から湧き上がるような、豪快な笑い声が部屋を揺らす。
「面白い! 実に面白いぞ、小僧! いや、軍師殿! まさかこの俺に、そこまで言い切るとはな!」
突然の変貌に、セラが驚きに目を見開いている。グレイグだけは「やれやれ、始まったか」とでも言いたげに、呆れた顔で首を振っていた。
「……よかろう!」
シュタイナー中将は、椅子を蹴るように立ち上がると、重いテーブルを拳でドン、と叩いた。窓ガラスがビリビリと震える。
「北の廃坑、好きに使うがいい! 必要な鉱石も人員も、俺が責任を持って手配してやろう!」