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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第四章:『夜明けの梟は静かに舞う』

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第47話:『英雄と皇子の秘密の約束』


ユリウス皇子の絶叫が、色とりどりの薔薇が咲き乱れる庭園に木霊した。

その声が消えぬうちから、彼の顔は血の気が引いたかと思えば次の瞬間には真っ赤に染まり、まるで壊れた人形のように何度もそれを繰り返す。見かねた侍女長が、慣れた手つきで気付けのハーブティーをその震える口元へと運んでいた。


その喧騒を背に、私と皇妃陛下は何事もなかったかのように、優雅なお茶会を再開していた。カチャリ、とティーカップの触れ合う澄んだ音が響く。

「それでリナ、マキナの工房の移転先はもう決まったのかしら?」

「はい。いくつか候補地を絞りました。中でも、豊富な鉄鉱石が採れる北のシュタイナー中将の管轄区……その古い廃坑が第一候補です。あそこなら機密も保てますし、大規模な開発にも」

「まあ、ゲルト様のところですの。あの方は少々、いえ、かなり石頭で有名ですけれど、陛下からお話を通せばきっと協力してくださるわ」


すぐ隣で繰り広げられる、まるで国家機密のような会話。

ようやくハーブティーで喉を潤し、正気を取り戻したユリウス皇子の耳に、その言葉が飛び込んでくる。

(……シュタイナー中将? 鉄鉱石? ……この僕とたいして歳の変わらない少女が、一体何を……? これが、『天翼の軍師』の日常……?)

彼のこれまでの世界観が、足元からガラガラと音を立てて崩れていくのが分かった。


やがて彼は意を決したように、ガタリと音を立てて椅子から立ち上がった。そして私の前に進み出ると、ぎこちない動きで、しかし深く、深く頭を下げた。その影が、テーブルクロスの上に長く伸びる。

「……ぐ、軍師殿! さ、先ほどは大変なご無礼を……! ど、どうか、この首を刎ねるのだけはご容赦いただきたい……!」

その必死な様子に、私は噴き出しそうになるのを懸命にこらえた。口元を隠すようにカップを持ち上げる。

「顔をお上げください、ユリウス皇子。私はあなたの首を刎ねたりなどいたしませんよ」


その言葉に、皇子は恐る恐る顔を上げた。その瞳には、まだ怯えと安堵が入り混じっている。そして憧れの英雄を前に、堰を切ったように質問を浴びせ始めた。

「あ、あの! 本当にあなたが、あの鷲ノ巣盆地で王国軍を……?」

「はい」

「では、『剣聖』を泥まみれにしたというあの奇策も……?」

「まあ、そうなりますね」

「すごい……! 本当にすごい! いったいどうすれば、あなたのような軍師になれるのですか!?」

その瞳は、先程までの怯えが嘘のようにキラキラと輝いている。純粋な尊敬の眼差しに、私の心も少しだけ温かくなった。


「……そうですね。まずはたくさんの本を読むことと、それから……」

当たり障りのない助言をしようとした、その時だった。

パン、と皇妃陛下が軽やかに手を叩いた。その乾いた音が、会話を遮る。

「はい、そこまでよ。リナもそろそろお暇の時間でしょう?」

「え……あ、はい。そうですね」

楽しい時間は、いつもあっという間に過ぎていく。


私は名残惜しさを隠して立ち上がり、帰る支度を始めた。ユリウス皇子は、まだ何か言いたげに私を見つめている。彼の中で私は、もう完全に「憧れの大英雄」として焼き付いてしまったらしい。

そんな私たちを見て、皇妃陛下はとんでもない爆弾をもう一度、投下した。


「それにしても、二人ともずいぶんと打ち解けたようですわね」

彼女は満面の笑みで、まるで甘い菓子でも勧めるように言った。

「ユリウスもあなたのことをとても慕っているようですし……。ねえリナ、改めてこの子と……」


「――セレスティーナ様!」

私は思わず、彼女の言葉を少し強い声で遮っていた。

「ですから、それは……! 身分違いも甚だしいです! それに、私はまだ、自由でいさせてください!」

軍師だの貴族だの、そんな窮屈な肩書きに縛られるのは、もうこりごりなのだ。


私のきっぱりとした拒絶に、皇妃陛下はわざとらしく眉を下げ、悲しそうな顔でユリウス皇子の方を向いた。

「まあユリウス……どうやらフラれてしまったようですわね?」

「…………え?」

ユリウス皇子が、きょとんとした顔で母を見る。


そして次の瞬間、彼の顔が再び茹でダコのように真っ赤に染まった。


「ぼ、ぼ、僕はなぜ、告白もしていないのにフラれたことになっているのですかっ!!」


皇子の魂からの絶叫が、再び薔薇の庭園にこだました。

その光景に、私はもう笑いをこらえることができず、少し離れた場所に立つセラも、静かに肩を震わせている。皇妃陛下だけが、何食わぬ顔で優雅にお茶を啜っていた。


こうしてユリウス皇子は、私という『天翼の軍師』の最も若い「秘密の共有者」となった。

そして彼の心の中に、尊敬と憧れと、そしてほんのちょっぴりの淡い何かが芽生えたことを、まだ誰も知らなかった。


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― 新着の感想 ―
ユリウスくんの明日はどっちだ!w
全体として凄く面白い良作と思います。 ただここの回について、帝国軍の軍政上の軍師の地位がよく分からないけど、どちらにせよ軍組織で選ばれた者を陛下が任命される存在だと思うので皇族より下位の者に王子が首を…
2025/10/11 14:05 通りがかりの者
通りすがり様のいう通り、恋愛要素はもっと別なところで。 皇妃様は軍師を国に留める為に画策しているとも考えますが...。
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