第42話:『軍師様のサプライズ辞令』
帝都での全ての承認を取り付けた私は、その足で再びマキナの工房へと向かっていた。
ただ、今回はただの少女リナとしてではない。
皇帝陛下から賜った、あの豪華絢爛かつ気恥ずかしいことこの上ない『天翼の軍師』のフル装備である。もちろん、グレイグ中将から借り受けた精鋭の護衛部隊も引き連れて。
サプライズは、舞台装置が肝心なのだから。
◇◆◇
「――た、たいへんだ! 工房の前の道いっぱいになって、なんだか凄く高貴な感じの一団が来てます!」
またしても新たな爆発――今回の原因は圧縮蒸気の逆流だったらしい――の後始末に追われていたマキナの元へ、工房の作業員が血相を変えて駆け込んできた。
工房に立ち込める刺激臭と、舞い散る煤。
「高貴そうな一団? なんだそりゃ。どっかの物好きな貴族か?」
煤で汚れた顔のまま、マキナは心底面倒くさそうに答える。
「そ、それが……! 帝国軍の紋章と共に、見たこともない翼の紋様が掲げられております! とにかく、マキナ様をお呼びです!」
「翼の紋様……?」
マキナが訝しげに工房の外へ出ると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
微動だにせず整然と立ち並ぶ、精鋭の帝国兵たち。その鎧は磨き上げられ、午後の光を鈍く反射している。
彼らが守護する中央には、黒漆と金で贅沢に装飾された巨大な輿が一台。風にはためく赤い帳には、天翔ける翼を模した荘厳な刺繍が施されていた。
あまりに仰々しい威圧感に、マキナは思わずゴクリと喉を鳴らす。前世の記憶をどう探っても、こんな乗り物は見たことがない。
周囲の職人たちも息を呑み、慌ててその場に平伏した。
やがて輿の中から、変声器を通した低く朗々とした声が響く。
「――面を上げよ、マキナ」
「は、はい……」
「皇帝陛下の御裁可により、マキナよ、そなたに新たな任を授ける」
輿の側に控えていた氷のように美しい女性副官――セラが、厳かな仕草で羊皮紙の巻物をマキナに手渡す。
恐る恐るそれを受け取り広げると、皇帝陛下の印璽と共に、力強い筆跡が目に飛び込んできた。
『本日をもって、マキナを『帝国軍東部方面軍・技術研究局』の初代局長に任ずる』
「きょ、局長……!?」
マキナは訳が分からないまま、再び深く頭を下げた。
(何が起きてるんだ、これは!? 私が局長!? まさか……これって、この前のリナって子が言ってたことか……? でも、あの子にこんな権限があるわけ……)
混乱するマキナをよそに、輿の赤い帳が静かに内側から開かれる。
しかし、中から人物が降りてくることはなかった。代わりに、用意されていた木製の車椅子に、静かに乗り移る影が見えた。
深いフードのついた豪奢なローブをまとったその人物は、顔を全く見せない。だが、その影は濃く、凄まじい威圧感を放っている。
(……車椅子……? 足が、不自由なのか……?)
その人物を乗せた車椅子を、あの美しい女性副官が、静かに押し始めた。
「……人払いの出来る場所を用意していただきたい。今後の細かい話をしたい」
「は、はっ! こ、こちらへどうぞ……!」
マキナは慌てて立ち上がり、一行を先導する。工房の作業員たちは皆、畏敬の念と共に深く頭を下げ、その一行を見送った。
一番奥にある機密相談室の前で、マキナが震える手で扉を開ける。
女性副官は、車椅子を押したまま、さっと先に室内へ入り、隅々まで鋭い視線を走らせた。
「天翼の軍師様、問題ないようです」
「うむ。ではセラ、入り口を頼む」
「はっ!」
女性副官は一礼すると、部屋から退出。扉の外で、番人のように直立した。その目には、何人たりとも通さぬという強い意志が宿っている。
部屋には、車椅子に座るローブの人物と、マキナの二人だけが残された。
バタン、と重い扉が閉まる。静寂が耳に痛い。
「こ、こちらへ、どうぞ……」
マキナは、部屋の奥へと手を差し伸べるが、ローブの人物は首を横に振った。
「……うむ。ここで、よい。……では」
その人物は、マキナに、向かいの椅子に座るよう、顎で示した。
しーん……。
痛いほどの沈黙が、部屋を支配する。
(……ど、どうしよう。思ったより、緊張感ある雰囲気になっちゃった。マキナさん、ガチガチに緊張してる……)
コン、コン。
「お飲み物をお持ちいたしました」
扉の外からセラの涼やかな声がする。
「うむ、頼む」
扉がわずかに開き、彼女が上等な紅茶とケーキをのせた盆を静かに運び入れる。そして再び、音もなく扉は閉ざされた。
目の前に置かれた美味しそうなケーキ。しかし、今はそれを味わう余裕など、マキナにはなかった。
再び、痛いほどの沈黙。
「し、して……! その、天翼の軍師様! お話とは一体……!」
彼女が裏返った声で尋ねた、その瞬間。
車椅子に座るローブの人物の肩が、小刻みにぷるぷると震え始めた。
「く……」
「……ぐ、軍師様……?」
「くくっ……ふ、ふふ……」
そして、ついに、堪えきれなくなった。
「ぷっ……! あはははははは! あー、ごめんごめん! もう無理!」
ローブの人物は、勢いよくフードを脱ぎ捨て、変声器をテーブルにコトリと置く。
そして、車椅子からぴょんと飛び降りると、その場で元気よく一回転してみせた。
「じゃーん! 私だよー♪ サプライズ、大成功~?」
ポカン、と口を開けて固まるマキナ。
やがて状況を完全に理解した彼女は、ゆっくりと両手で自分の頭をわしわしと掻きむしった。
「…………」
「……え、あれ? 反応が……」
「……足……悪く、なかったのか……」
マキナがうめくように言った。
彼女はがっくりと椅子に深く座り直し、大きなため息をつく。
「……それで? 聞きたいことが山ほどできたんだが」
「ふふ、何でも聞いてください」
「……まあ、とりあえずは……お前が、その、なんだ……そういうことでいいんだな?」
「どういうことです?」
「……はぁぁぁ……。分かったよ、もう!」
マキナはやけっぱちのように叫んだ。
「お前が今、世間の話題を席巻している、あの死ぬほど気恥ずかしい名前の『天翼の軍師』様だったってことで、理解した!」
その言葉に、今度は私が固まる番だった。
「あ……う、うう……」
顔が一気にカアッと熱くなる。
(そ、そうだ……。私、もうただの『謎の軍師』じゃなかったんだ……。世間ではもう、この名前で……)
「く、黒歴史……確定だ……」
私はその場で、テーブルに突っ伏した。
二人の転生者による二人三脚は、何とも言えず、実に微妙な空気の中で幕を開けたのだった。