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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 書記官リナ、8歳です  作者: 輝夜
第三章:『影と鉄槌、そして科学の黎明』
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第42話:『軍師様のサプライズ辞令』


帝都での全ての承認を取り付けた私は、その足で再びマキナの工房へと向かっていた。

ただ、今回はただの少女リナとしてではない。

皇帝陛下から賜った、あの豪華絢爛かつ気恥ずかしいことこの上ない『天翼の軍師』のフル装備である。もちろん、グレイグ中将から借り受けた精鋭の護衛部隊も引き連れて。

サプライズは、舞台装置が肝心なのだから。


◇◆◇


「――た、たいへんだ! 工房の前の道いっぱいになって、なんだか凄く高貴な感じの一団が来てます!」


またしても新たな爆発――今回の原因は圧縮蒸気の逆流だったらしい――の後始末に追われていたマキナの元へ、工房の作業員が血相を変えて駆け込んできた。

工房に立ち込める刺激臭と、舞い散る煤。

「高貴そうな一団? なんだそりゃ。どっかの物好きな貴族か?」

煤で汚れた顔のまま、マキナは心底面倒くさそうに答える。

「そ、それが……! 帝国軍の紋章と共に、見たこともない翼の紋様が掲げられております! とにかく、マキナ様をお呼びです!」


「翼の紋様……?」

マキナが訝しげに工房の外へ出ると、そこには信じがたい光景が広がっていた。


微動だにせず整然と立ち並ぶ、精鋭の帝国兵たち。その鎧は磨き上げられ、午後の光を鈍く反射している。

彼らが守護する中央には、黒漆と金で贅沢に装飾された巨大な輿が一台。風にはためく赤い帳には、天翔ける翼を模した荘厳な刺繍が施されていた。

あまりに仰々しい威圧感に、マキナは思わずゴクリと喉を鳴らす。前世の記憶をどう探っても、こんな乗り物は見たことがない。

周囲の職人たちも息を呑み、慌ててその場に平伏した。


やがて輿の中から、変声器を通した低く朗々とした声が響く。

「――面を上げよ、マキナ」

「は、はい……」

「皇帝陛下の御裁可により、マキナよ、そなたに新たな任を授ける」


輿の側に控えていた氷のように美しい女性副官――セラが、厳かな仕草で羊皮紙の巻物をマキナに手渡す。

恐る恐るそれを受け取り広げると、皇帝陛下の印璽と共に、力強い筆跡が目に飛び込んできた。


『本日をもって、マキナを『帝国軍東部方面軍・技術研究局』の初代局長に任ずる』


「きょ、局長……!?」

マキナは訳が分からないまま、再び深く頭を下げた。

(何が起きてるんだ、これは!? 私が局長!? まさか……これって、この前のリナって子が言ってたことか……? でも、あの子にこんな権限があるわけ……)


混乱するマキナをよそに、輿の赤い帳が静かに内側から開かれる。

中から現れた人物を見て、マキナは息を飲んだ。

深いフードのついた豪奢なローブ。その影は濃く、凄まじい威圧感を放っている。だが、その体格は屈強な男性のそれとは明らかに違っていた。

(……意外と、小柄……なんだな……?)


その人物はゆっくりと輿から降り立つと、変声器越しの声で言った。

「……人払いの出来る場所を用意していただきたい。今後の細かい話をしたい」

「は、はっ! こ、こちらへどうぞ……!」

マキナは慌てて立ち上がり、一行を先導する。工房の作業員たちは皆、畏敬の念と共に深く頭を下げ、その一行を見送った。


一番奥にある機密相談室の前で、マキナが震える手で扉を開ける。

すると女性副官がさっと先に室内へ入り、隅々まで鋭い視線を走らせた。

「天翼の軍師様、問題ないようです」

「うむ。ではセラ、入り口を頼む」

「はっ!」

女性副官は一礼すると、扉の外で番人のように直立した。その目には、何人たりとも通さぬという強い意志が宿っている。


部屋には、私とマキナの二人だけが残された。

バタン、と重い扉が閉まる。静寂が耳に痛い。

「こ、こちらへ、どうぞ……」

マキナは部屋の奥にある一番上等な椅子へと私を導く。その背中に、じっとりと嫌な汗が滲んでいるのが見て取れた。

私はゆっくりと椅子に腰を下ろし、固まったままのマキナに告げる。

「そなたも座るがよい。……どうにも落ち着かぬ」

「は、ははっ! 失礼いたします!」

マキナは慌てて向かいの椅子に、その端に浅く腰掛けた。


しーん……。

痛いほどの沈黙が部屋を支配する。

(あらら。思ったより荘厳な雰囲気になっちゃった。マキナさん、ガチガチに緊張してる……)


コン、コン。

「お飲み物をお持ちいたしました」

扉の外からセラの涼やかな声がする。

「うむ、頼む」

扉がわずかに開き、彼女が上等な紅茶とケーキをのせた盆を静かに運び入れる。そして再び、音もなく扉は閉ざされた。

目の前に置かれた美味しそうなケーキ。しかし、今のマキナにそれを味わう余裕はないだろう。


再び、痛いほどの沈黙。


「し、して……! その、天翼の軍師様! お話とは一体……!」

彼女が裏返った声で尋ねた、その瞬間。


私の肩が、小刻みにぷるぷると震え始めた。

「く……」

「……ぐ、軍師様……?」

「くくっ……ふ、ふふ……」

そして、ついに堪えきれなくなった。

「ぷっ……! あはははははは! あー、ごめんごめん! もう無理!」


私は勢いよくフードを脱ぎ捨て、変声器をテーブルにコトリと置く。

そして満面の笑みで、椅子の上でぴょんと跳ねてみせた。

「じゃーん! 私だよー♪ サプライズ、大成功~?」


ポカン、と口を開けて固まるマキナ。

やがて状況を完全に理解した彼女は、ゆっくりと両手で自分の頭をわしわしと掻きむしった。

「…………」

「……え、あれ? 反応が……」

「……こういうの……本当に、心臓に悪い……」

マキナがうめくように言った。


彼女はがっくりと椅子に深く座り直し、大きなため息をつく。

「……それで? 聞きたいことが山ほどできたんだが」

「ふふ、何でも聞いてください」

「……まあ、とりあえずは……お前が、その、なんだ……そういうことでいいんだな?」

「どういうことです?」

「……はぁぁぁ……。分かったよ、もう!」

マキナはやけっぱちのように叫んだ。

「お前が今、世間の話題を席巻している、あの死ぬほど気恥ずかしい名前の『天翼の軍師』様だったってことで、理解した!」


その言葉に、今度は私が固まる番だった。

「あ……う、うう……」

顔が一気にカアッと熱くなる。

(そ、そうだ……。私、もうただの『謎の軍師』じゃなかったんだ……。世間ではもう、この名前で……)


「く、黒歴史……確定だ……」

私はその場で、テーブルに突っ伏した。


二人の転生者による二人三脚は、何とも言えず、実に微妙な空気の中で幕を開けたのだった。


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