第327話:『鋼鉄の来訪者と、厄介すぎる客人』
時はエノクと会談した日の翌日までさかのぼる。
乾いた北風が砦の裏手に巻き上がる土煙を容赦なく吹き散らしていた。
地響きのようなエンジン音と共に到着したのはマキナの研究所から送られてきた数台の蒸気トラックだ。重厚な荷台から屈強な工兵たちが汗だくになりながら、厳重に梱包された三つの巨大な木箱を慎重に降ろしていく。
その光景を私は銀の仮面越しに静かに見上げていた。
傍らにはシュタイナー中将、セラ、ヴォルフラム、そしてゲッコー。さらにこの機密を共有するユリウス皇子たちと、しかめ面を崩さないアイゼンハルト監査官が立ち会っている。
バールで木箱の蓋がこじ開けられるとギシリと木材が悲鳴を上げた。
中に鎮座していたのは鈍い黒光りを放つ異形の鉄塊。
大の大人の背丈を遥かに超える極太の銃身、その後部に複雑に絡み合うパイプと圧力計。そして分厚い鉄の台座と蒸気圧緩衝器が、それがただの武器ではなく一つの『機関』であることを雄弁に物語っていた。
木箱の隙間に油で汚れた一枚の紙片が挟まっていた。
マキナからの親書だ。そこには彼女らしい乱暴な筆致でたった一言だけ記されている。
『じゃじゃ馬の乗りこなし方、考えとけよ!』
(…………うわぁ、でっかーい)
私は仮面の下で顔を引きつらせていた。
事前に話は聞いていたし自分で「作れ」と指示したのだ。だが実物を目の前にするとその暴力的な質量に圧倒される。
(これ、本当にゲッコーさんが選んだ四人で運用できるのかな……? 持ち運ぶだけでも一苦労じゃない……)
そんな私の内心の冷や汗など露知らず、周囲の者たちはその異様な威容に息を呑んでいた。
「……これが、あの小娘が造り上げたという新兵器か」
シュタイナー中将が唸るように呟く。
「軍師殿。試射と訓練を行わねばなりませんが、これほど巨大で異質なものです。砦の練兵場では兵士たちの目に付きすぎます」
セラの懸念に私はこくりと頷いた。
「ええ。これは存在自体が最高機密です。どこか完全に人目を遮断できる場所は……」
「――それならば砦より北西に8kmほど入った『ハヤブサの岩棚』と呼ばれる高台がよろしいかと」
影から音もなく進み出たゲッコーが淡々と提案した。
「低地に幕や柵を張ればかえって不審を買い、密偵の目を引き寄せます。ですが周囲が完全に開けた高台であれば、下からは仰角の死角となって上の様子は一切見えません。逆にこちらからは数キロ先から接近する者を容易に発見でき、鼠一匹近づけることなく完全に封鎖できます」
その完璧な暗部の論理にアイゼンハルトでさえも「……合理的だ」と微かに頷いた。
「では試射の場はそこに。三日後に行います」
私は静かに宣言した。
クルガンを、そしてあの陰湿な参謀ヴィクトルを盤上から叩き落とすための最後のピースが揃ったのだ。
◇◆◇
三日後。
雲一つない蒼穹の下、切り立った岩山の上にある平坦な高台に三基の『マキナ・キャノン』がずらりと並べられていた。
同行してきた三名の技術者がゲッコーが推薦した四名の『影』の精鋭たちに、額に汗を浮かべながら必死に操作手順を叩き込んでいる。
「いいか! 弾を装填したらこのバルブで中の空気を完全に抜くんだ! 少しでも残ってると摩擦で弾道がブレるぞ!」
「台座の固定は確実にな! 反動で吹っ飛ぶぞ!」
影の男たちは普段の隠密行動とは全く勝手の違う重機を扱うような力仕事と複雑な計器の操作に悪戦苦闘していた。
試射を見守るための見学場所には安全第一を期して腰の高さまで何重にも土嚢が積み上げられている。私たちはその土嚢の壁の背後に陣取り、固唾をのんで準備の進行を見つめていた。
その時だった。
「おーい! 待たせたな!」
高台へと続く岩道を聞き慣れた豪放な声が響いてきた。
振り返ると私服姿のグレイグ中将が額の汗を拭いながら登ってくる。
「グレイグ中将!?」
私は驚きに声を上げた。「『大陸防衛軍』の設立準備でお忙しいはず。ここに気軽に来れるようなお立場ではないはずですが……何をしに来たんですか!」
私の咎めるような視線にグレイグは悪びれる様子もなくニヤリと笑った。
「なに、いいものが見れると聞いてな」
彼は土嚢越しに私を見下ろすとふっと真面目な顔になり、その大きな手で私の頭をポンと撫でた。
「……それよりもリナ。危ないことをしていないだろうな。無理はするなよ」
まるで遠足に来た娘を心配するような父親の態度に私は呆気に取られる。
「え、あ、はい。無理はしていませんが……」
「いやぁ、俺は止めたんだぞ」
グレイグはやれやれと肩をすくめ、大きなため息を大げさについてみせた。
「でも『帝国の歴史を変えるかもしれない物を実際に確認せずにほかに何を優先するというのか?』とかなんとか全くいうことを聞かずにな。仕方ないから視察と護衛を兼ねてだな……」
「……はい?」
私の頭に無数のハテナマークが浮かんだ。
(……誰を止めたの? 誰の護衛……?)
私の疑問に答えるようにグレイグの背後からさらに十数名の殺気を隠しきれない屈強な男たちが姿を現した。そしてその中央から豪奢だがどこか成金趣味の強い外套を羽織り、わざとらしく立派な口髭をつけた異様に体格の良い中年の男が歩み出てきた。
「わっはっは! 堅苦しい挨拶は無用だ!」
その『商人』はよく通るバリトンボイスで高らかに笑い飛ばし、バシッとグレイグの肩を叩いた。
「我は西の国から参ったただの商人であるぞ! 皆も普通にせよ! いやなに、北の果てで世にも面白い見世物があると風の噂に聞いてな! わざわざ足を運んでやったのだ!」
…………皇帝陛下である。
誰の目から見ても変装など何の役にも立っていない、覇気ダダ漏れの皇帝陛下だった。
その場にいた全員の顔面からサーッと血の気が引いた。アイゼンハルトに至っては胃の辺りを強く押さえて土嚢に崩れ落ちそうになっている。ユリウス皇子は「ち、父う……ッ!?」と叫びそうになった口をレオンが背後から必死に塞いでいた。シュタイナー中将だけは事前に聞いていたようで、やれやれという顔で近づいてきた。
(……なんでトップがこんな最前線に軽率にお忍びで来ちゃうんですか……!)
私は仮面の下で顔面を両手で覆いたくなる衝動を必死に堪え、深々と、しかしあくまで『商人への礼』として頭を下げた。
「……よ、よくぞお越しくださいました。……商人様」
「うむ! してあれが噂の品か! なかなか見どころのある鉄の塊ではないか!」
皇帝……いや商人は楽しげに目を細めて三基の巨砲を見つめた。
極秘の試射実験は最高権力者の観覧という想定外すぎるプレッシャーのもと、幕を開けようとしていた。




