夢話:『触れてはいけない名前たち』
北壁の砦の作戦室。
私は『天翼の軍師』として、集まった帝国軍の重鎮たちを前に、一つの重要事項を厳かに宣言していた。
「――皆様。先日、マキナ局長が開発した新型のマキナキャノンですが、今後の書面や会議においては、開発者の名前を秘匿するため、コードネームを用いることとします」
私は銀の仮面の奥で、咳払いを一つ。
「呼称は……『MC-1』とします。徹底してください」
マキナ・キャノンの頭文字を取っただけの、前世の型番アルファベットを適当に組み合わせたネーミングだ。
だが、その私の提案に、部屋の空気がブルッと震えた。
「おお……! エムシー・ワン!」
ヘルマン副官が、腕を組んで深く頷く。「なんという研ぎ澄まされた、冷徹な響きだ! まさに帝国の新兵器にふさわしい!」
「うむ。何というかシンプルで響きがいい。……クールだ」
あのシュタイナー中将までもが、目を閉じてその響きを噛み締めている。
「『エムシー・ワン部隊、前へ!』……うん、号令も出しやすいな」
ゼイドも騎士らしく真っ直ぐな瞳で満足げだ。
(ふふん。やっぱり私、前世で培ったビジネスネーミングセンスがあるのかも)
私は周囲の大絶賛に、仮面の下で鼻を高くしていた。
◇◆◇
その夜。
自分の仕事の完璧な成果に満足し、私はふかふかのベッドで心地よい眠りについていた。
……そして、夢を見た。
「いやー、リナ! お前ってやつは!」
夢の中に現れたのは、油まみれの作業着を着たマキナさんだった。
彼女は腰に手を当てて、満面のドヤ顔をキメている。
「『MC-1』! かっこいいぜ! 私の名前が由来だって敵には絶対にバレないし、なんか無駄に強そうな兵器っぽくて最高だ!」
「でしょでしょ?」
夢の中の私も、一緒になってふんぞり返る。
「こういうのはね、アルファベットと数字を適当に組み合わせると、それっぽく聞こえるものなんですよ」
「でさ!」
マキナさんが、さらに目を輝かせて身を乗り出してきた。
「あの超長距離ライフルとは別に、ドデカい鉄球を一発ドカン!と打ち出せる大口径タイプも作り出したんだよ!」
「へー! すごいじゃないですか。大砲バージョンみたいなものですかね?」
「そうそう! 城門とか一撃でぶっ飛ばせるやつ! でさー、こっちも良い名前がないか、私なりに考えてみたんだ!」
ん?
私の脳内で、野生の勘……いや、前世で培った社会人のコンプライアンス・センサーが、微かに警鐘を鳴らした。
「……名前、ですか?」
「おうよ! 私の名前と、キャノンと、あと鉄球がハンマーみたいに敵をぶっ叩くからさ!」
マキナさんは、天高く指を突き上げた。
「その名も! 『マキナ・キャノン・ハンマー』! 略して!」
「『MC-は……』」
「わーーーーっ!! わー! わー! ワーーーーッ!!!」
私は弾かれたように飛び上がり、両手でマキナさんの口を思い切り塞いだ。
「むぐーっ!? むぐぐっ!」
「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ!」
冷や汗がどっと噴き出す。息が荒くなる。
「ぷはっ! リ、リナ!? なんだよいきなり! 息が止まるかと思ったぞ!」
「マ、マキナさん……っ! もっと……もっと気を付けてください……!」
私はマキナさんの肩を掴み、涙目で前後にガクガクと揺さぶった。
「どこで誰が見てるか……いや、読んでるか判らないんですから! あんな大人に……ハンマーなラッパーの大人とかに怒られますよ!!」
「はあ!? なに言ってんだお前!? 気にしすぎじゃねーのか? ここにはお前と私しかいねーし、この『MCハ……』」
「だーかーらー! 言・う・なァァァッ!!」
◇◆◇
「ハッ……!!」
ガバァッ! と、私はベッドから勢いよく上体を起こした。
「ぜぇ……っ、ぜぇ……っ、ぜぇ……っ!」
額からは滝のように汗が流れ、寝間着がじっとりと肌に張り付いている。心臓が、肋骨を突き破りそうなほど激しく脈打っていた。
(あ、危なかった……。色んな意味で、私の存在が消されるところだった……)
前世の記憶を持つ転生者ゆえの、あまりにメタ的で恐ろしい悪夢。
荒い息を整えていると、ふと、火照った頬を爽やかな風が撫でた。
すぅーっと、心地よい風。
「あら。お目覚めになられたのですね、リナ様」
ベッドの傍らで、セラさんが完璧な微笑みを浮かべて立っていた。
「い、いやぁ……。なんだか、とても危なっかしい……権利的にギリギリを攻める夢でした……」
額の汗を拭いながら、私はふと首を傾げる。
「それにしても、この風は……?」
窓は閉まっているのに、一定のリズムで涼しい風が吹いてくる。
「ああ、これですか」
セラさんは、部屋の隅に置かれた見慣れない機械を示した。何やら羽根がぐるぐると回転している。
「リナ様がひどく寝苦しそうに汗をかいておられましたので、これを使ってみましたの。先日、マキナ局長から頂いたのですよ。『風が起こせる道具だ』とかで。……便利ですね、これ」
「(ああ……マキナさんが作った扇風機か……。あの人、本当に何でも作るなぁ)」
風に当たりながら、私はようやく人心地ついた。やっぱりセラさんの淹れてくれるお茶か何かを飲んで、落ち着こう。
「なんでも、局長は『静音性』にひどく拘ったとかで、とても自慢げにおっしゃっていましたわよ」
「何をですか?」
私が無防備に尋ねると、セラさんは美しい小首を傾げ、思い出すように言葉を紡いだ。
「ええっと……マキナ謹製の、静かに、風を起こせる機械だとかで……」
「(ん……? サイレント……? ウインドー……?)」
私の脳内のコンプライアンス・センサーが、先程の十倍のボリュームで警報を鳴らし始めた。
「なんでも、略して」
セラさんの桜色の唇が、美しく動く。
「『MS-ウ……』」
「わーーーーーっ!! わー!! わーーーーーっ!!!」
私は両手で自分の耳を塞ぎ、ベッドの上で今日一番の大絶叫を上げた。
「えっ!? !? な、なんですの、リナ様!?」
突然発狂した主君に、普段は氷のように冷静なセラさんがビクゥッ! と肩を跳ねさせ、目を丸くして狼狽している。
「(ぜぇ……っ、ぜぇ……っ!)」
私は肩で息をしながら、ベッドの上で小さく膝を抱えた。
窓の外では、朝の陽光が差し込んでいる。
(全く……! この世界……ゆ、油断も隙もないっ……!!!)
天才発明家の無邪気なネーミングセンスに、私はただ一人、見えない巨大な敵に怯えながら、深く、深いため息をつくのだった。
あ…危ない危ない…




