第315話:『不敵なる供出』
ヴォルガルド覇国の本拠地、獣の骨と黒鉄で築かれた円形広場は、多くの戦士たちが発する熱気と、それを押し潰すような重苦しい沈黙が同居していた。
天を突く焚火の煙が北の空を黒く汚し、広場を埋め尽くす戦士たちの鎧が、時折差し込む鈍い陽光を跳ね返してはぎらりと光る。
その殺伐とした喧騒を、幾重にも重なる重い車輪の音が切り裂いて行く。
広場に現れたのは、荷車を連ねたバラクの一行だった。
だがその積荷を見た部族長たちから、次々と嘲りの声が漏れる。荷台に積まれていたのは、泥がついたままの、袋詰めすらされていない「裸の薬草の根」の山だった。
「おい、見ろよ。バラクの爺さんが持ってきたのは、ただの枯れ草か?」
「袋にも入れず、泥だらけだ。急いでそこらの野山から毟ってきたんだろうよ」
不揃いな根が荷台から溢れ、車輪が跳ねるたびに土埃を散らす。そのあまりに見窄らしい光景は、王への献上品としては無礼極まりないものに見えた。
広場の中央、高壇に据えられた玉座。
黒い獣皮を纏ったクルガンが、肘をついてその車列を睥睨していた。その横で、ヴィクトルの銀縁眼鏡が冷ややかに光を反射している。
(……この土壇場で、何を企んでいる)
バラクは荷車の前で立ち止まると、旅の汚れも払わぬまま、よろよろとした足取りで玉座の前へと進み出た。そしてこれ見よがしに深く膝をつく。
「――遅かったな、古狼よ」
クルガンの低い声が広場に響いた。
「祝賀に駆けつけるどころか、病に伏せっていると聞いたが。その泥だらけのゴミが、貴様の言う『秘薬』か?」
バラクは顔を上げると皺深い顔に、これ以上ないほど恭順な笑みを浮かべた。
「覇王陛下! 建国の大業、この老骨、魂の震える思いでございます! 本来ならばもっと早く参じるべきでしたが、陛下のために、我が部族に伝わる秘薬の『すべて』をかき集めるのに手間取りました!」
彼は大げさに両手を広げ、背後の荷車を指し示した。
「見ての通り、加工する時間さえ惜しみ、泥がついたままではございますが、根の一本まで残さず持参いたしました! これさえあれば北の民を蝕む悪疫など、陛下のご威光の前に霧散いたしましょう!」
バラクの朗々とした声が広場を支配する。周囲の部族長たちの目が、嘲笑から「実利」への期待へと変わり始めた。クルガンの独占ではなく、自分たちも救われるという「宣言」を、バラクは衆人環視の中で行ったのだ。
その時、ガルドが重々しく一歩前に進み出た。
「――覇王陛下。ご報告申し上げます」
ガルドはクルガンに深々と頭を下げた後、バラクを冷ややかな目で見下ろしながら告げる。その声は、広場の隅々まで響き渡るほどに厳粛だった。
「この南の古狼が、素直に薬を差し出すとは到底思えませんでした。ゆえに、この広場に通す前に、我が『岩窟の民』の兵を総動員し、全ての荷車の底の底まで、徹底的に検分させました」
彼はクルガンに向き直り、厳粛に続ける。
「武器あるいは嵩増しの雑草が混ざっていないか、改めさせましたが……。結果、不敬なほど泥だらけではあるものの、積まれているのは全て『ここに見える草の根』のみでした。このガルドが保証いたします」
軍で最も実直で信頼の厚いガルドの断言。ヴィクトルの顔が、わずかに引きつった。
(……『鑑定のため』と裏に下げる口実が……!)
だが、ヴィクトルは即座に思考を切り替え、前に進み出た。
「お待ちを! ガルド将軍の検分に偽りはないでしょう。ですが、その根自体に毒が仕込まれていないという保証はどこにもない!」
彼は眼鏡を光らせ、最後の罠を仕掛ける。
「よって、薬師による徹底的な鑑定が……」
ヴィクトルの言葉が終わる前に、バラクが荷車へと歩み寄った。
彼は立ち上がって荷車から泥だらけの根を鷲掴みにすると、軽く払い、そのままこともなげに口へと放り込んだ。
ガリッ、ボリッ、という生々しい咀嚼音が静まり返った広場に響く。
バラクは眉一つ動かさず、泥のついた薬草を飲み下すと、泥で汚れた歯を見せてニカリと笑った。
「……効果は我が身で確認済み。毒などありませんぞ! 少々泥臭いですがな! はっはっは!」
ガルドが「偽物混入」の可能性を潰し、バラクが「毒物」の可能性を喰い千切った。
ヴィクトルが張り巡らせた罠が、彼の目の前で完璧に、そして豪快に粉砕された。
ヴィクトルは言葉を失い、ギリリと奥歯を噛み締め、身を震わせるしかなかった。
クルガンは、立ち尽くすヴィクトルと豪快に笑うバラクを交互に見比べ、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……大義である。その泥を倉庫へ運べ」
バラクは深々と頭を下げ、泥にまみれた顔で密かに笑みを浮かべる。
ガルドは無表情のまま、バラクと視線を合わせることなく定位置に戻った。




