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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

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第304話:『軍師のプリプリ、侍女の生温かい目』


 北壁の砦、軍師の私室。

 そこでは帝都から届いた極秘書簡を片手に、頬を膨らませて怒る小さな少女の姿があった。


「もーっ! 信じられません!」


 私は手にした最高級紙をバシバシとテーブルに叩きつけた。

「『ヴィクトルはかつてアルバートのライバルだった』? 『陰湿で執念深い策士』? ……で、『好きに料理して構わん』ですって!?」


 書簡に記された敵の参謀ヴィクトルの詳細。それは確かに有益な情報だった。だがその行間から滲み出る皇帝陛下の「あいつ面倒くさいから、リナに任せるわー」という丸投げ感に、私は憤慨せずにはいられなかった。


「要するに、厄介者の後片付けを押し付けられただけじゃないですか! どおりで! バラバラだった騎馬民族が、急に『国家』なんて言い出すわけですよ! 入れ知恵した黒幕がいたんですね!」


 プリプリと怒りながら、私はフォークを突き刺した。

 その先にあるのは、クララ特製のふわふわスフレパンケーキ。口に入れれば、シュワリと溶けて濃厚な卵とミルクの香りが広がる。

「んぐっ……おいひい……!」

 怒りと食欲と幸福感が同時に押し寄せ、私の感情は忙しない。


 私が口の端にクリームをつけたまま怒っていると、すっと横から純白のナプキンが差し出され、優しく口元を拭われた。

「……ん、ありがと」

 私は会話の流れを止めることなく、自然に礼を言う。

 カップが空になれば、私が視線を落とすよりも早く温かい紅茶が音もなく注がれる。

 パンケーキの最後の一切れが皿の上で滑ると、すかさず別の侍女がスプーンで掬い、私の口元へと運んでくれる。

「あーん」

「んむ」


 私はその全てを呼吸をするように無意識に受け入れていた。

 完全に「上げ膳据え膳」状態。

 だが本人の頭の中はヴィクトルへの対抗策でいっぱいで、自分が赤ちゃんのように世話をされていることに気づいていない。


「見てろー、ヴィクトルめ……! 陰湿な策士? 上等です! こっちには『道の駅』という名の、美味しい・楽しい・便利の三連コンボがあるんですからね! 策でくるなら、こっちは文化と胃袋で殴り倒してやります!」


 鼻息荒く宣言する私の周りで、クララと侍女たちが「まあまあ、リナ様ったら勇ましいこと」「ちゃんと噛んでくださいね」「お可愛らしい……」と、生温かい慈愛の眼差しで見守っていることなど、知る由もなかった。


 ◇◆◇


 その夜。

 私は湯気で満たされた浴室で、一人(だと思っていた)湯船に浸かりながら、ぶくぶくと泡を吹いていた。

 北の地では贅沢極まりない、あふれんばかりの温かいお湯。これも追加予算のおかげだ。


(……ヴィクトル、かぁ)


 お湯をパシャパシャと手で弾く。

(恐怖と規律で人を縛るタイプ。……なら、弱点は明確。想定外の『自由』と『豊かさ』を見せつけられた時の、兵士たちの動揺だわ)

 私は湯船の縁に頭を横にして乗せ、水面を見つめた。

(『道の駅』は、そのための仕掛け。甘い蜜であり、同時に猛毒。……でも、それだけじゃ足りない)


 私の脳裏に、もう一つの盤面が浮かび上がる。

(クルガンとヴィクトルが、この状況を黙って見ているはずがない。必ず力で潰しに来る。……その時、恐怖で縛られた兵士の忠誠心なんて、脆いもの)


 私は口の端をにぃっと吊り上げた。

(一番槍の栄誉が、『一番死に近い呪い』になった時、果たして彼らは進軍できるのかしら……?)

 その顔は無邪気な少女のものではなく、敵の心を弄ぶ冷徹な軍師のそれだった。


 作戦のシミュレーションに没頭し、のぼせそうになった私は、ざばりと音を立てて湯船から立ち上がった。

「よーし、やるぞぉ!」


 浴室の床に足をつけた、その瞬間。

 待ち構えていたかのように左右からふわふわのバスタオルが差し出され、私の体を優しく包み込んだ。

「湯冷めなさいますよ、リナ様」

「髪を乾かしますね」


 侍女たちが手際よく水滴を拭い、別の侍女が温めておいた肌着を広げて待機している。その流れるような連携プレーに、私はされるがままに腕を通し、足を上げ――。


 はっ!


 そこでようやく私の思考回路が「軍師モード」から「一般庶民モード」へと切り替わった。

 目の前には、私の小さな足を丁寧に拭いてくれているお姉さん(侍女)。背後には、髪をタオルドライしてくれているお姉さん(侍女)。


(えっ、ちょっ、ええええ!?)


 カアアアアッ! と音がしそうなほど、全身の血が逆流する。

 今まで当たり前のように受け入れていた「超・過保護体制」の異常さに、今更ながら気づいてしまったのだ。


「い、いやいやいやいやっ!」

 私はバタバタと手足を動かし、侍女たちの手から逃れようともがいた。

「わ、私、自分で出来ますからっ! 服くらい自分で着れますからぁーっ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶ私に、侍女たちはキョトンと顔を見合わせる。

 そして、クララが代表して、困ったような、しかしどこか楽しげな微笑みを浮かべて言った。


「リナ様? ……今更でございますよ?」


「うううううっ!」

 侍女たちの「あらあら、またリナ様が照れてらっしゃるわ」「可愛いわねぇ」という無言の視線に耐えきれず、私は脱衣所の隅で小さく丸まった。

 軍師の威厳など、湯気と共に消え失せていた。


あとがき、アリです(笑)

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― 新着の感想 ―
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 第304話:『軍師のプリプリ、侍女の生温かい目』」拝読致しました。  リナの元に、クルガンの参謀の過去情報が届きまし…
更新お疲れ様です。 リナの憤慨&羞恥ぶりと対称的な周りの生暖かい目と感情が^^ そして陛下の言葉の裏がww 次回も楽しみにしています。
 テレビに夢中になっている幼児とかに偶にいるな、ご飯を口元に近づけると開けるんだよなぁ。
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