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第33話:『帰り道の寄り道と変わり者の天才』


孤児院での夢のような三日間を終え、帝都へと戻る道。

私の心は、不思議なほど晴れやかだった。守るべきものの温かさを再確認した今、私にはもう迷いはない。

そんな私の様子を見て、セラさんもどこか安心したように、穏やかな表情を浮かべていた。


「セラさん。少しだけ、寄り道をしてもよろしいでしょうか」

帝都まであと半日、という街道沿いの分岐点で、私は御者に馬車を止めさせた。

「寄り道、ですか? こんな街道沿いに、何か……?」

セラさんが、不思議そうに首を傾げる。

「ええ。少し、気になる“噂”を聞いたものですから」


私が向かったのは、街道から少し外れた、森の中にひっそりと佇む、一軒の工房だった。

『マキナの何でも工房』

古びた木の看板には、そんな名前が書かれている。ここは、帝都の商人や貴族の間で、密かに話題になっている場所だ。

「どんな無理難題でも、金さえ積めば形にしてくれる」「鉄の鳥を空に飛ばそうとしている、変わり者の天才がいる」――そんな、にわかには信じがたい噂が立つ、謎の工房。

そして、その噂を聞いた時から、私は、一つの確信を抱いていた。


(……いる。ここに、私と同じ、“あっち側”の人間が)


工房の扉を叩くと、「はーい、今、手が離せないんだけどー!」という、少し気だるげな、若い女性の声が聞こえてきた。

やがて、ガチャリと扉が開き、中から現れたのは、油と煤で汚れた作業着を着た、一人の少女だった。歳は、私より上、十代後半くらいだろうか。ゴーグルで無造作に上げられた栗色の髪はあちこちに跳ね、その顔には、好奇心と探究心だけが詰まっているような、キラキラした瞳が輝いていた。


「……ん? お客さん? ごめんね、今、ちょっと立て込んでて。大した用じゃなきゃ、またにしてくれないかな。いま、面白いところなんだ。あと少しで、緩やかに滑空出来る位の揚力はかせげそうな機体ができそうなんだ!」

彼女は、悪びれもせずにそう言うと、背後の工房を指さした。そこには、巨大な羽根や、歯車、そして見たこともないような複雑な機械の部品が、所狭しと転がっている。

セラさんが、呆気に取られて固まっている。無理もない。この世界の常識から、あまりにもかけ離れた光景だ。


「……揚力。つまり、浮き上がる力、ということですか?」

私が、静かに尋ねると、少女は、初めて私に興味を持ったように、その目を細めた。

「お? ちっちゃいお嬢ちゃんなのに、難しい言葉を知ってるね。そうだよ! 風の流れと、翼の形……この関係を数式化できれば、人は、鳥のように空を飛べるはずなんだ!」

彼女は、目を輝かせて、熱っぽく語り始めた。

その口から飛び出すのは、「流体力学」「ベルヌーイの定理」といった、この世界には存在しないはずの、あまりにも懐かしい言葉たち。


(……ビンゴ)

私は、確信と共に、一歩前に進み出た。

「その理論、少し、拝見してもよろしいでしょうか。もしかしたら、お力になれるかもしれません」

「え? きみに?」

少女は、怪訝な顔で私を見下ろす。

私は、彼女にしか分からないように、小さな声で、そして、日本語で呟いた。

「……だって、私も、あなたと同じだから」


その瞬間、少女の動きが、ピタリと止まった。

彼女のキラキラした瞳が、信じられないというように、大きく、大きく見開かれていく。

「……いま……なんて……?」

「だから、私も同じ世界から来たんだって、言ってるんです」


◇◆◇


工房の奥の、少し片付いた応接室。

私たちは、改めて向かい合っていた。セラさんは、何が何だか分からないといった様子で、私たちのやり取りを不安そうに見守っている。

少女――マキナと名乗った彼女は、まだ興奮が冷めやらない様子で、早口にまくし立てた。


「マジかー! マジだったのかー! この世界に私と同じ世界から来た人がいたんだ! いやー、びっくりした! あなた、いくつ? え、八歳!? 天才かよ!」

彼女は、工業系の学校で航空力学を専攻していた、いわゆる「リケジョ」だったらしい。彼女も気づけばこの世界にいた。理由とかは分からない、と。

「こっちの世界、魔法はあるけど、科学技術がまだダメダメでさー。もう、退屈で死にそうだったよ! だから、一人でコツコツ、飛行機作ろうとしてたんだよね!」

彼女は、あっけらかんと笑う。


「マキナさん」

私は、本題を切り出した。

「私、あなたに、作っていただきたいものがあるんです」

「ん? なになに? 面白いものなら、大歓迎だよ!」

「はい。きっと、あなたが、これまでで一番、面白いと感じる“おもちゃ”です」


私は、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

そこには、私が前世の知識を総動員して描いた、簡単な設計図が記されている。

それは、蒸気の力で動く、鉄の馬――『蒸気機関』を搭載した、装甲車両の概念図だった。


「……おっ……!?」

その図面を見た瞬間、マキナの目が、これまでで一番、キラリと輝いた。

「……ああ、蒸気機関か!!」

彼女は、設計図に食い入るように見つめ、その指は、興奮で微かに震えていた。


「移動の速さは、何において、最も重要な要素の一つです。そして、いずれは、空を飛ぶ力も必要になるでしょう」

私は、マキナの目を見て、言った。

「マキナさん。あなたのその知識と技術、私に貸していただけませんか? もちろん、資金も、素材も、人員も、全て私が用意します。帝国軍が、全面的に、あなたの開発をバックアップします」


「帝国軍がって…あんた...何者?」

「ふふふ。それは内緒です」

「まぁいいや。それはほんとなんだね?」

それは、彼女にとって、抗いがたい提案だったに違いない。

自分の好きな研究に、無尽蔵の予算と人員が与えられるのだ。

「……よし!乗った!」

マキナは、ニッと、子供のような笑顔で言った。

「面白そうじゃないか! やってやろうじゃないの、帝国軍の秘密兵器開発! 私の才能と、あなたの知識があれば、きっと、世界を変えられるよ!」


こうして、私は、転生者のマキナを味方に引き入れる事に成功した。

敵対している王国には『剣聖』の武力、『聖女』の奇跡。

そして、それに対抗するのは、私と、そして、この変わり者の天才が生み出す、『科学』という名の、新たな力。

帝国軍の技術革新の歯車が、今、この小さな工房で、静かに、しかし、力強く回り始めたのだった。


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バックトゥザフューチャー3でドクが蒸気機関で氷作ってたのをなんとなく思い出したw 風車でも水車でも人力でも空気を圧縮してエアコンは理論上作れるから、魔石的な存在をチートエネルギー元にしないなら身近な力…
>こうして、私は、三人目の転生者を、味方に引き入れた。 ここですが、三人目なら「自分を抜いて〜」と入れた方が正確ですがそれだと文が冗長になりそうですし、「この世界で四人目となる〜」とかだと内容と表現と…
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