表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/233

第32話:『ただいま、私の家へ』


帝都での、息が詰まるような祝賀行事が一段落したある日。

私は、グレイグとセラに、一つだけ、わがままなお願いをした。

「……少しだけ、お休みをください。……帰りたい、場所があるんです」


私のその言葉に、二人は何も聞かなかった。ただ、グレイグは「……分かった。三日だけだ。それ以上はやらん」とぶっきらぼうに言い、セラは「私が、お供します」と静かに微笑んだだけだった。

皇妃陛下も、この一時帰省を快く許可してくださった。「あの子たちに、たくさんお土産を持って行ってあげなさい」と、馬車一台分にもなる、山のようなお菓子や玩具まで用意してくれた。


そして、私は、数ヶ月ぶりに、あの聖リリアン孤児院の古びた門の前に立っていた。

軍の立派な馬車ではなく、わざわざ借りた、目立たない普通の馬車で。

セラさんだけを伴い、私は、深呼吸を一つして、ゆっくりと門を叩いた。


「はい、どなたです……って、あら……?」

扉を開けてくれたのは、見慣れた顔のシスターだった。彼女は、少しだけ綺麗な服を着た私を見て、一瞬、誰だか分からなかったようだが、やがて、その目を見開いた。

「……リナ!? あなた、リナなの!?」

「ただいま、戻りました。シスター」

私がそう言って微笑むと、彼女は「まあ、まあ!」と涙ぐみながら、私を強く抱きしめてくれた。


その声を聞きつけて、院の奥から、院長先生が駆けつけてきた。

「リナ! 本当に、あなたなのですね……!」

「院長先生……。ご心配をおかけしました」

「いいえ、いいえ! 無事で、本当に……本当に、良かった……!」

院長先生も、涙で言葉にならないようだった。


そして、その騒ぎに、子供たちがわらわらと集まってきた。

「リナだ!」「リナが帰ってきた!」

「わーい! お菓子は!? ケーキは持ってきた!?」

年少の子供たちは、私の周りを取り囲み、歓声を上げる。年長の子供たちは、少しだけ大人びた、でも、再会を心から喜ぶ表情で、私を迎えてくれた。

私の心の中に、温かいものが、じわじわと広がっていく。

ああ、そうだ。ここが、私の家だ。私が、守りたかった場所だ。


私は、皇妃陛下から預かった、山のようなお土産をみんなに配った。

子供たちの、キラキラした笑顔。頬張ったケーキに、「美味しい!」と声を上げる、幸せそうな顔。

その一つ一つが、私の心を、ゆっくりと癒やしていく。

英雄の重圧も、戦いの罪悪感も、この場所では、少しだけ忘れることができた。


その夜。

私は、昔使っていた、自分のベッドで眠った。少しだけ窮屈に感じるのは、私が成長したからだろうか。

隣では、一番年下だったアンナが、私の手をぎゅっと握って、安心したように寝息を立てている。

私は、この温もりを、この平和を守るために戦ってきたんだ。

その事実を、改めて、強く、強く実感した。

偽善でも、人殺しでも、何でもいい。この子たちの笑顔が守れるのなら、私は、もう一度、あの仮面を被って戦える。


翌日、私は、院長先生に、これまでの給金で貯めた、なけなしの金貨袋を渡した。

「これで、みんなの冬服と、新しいストーブを買ってください」

「リナ……。あなた……」

院長先生は、また涙ぐんでいた。

「私は、大丈夫です。あっちには、私をすごく大切にしてくれる、お父さんみたいな人と、お姉さんみたいな人がいるから」

グレイグとセラの顔を思い浮かべながら、私は、心からそう言えた。


三日間の、夢のような時間は、あっという間に過ぎ去った。

出発の日。孤児院のみんなが、門の前で見送ってくれる。

「リナ、また帰ってきてね!」

「今度は、もっと大きいの、やっつけてこいよな!」

「怪我、しないでね……」

みんなの声援に、私は、笑顔で手を振った。

「行ってきます!」


馬車が走り出し、遠ざかっていく孤児院を見ながら、私は、もう泣かなかった。

私の心は、温かいもので、満たされていたから。

隣に座るセラさんが、そっと私の手を握ってくれた。

「……良い、場所ですね」

「はい。私の、宝物です」


馬車が帝都へ向かう道すがら、私は、セラさんに言った。

「セラさん。帰りましょう。私たちの、戦場へ」

私の瞳には、もう迷いはなかった。

守るべきものがある。帰る場所がある。

それだけで、人は、どこまでも強くなれるのだ。


小さな少女は、しばしの休息を終え、再び、英雄の仮面を被る。

だが、その仮面の下の素顔は、以前よりも、ずっと、ずっと力強く、輝いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
自分が守ったものを実感できたら強くなれるよね。 リナちゃん、ファイト!
句読点が無駄に多いのよ、一度気になったら・・ね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ