第267話:『三位一体の軍師』
足元に捧げられた二振りの剣が、ランプの光を鈍く反射している。
セラとヴォルフラム、二人の魂そのもののような鋼の輝きに、私はただ立ち尽くしていた。彼女たちの痛切な覚悟が、言葉にならない重圧となって私の肩にのしかかる。
「そこに行かなければ見えない顔がある。直接話さなければ伝わらない心がある」
私は二人の前にゆっくりと膝をついた。同じ目線でその瞳をまっすぐに見つめ返す。
「お願いがあります」
私は床に置かれた二振りの剣をそっと手に取った。
「これからは三人で、『天翼の軍師』に」
「……え?」
「今回の失敗は私が一人で表に立ったこと。……ですが、もし私のすぐ隣に帝国最強の盾が常に控えてくれていたなら… 私の言葉を最も信頼できる剣が補佐してくれたなら ……三人なら」
セラとヴォルフラムは言葉を失い、ただ私を見つめている。
「セラさんは私の言葉にならない意図を読み、交渉の場で私を支える『声』に。ヴォルフラムさんはいかなる脅威からも私を守り、その存在で相手を威圧する『盾』に」
私は二振りの剣をそれぞれの主へと丁重に返した。
「私一人ではあまりに脆い。……だからどうか力を貸してください。私の半身に」
◇◆◇
翌朝、砦の作戦室は夜明け前の冷たい空気と張り詰めた沈黙に満ちていた。
シュタイナー中将は私の新たな提案――『三位一体の軍師』構想――を聞き終えると、腕を組んだまましばらく黙り込んでいた。ランプの光がその岩のような顔に深い影を落としている。
「……ふん。面白いことを考える」
やがて、地を這うような低い声が静寂を破った。
「だがな、軍師殿。セラ殿が貴官の傍らに付けば、これまで彼女が一人で担ってきた後方支援はどうする。あの膨大な情報を捌き、兵站を維持する仕事は誰が代われるというのだ」
指揮官としての的確で容赦のない指摘。私はぐっと言葉に詰まった。
その時、中将の口元にふと悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
「……まあ、その件については儂に一つ心当たりがないでもないがな」
彼は立ち上がると、扉の近くに控えていた衛兵に「ヘルマンを呼べ」と短く命じた。
数分後、作戦室に現れたのは年の頃五十がらみの痩身の男だった。軍服は少し着古されているが、その立ち姿には一本の鋼のような芯が通っている。ヘルマンと名乗った彼は私を見るなり、その厳格な顔にわずかな驚きと、どこか懐かしむような色を浮かべ、深く一礼した。
私は彼の顔に見覚えがあった。
あの日、負傷兵で溢れかえる地獄のような天幕で、腕を負傷しながらも他の兵士の手当てに奔走していた古参の衛生兵長。私が指示を飛ばした時、誰よりも早くその意図を理解し、的確に動いてくれた人物だ。
「ヘルマンは長年儂の副官を務めてきた男だ。先の戦で腕をやり、前線からは退いたが、その後方支援と情報分析の腕はこの北壁で右に出る者はいない。……何より」
シュタイナーはヘルマンの肩を大きな手で叩いた。
「こやつは儂の雷が落ちる前に、先回りして全ての仕事を片付けてしまう唯一の男だ」
その言葉にヘルマンは「もったいないお言葉です」と顔を赤らめて俯いた。
「ヘルマンよ」
中将が真剣な眼差しで彼に向き直る。
「貴様にはセラ殿と連携し、この北壁における軍師殿の活動の後方支援を全面的に担ってもらいたいと思う。セラ殿が前線で動かれる分、貴様がこの砦の『目』となり『耳』となるのだ。……そして、『天翼の軍師』殿の『影』として、その頭脳を支えよ。できるな?」
ヘルマンは私の顔をじっと見つめた。
そしてあの日の光景を思い出すかのように、その目に深い敬意の色を宿すと、迷いなくその場に片膝をついた。
「――このヘルマン。謹んで、お受けいたします」
少し体調崩して、おやすみ中です。
かぐや
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