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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

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第250話:『軍師の憂鬱な朝』

 

 砦の朝は、石壁に反響する練兵の鋭いときの声で始まる。

 だが、私の耳には届いていなかった。窓から差し込む朝陽が眩しく、小鳥のさえずりが穏やかな朝を告げているというのに、私の心はまだ昨夜の深い闇の中を彷徨っていた。


 ベッドの上、上半身を起こしたまま、私は毛布を頭まで引き被って固まっている。

(……どうしよう……)

 これから食堂へ行けば、セラさんとヴォルフラムさんに会う。あの二人はあざ笑ったりはないだろう。「リナ様にもあのような一面が…」なんて、どこか温かい目で見守ってくれるかもしれない。きっと気を使って、いつもより一層いつも通りに接してくれるに違いない。

 だが、それが辛い! 信頼されているからこそ、完璧な軍師でなければならないのに、あんな無様な姿を晒してしまった! いたたまれなさすぎる!

(そして……シュタイナー中将……!)

 あの雷親父にまで見られてしまった。もうおしまいだ。軍師としての威厳も何もあったものではない。今日これから、どんな顔をして会えばいいというのだ。


 そうだ。今日はもう、病気を理由に部屋に籠ろう。そうしよう。


(……って、無理だぁぁぁ!)


 明後日の会談は私が言い出したこと。そのための最終打ち合わせを、今日のうちに中将としておかなければならない。しかも、『天翼の軍師』として!

 昨夜、ベッドの上で芋虫のように悶絶していた私が、今日、あの荘厳な仮面を被って、尊大に「うむ、よきにはからえ」......などと!言えるわけがない! ハードルが高すぎる!

 私は再び枕に顔をうずめ、「うー、ううっ!」と唸った。

 だが、やらねばならない。

(そうよ! 私は『天翼の軍師』! 帝国の最高顧問なんだから、これくらいのことで動揺していてどうするの! きちんと、役目を果たさないと!)

 拳を握りしめ、自分を奮い立たせる。

(……でも、どんな顔して……いや、顔は仮面で隠れてるけど、どんな態度で……)

 再び、豆腐メンタルが顔を出す。

 一人、ベッドの上で百面相を繰り広げ、天使と悪魔が脳内で激しい論戦を交わしていた、まさにその時。


「――リナ様。そろそろ、諦めてご準備なさっては、いかがです?」


 背後から、くすりと笑いを堪えるような、涼やかな声が降ってきた。

 弾かれたように振り返ると、そこにはいつからいたのか、セラさんが佇んでいた。完璧な微笑みの端が、明らかに楽しげに歪んでいる。


「う、うわぁあっ!? い、いつからそこに!?」

「『ハードルが高すぎる!』と仰っていたあたりから、でしょうか?」

「ほぼ全部じゃないですか!」


 私の悲痛な叫びに、セラさんは楽しそうに肩をすくめた。

「大丈夫ですわ。シュタイナー中将も、ちゃんと『軍師殿』として接してくださいますから。……さあ、しっかりとなさいませ」

「う……ぅぅうう……」


 それは、何の解決にもなっていない気がした。


 ◇◆◇


 結局、私はセラさんとヴォルフラムさんに引きずられるようにして、作戦室へと向かった。

 銀の仮面と豪奢なマントが、今はひどく重い。

 扉を開けた瞬間、私の纏う空気は一変した。

 そこにいたのは、もうただの少女ではない。帝国の未来を担う、『天翼の軍師』だった。


「――中将閣下。明後日の会談に向け、最終的な作戦計画の確認を」

 凛とした声が、部屋の空気を引き締める。

 シュタイナー中将は、地図盤から顔を上げ、私の姿をじっと見つめた。その目に、昨夜の面白がるような光はない。ただ、指揮官としての厳しい光だけが宿っていた。

「うむ。始めよう」


 そこからは、プロフェッショナルたちの領域だった。

 警護部隊の配置、万が一の際の退路確保、そして、会談が決裂した場合の次の一手。あらゆる可能性を想定し、緻密な計画が練り上げられていく。

 ユリウス皇子たちも、その息詰まるようなやり取りを、壁際で固唾をのんで見守っていた。


 ◇◆◇


 全ての確認が終わり、シュタイナー中将が「では、各自、準備を怠るな」と会議を締めくくった、その時だった。

「――天翼の軍師殿。少し、話があるのだが」

 中将の声が、立ち上がりかけた私を呼び止める。彼はユリウス皇子たちに「席を外してくれ」と目配せすると、私を執務机の向かいの椅子へと促した。


 重い扉が閉まり、部屋には二人きり。ランプの油が爆ぜる音だけが響く。

 シュタイナー中将は、その岩のような顔に深い皺を刻み、どこかぎこちない口調で切り出した。


「……昨夜は、言いそびれたが」

 その一言に、私の肩がびくりと跳ねた。昨夜の醜態の話だ。う、うわぁ。思わず仮面の下で、ぎゅっと目を閉じる。

 彼は一度言葉を切り、視線を彷徨わせる。

「……その、なんだ。……ずいぶんと、思い悩んでおるようだったからな。……もし、何か辛いことでもあるのなら、この俺で良ければ聞くぞ。……一人で、抱え込むな」


 その、あまりに不器用で、しかし心からの気遣いの言葉。

 私の羞恥心は、再び臨界点を突破した。顔が燃えるように熱くなるのが、仮面の下で分かる。

 だが、それ以上に。

 この鋼鉄の男の、剥き出しの優しさが、胸の奥にじんわりと染みた。


 私は仮面の下で顔を真っ赤にしながらも、ゆっくりと顔を上げた。そして、潤んだ瞳で彼を上目遣いに見つめた。

「……本当、ですか?」

 声は、少しだけ震えていた。


「……じゃあ、あの……これからも一緒に、この国の平和のために戦ってくれますか? きっと、これからもたくさん無茶を言うと思います。……それでも、味方でいてくれますか?」


 その言葉が落ちた瞬間、シュタイナーの動きが完全に止まった。

 ゴツリと音を立て、テーブルの上に置かれていた彼の拳が、わなわなと震え始める。歴戦の猛将の、岩のような貌が、信じられないものを見たかのように歪み、その唇が何かを言おうとして、空しく開閉を繰り返した。ランプの光が、彼の潤んだ瞳の奥で揺らめいている。


「……当たり前、だろうが……!」

 絞り出すような声は、ひどく嗄れていた。

 彼は椅子を蹴るように立ち上がると、私の前に進み出た。そして、その熊のように大きな手が、私の頭の上に、まるで壊れやすい宝物に触れるかのように、そっと置かれた。

「……お前がこの国を思う限り、このシュタイナー、いつまでもお前の盾となろう。……だから安心しろ」


 わしり、と。

 少しだけ乱暴に頭を撫でられる。その不器用な温かさに、私の顔に再びカッと熱が集まるのが分かった。羞恥心と、安堵と、そしてどうしようもない気恥ずかしさが入り混じり、私は何も言えなくなってしまった。


 私は、いたたまれないほどの羞恥心に耐えながらも、心の中で静かにガッツポーズを決めた。

(……最強の後ろ盾確保...だよね?うん。すべては私の計算通りっ!異論は認めないっ)


 こうして一人の少女に、頼れる最強おじいちゃんが誕生した。


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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 再びのによによ^^ そして羞恥を糧?に最強おじいちゃんゲット!? 次回も楽しみにしています。
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 第250話:『軍師の憂鬱な朝』」拝読致しました。  昨日ののたうち具合を見られてしまった…  どんな顔して会えばよい…
 健気な少女のお願いに、おじいちゃんメロメロです。か、どうかはわかりませんが、幼い少女が『この国の平和のため』に重責を担っていると聞けば、長年戦い続けながらも平和を得られず、このような少女にその責務を…
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