第249話:『軍師の仮面、少女の素顔』
重々しい作戦室を辞し、自室に戻った瞬間。
私は、背後の扉が閉まる音も待たずに、その場に崩れ落ちた。
バタン!と音を立ててベッドに突っ伏し、顔を枕にうずめる。
(うわあああああああ、やっちゃったあああああ!)
声にならない絶叫が、喉の奥で炸裂した。
(何やってんの私ーーーっ!?)
脳内で、先程の自分の姿が繰り返し再生される。
『あなたの戦場は、ここではありません』
『未来の王として、知っておかねばならないことが……』
(言った! 言っちゃったよ! 何様!? 私、何様なの!? 相手は皇子様だよ!? この国の未来の皇帝陛下に向かって、なんて偉そうな説教垂れちゃってんのよ、この若輩者が!)
枕に顔を押し付け、声にならない奇声を発しながら足をばたつかせる。
羞恥心と自己嫌悪の嵐に身を任せ、私は枕を相手に「うがーっ!」「あががががっ!」と奇声を発しながらベッドの上で足をばたつかせた。完璧な軍師の仮面の下で、私の豆腐メンタルが無様にのたうち回っている。
(もう無理! 明日どんな顔して会えばいいの!? 絶対に「こいつ、調子乗ってんな」って思われてる! 穴があったら入りたい! いや、もういっそ、このまま北の果てまで逃げてしまいたい……!埋まりたい! 北の永久凍土に!)
しばらくベッドの上でじたばたともがき苦しみ一人悶絶ショーを繰り広げ、ようやく嵐が過ぎ去った頃。
ぜえぜえと肩で息をしながら、ふと、部屋の入り口に人の気配を感じた。
恐る恐る顔を上げると、そこには三つの影が立っていた。
温かいミルクコップの載った盆を持つセラさんとヴォルフラムさんだった。そしてその背後には、何やら難しい顔で腕を組んだシュタイナー中将までいるではないか。
三人はまるで信じがたいものを見るかのように、口を半開きにして私を凝視していた。
「…………」
「…………」
「…………」
部屋に、気まずい沈黙が落ちる。
三人の視線が、痛いほど突き刺さった。
私の思考が完全に停止する。そして、次の瞬間。
――カアアアアアアアアアッ!
身体中の血液が沸騰したかのように一気に顔へ上った。耳の奥でキーンという高い音が鳴り響き、視界が白く点滅する。首筋から耳、頬、額の生え際に至るまで、肌という肌が燃えるように熱くなるのが分かった。
「あ……」
私の口から、間の抜けた声が漏れた。
(み、見られてた……? 見られちゃった……? 今の、全部……?)
「こ、これは、その……! 柔軟体操であります! 日頃の運動不足を解消するための、新しい健康法でして……! 決して、その、奇行では……!」
涙目でしどろもどろに言い訳をする私を見て、最初に噴き出したのはセラさんだった。
「ぷっ……く、くく……」
その笑いは伝染し、ヴォルフラムさんも必死に口元を押さえて肩を震わせている。
そして最後に、あのシュタイナー中将までもが、「ふ……ふはは……! がっはっはっはっは!」と、腹を抱えて豪快に笑い出したのだ。石壁がビリビリと震えるほどの、大音量で。
その、あまりに意外な反応に私は完全に固まった。
ひとしきり笑い終えたシュタイナー中将は、涙の滲んだ目元を無骨な指で拭うと私の元へ歩み寄ってきた。そして、その熊のように大きな手が私の頭の上にぽん、と置かれる。
「……ふん。……まあ...」
その声は、いつもの雷鳴のような響きではなくどこまでも優しく温かい。
「お前は、よくやっている。……お前も、大変だな」
わしり、と。
少しだけ乱暴に頭を撫でられる。その声は叱責ではなく、孫娘を労わるような温かさが満ちていた。
その温かさに、私の顔に再びカッと熱が集まるのが分かった。羞恥心と安堵と、そしてどうしようもない気恥ずかしさが入り混じり、私はもう何も言えなくなってしまった。
「う……うぅ……」
私はもうどうしていいか分からず、顔を真っ赤にしてその大きな手の中で小さくなることしかできなかった。
その夜、私は恥ずかしさのあまり、なかなか寝付けなかった。




