第246話:『夜明けの誓い、皇子たちの目覚め』
砦の朝は鍛冶場の槌音と、兵士たちの鋭い鬨の声で始まる。
まだ薄暗い練兵場を見下ろす物見櫓の上で、ユリウス、レオン、ゼイドの三人は、夜明けの冷たい風に身を晒していた。
「……昨夜、リナ殿の部屋を訪ねた」
ユリウスが、吐き出す息を白く凍らせながら、ぽつりと呟いた。
「母親と恋人だったという女性が、礼を言いに来ていた。……最後まで手を握ってくれていた、と」
その言葉に、レオンとゼイドは息を呑む。
「彼女は、感謝の言葉を受けながら……泣くこともできずに、ただ耐えていた。まるで、自分だけが罪を犯したかのように。……俺は、何もできなかった」
悔しさに、ユリウスの拳が固く握りしめられる。
その光景を、レオンも見ていた。
扉の隙間から見えた、感謝の言葉に打ちのめされる小さな背中。あの時、彼女が背負ったものの重さを自分は本当の意味で理解できていなかったのだと、レオンは痛感していた。
「……僕もだ」
レオンの声は、いつになく弱々しかった。
「僕は、彼女をただの変わった書記官だとどこか侮っていた。だが、違った。彼女は僕たちとは全く違う次元で、この国を……いや、この大陸の未来を背負っている。……その重圧を、僕たちは想像することさえできない」
ゼイドは、ただ黙って二人を見守っていた。
彼の脳裏に焼き付いているのは、孤児院のトムから託された、一本の木の枝。
『リナ姉ちゃんのこと、ちゃんと守ってよ!』
あの真っ直ぐな瞳。力強い約束。
なのに、自分は。
彼女が地獄の只中で意識を失った時、ただ立ち尽くすことしかできなかった。彼女が罪悪感に打ちひしがれている時、かける言葉も見つけられなかった。
守ると誓ったはずの自分が、どれほど無力だったことか。
「……俺は」
ゼイドが、絞り出すように言った。
「俺は、彼女に『守る』と誓った。だが、俺が守るべきだったのは敵の刃からだけではなかったんだ。……彼女のあの小さな背中が背負う、大きすぎる悲しみからも……守らなければならなかったのに」
その声は悔しさに震えていた。
三人の間に、重い沈黙が落ちる。
夜明け前の冷気が、肌だけでなく心まで凍らせていくようだった。
彼らはこの旅で本当の『戦争』と、そして『リナ』という少女の真の姿に触れた。貴族として、未来の指導者として、これまで自分たちが学んできた全てがいかに脆く、上辺だけのものだったかを思い知らされたのだ。
やがて東の空が白み始め、地平線の彼方に一条の光が射す。
その光が彼らの顔を照らし出した。そこにいたのはもう、帝都から来た甘い若者たちではなかった。
ユリウスの瞳には未来の皇帝としてこの国を背負うのだという、揺るぎない覚悟の光が宿っていた。
レオンの瞳には宰相の息子として知略の限りを尽くして支えるのだという、静かで熱い決意が燃えていた。
そしてゼイドの瞳には一人の騎士として今度こそ、その剣で、その魂で、全てを守り抜くのだという、鋼の誓いが刻まれていた。
朝陽が、砦の壁を黄金色に染め上げていく。
ゆっくり再開です。




