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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

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第245話:『旅路の追憶、あるいは星屑の轍』


 夜風が砦の石壁を撫で、遠い戦場の記憶を運んでくる。

 自室の窓枠に肘をつき、私は眼下に広がる兵士たちの焚火の灯りを、ただぼんやりと眺めていた。一つ一つの灯りが、一つの命のようだ。あの日、私の指の間から零れ落ちていった、あの若い命のように。


 心の湖面は静まり返っていた。悲しみも、悔しさも、今はもう波立たない。ただ、氷の底に沈めた誓いが、静かに、しかし絶対的な重みをもってそこにあるだけ。

 ふと、背後の扉が控えめにノックされた。

「……リナ様。少し、よろしいでしょうか」

 セラの声。私は頷きもせず、ただ「どうぞ」とだけ囁いた。


 彼女は音もなく部屋に入り、私の隣に立った。その手には、湯気の立つカップが二つ。一つをそっと私に手渡してくれる。ハーブの優しい香りが、凍てついた心をわずかに溶かした。

「……眠れませんか」

「……ええ。少しだけ」

 言葉少なな会話。だが、それで十分だった。彼女はただ、黙って隣にいてくれる。それだけで、私はこの孤独な夜を乗り越えられる気がした。


「……思い出していたんです」

 カップの温もりに指を遊ばせながら、私はぽつりと呟いた。

「この旅路であった、色々なことを」


 脳裏に蘇るのは、アクア・ポリスの朝焼け。巨大な鋼の船を見送り、若き王と交わした固い約束。マキナさんが目を輝かせて語った、空飛ぶ夢の心臓。爆発音と、それでも消えない不屈の笑み。あの熱気が、今も肌に残っているようだった。


「ふふっ」

 思わず、笑みが漏れた。

「帝都では、大変でしたね。皇妃陛下とセラさんに捕まって」

「あら。リナ様、とてもお似合いでしたわよ」

 からかうようなセラの声に、頬が熱くなる。あの絢爛たる衣装地獄。ユリウス皇子に見られた、ソファで気の抜けた無様な姿。思い出すだけで、身悶えするほどの羞恥心。だが、それすらも今となっては、どこか遠い日の微笑ましい記憶だった。


 カップを傾け、温かい液体を喉に流し込む。

「……経済特区の、あの何もない荒野も」

「ええ。ゲッコーの淹れたお茶、絶品でしたわね」

「本当に。あの人、一体どこにあんなものを隠し持っていたんでしょう」

 二人で顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。何もない大地に広げられた、奇妙で優雅なティータイム。未来の都市計画図を広げ、夢中で語ったあの時間。あの時の高揚感を思い出すと、今も胸が熱くなる。


 そして、孤児院。

「リナ姉ちゃん!」と駆け寄ってくる、小さな弾丸たち。もみくちゃにされながら感じた、温かい重み。院長先生の涙。子供たちの屈託のない笑顔。

 あの場所だけが、私が『軍師』でも『書記官』でもない、ただのリナでいられる唯一の聖域。


「ゼイド様も、すっかり子供たちの人気者でしたね」

「ええ。トム君から託された木の枝、今も大切にされているとか」

「レオン様は……少し、大変そうでしたけれど」

「あの方は、少し頭が固すぎるのですわ」


 次から次へと思い出される、旅の断片。

 それはまるで、夜空に散らばる星屑のようだった。一つ一つはささやかな光でも、繋ぎ合わせれば、確かなわだちとなって、私が今ここにいる理由を教えてくれる。


「……セラさん」

「はい」

「ありがとう。……隣に、いてくれて」

「……いいえ」


 セラはそれ以上何も言わず、ただ、私の手にそっと自分の手を重ねた。

 その温かさが、氷の底に沈めた誓いを、静かに、強く支えてくれる。

 窓の外で、焚火の灯りが一つ、また一つと消えていく。

 長い夜が、静かに明けていこうとしていた。


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― 新着の感想 ―
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 第245話:『旅路の追憶、あるいは星屑の轍』」拝読致しました。  本編再開、でしょうか?  北方諸族との激しい戦…
 本編(?)更新おつかれさまです。セラさんとも、いい姉妹関係が築けているようでよかったです。リナには、いままで多くの出会いがあり、そして彼らを背負っているのではなく、共に手をつないで歩んでいるんだと気…
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