表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

274/276

茶話会:『蜘蛛の巣の震え』90.91

 

 賢者の庵に差し込む月光は、白く、刃のように冷たい。

 その静寂の中で、私の世界は一つの報告によって激しく揺さぶられていた。

 枕元に置かれた『囁きの小箱』。そこから流れ込むクラウスの声は、いつもの冷静さを失い、隠しきれない焦燥に震えている。


『――リナ様。状況は最悪です』


 熱に浮かされた頭の芯が、キーンと痛む。シーツを握りしめる指先に力が入らない。喉の奥が燃えるように乾き、絶え間なく続く咳が肺を苛んでいた。

 それでも私は、意識の糸を必死に手繰り寄せ、通信機の向こうの声に耳を澄ませる。


『蜘蛛の巣』にかけた獲物が、予想外の動きを見せた。

 バルガス侯爵一派が、内部に潜む裏切り者の存在に感づいたのだ。きっかけは些細なこと。だが、疑心暗鬼に駆られた獣たちの嗅覚は、時に恐ろしいほど鋭敏になる。

 数日後。彼らは計画の中核を担う者たちだけを集め、極秘の会合を開く。そしてその場で、参加者全員に対する苛烈な尋問が行われる、と。


 その罠の中心にいるのが、我々の協力者――若干二十歳、理想に燃える男爵家の次男、アランだった。


『……このままでは、アラン殿が捕えられます』

 クラウスの声が、熱で朦朧とする私の鼓膜を打つ。

『救出は可能です。ですが、我々『影の部隊』の存在が露見し、作戦そのものが頓挫する危険性が……』


 言葉の続きは、聞くまでもなかった。

 判断を、委ねられている。

 彼の命か、作戦の成功か。

 あまりにもありふれた、そしてあまりにも残酷な天秤。


 私の脳裏に、アランの身上書が炎のように浮かび上がった。

『正義感、人一倍強し。腐敗した貴族社会を憂い、民のための国を望む』

『妹の誕生を何よりも喜び、暇を見つけては手作りの木馬を彫っている』

 そんな記述が、無機質なインクの染みとなって胸に突き刺さる。

 顔も知らない。声も聞いたことがない。だが、彼の人生の温もりが、羊皮紙の向こうから確かに伝わってくる。


(……助けたい)


 だが、軍師としての冷徹な部分が、氷の刃のようにその感傷を切り裂く。

 彼一人を救うために、これまで積み上げてきた全てを水泡に帰すのか? この作戦が失敗すれば、王国は腐敗のままに沈み、さらに多くの血が流れることになる。それは、アラン自身が最も望まない未来のはずだ。


 部屋には、蝋燭の炎が爆ぜる音と、私の荒い呼吸音だけが響く。

 隣で見守るセラが、心配そうに私の額の濡れ布を替えようと手を伸ばす。その冷たい指先が肌に触れた瞬間、びくりと体が震えた。

「……大丈夫です」

 私はその手を、か細い声で制した。大丈夫なはずがない。思考が熱でまとまらない。頭の中で、無数の声が反響している。


『助けて』

『見捨てるのか』

『大義のためだ』

『人殺し』


 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 誰にともなく、心の中で繰り返す。

 私はシーツをさらに強く握りしめた。爪が食い込み、指先が白くなる。

 どうすればいい。

 どうすれば、彼も、作戦も、未来も、全てを救える?

 思考が、灼熱の鉄のように軋みを上げる。


 やがて、私は一つの結論にたどり着いた。

 それは、彼を救うのでも、見捨てるのでもない。

 彼という存在を、この世界から「消し去る」という、第三の道。


 私は震える手で『囁きの小箱』を握りしめた。冷たい金属の感触だけが、この熱に浮かされた世界で唯一の現実だった。

 これから私が口にする言葉は、一人の人間の運命を根こそぎ奪い去る呪いとなる。その罪の重さに、八歳の少女の身体が耐えきれずに震えた。

 だが、私は『天翼の軍師』なのだ。

 私は、決断を下さなければならない。


 息を吸う。

 咳き込みそうになるのを、奥歯を噛み締めて必死に堪えた。

 そして、吐き出す息と共に、言葉を紡いだ。


描くか、悩んだお話です。

茶話とするには重いお話ですが、リナの苦しみを分かち合いたいと、思い直しました。

うん。重たいですね。そうだ。この話が一段落したら、スカッとする話を探しに行こう!

......何処かにあったような(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 茶話会:『蜘蛛の巣の震え』90.91」拝読致しました。  リナの第一次拉致事件、逃げ出して色々と悶着があって、具合悪…
 リナは、万能でもなく最強でもなく、ちょっと(?)あらゆる言語を理解できるだけの、前世の記憶がある一般人(??)でしかないですからね。できることと、できないことがあり、すべてを救うなど無理な話です。た…
重いけど 書いておかないと行けない話だと思います リナちゃん本当に大変
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ