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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

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茶話会:『名もなき蛇の誕生 - 灰色の石ころ』00

 

 その街は、死んでいた。

 空は煤で灰色に淀み、瓦礫の山と化した家々の隙間を、乾いた風が呻くように吹き抜けていく。子供たちの泣き声はとうに枯れ果て、代わりに腹を空かせた野犬の遠吠えだけが、時折、死んだ街の静寂を破っていた。


 その瓦礫の影の一つとして、十歳の少女は息を潜めていた。

 名は、ない。

 他の孤児たちの中に紛れ、彼女はわざと煤で顔を汚し、ぼろを纏う。ひときわ小さく、ひときわみすぼらしく、誰の記憶にも残らない「灰色の石ころ」であることに徹していた。

 美しいものは、奪われる。強いものは、砕かれる。目立つものは、まず喰われる。

 それが、この地獄で生き抜くために、彼女がその幼い魂に刻み込んだ、唯一の法則だった。


 食料の配給に並ぶ、長い長い列。

 他の子供たちが空腹に耐えかねてぐずり、あるいは虚ろな目でただ待つ中、彼女の瞳だけが冷たい光を宿していた。

 その目は、獲物を狙う小動物のように、一点を凝視している。

 配給係の兵士。その肩章の汚れ具合、靴紐の結び方、そして時折、無意識に腰のナイフを確かめる仕草。新兵だ。実戦の経験がなく、この惨状にまだ心が慣れていない。だからこそ、油断が生まれる。


 彼女は待った。

 日が傾き、兵士たちの疲労が頂点に達し、交代の時間が近づく、その一瞬を。

 案の定、交代の兵士と短い言葉を交わした瞬間、彼の注意がほんのわずかに逸れた。

 その刹那。

 彼女の小さな体は、人垣の隙間を縫うように、音もなく滑り込んだ。狙いは、配給用のパンが積まれた木箱の、一番下。兵士の死角。

 ごわつく麻袋に小さな手が触れ、黒パンを一つ掴み取る。誰にも気づかれず、再び列の最後尾に戻るまで、心臓の音一つ変わらなかった。


 それを、通りの向かいの建物の二階、窓の影からじっと見つめる目があった。

 アルビオン諜報部のベテラン工作員、コードネーム『オウル(梟)』。彼は物陰から、リゼットが屈強なごろつきの懐から、気づかれることなく財布を抜き取る瞬間さえも、目撃していた。

 それは盗みというより、もはや芸術だった。相手の意識を言葉で巧みに逸らし、その体の僅かな動きに合わせて影のように寄り添う。抜き取られたことさえ気づかせない、完璧な手際。


(……面白い)

 オウルの口元に、乾いた笑みが浮かんだ。

(あの目……。ただの飢えた子供の目じゃない。全てを観察し、分析し、生きるためだけの最適解を導き出す……狩人の目だ)


 その日の夕暮れ。

 少女が一人、路地裏で手に入れたパンを無心でかじっていると、不意に目の前に影が落ちた。

 顔を上げると、旅商人のような身なりをした、人の良さそうな男が立っている。だが、その瞳の奥に宿る光は、昼間の兵士たちとは全く違う種類のものだった。


「お嬢ちゃん、その目、気に入った」


 オウルは、しゃがみ込んで少女と目線を合わせると、言った。

「俺と来ないか。腹一杯、飯を食わせてやる。温かい寝床も、綺麗な服もくれてやる」


 少女はパンをかじるのをやめ、男をじっと見つめ返した。

 品定めするように、頭のてっぺんから爪先まで。その言葉の真偽を、瞳の奥にある本当の意図を、探るように。


 やがて、彼女は小さな口を開いた。

「……代わりは、なに?」

 その声は、年の割にひどく乾いていた。


 その問いに、オウルは心底楽しそうに、喉の奥でくつくつと笑った。

「――お前の、その『目』だ」


 少女は、男の手を見た。節くれだった、大きな手。それはパンを恵んでくれるだけの善人の手ではない。だが、自分を縛り付けようとする支配者の手でもない。

 差し伸べられたその手は、彼女に新しい「道具」の使い方を教えてくれる師匠の手に、見えた。


 彼女は、かじりかけの黒パンを懐にしまうと、無言で立ち上がった。

 そして、差し出された男の大きな手を、ためらいなく、その小さな手で握り返した。


だ~れだ。

判りますよね????

うー。まぁ、リゼットちゃんって書いちゃった(笑)

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― 新着の感想 ―
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 茶話会:『名もなき蛇の誕生 - 灰色の石ころ』」拝読致しました。  リゼット(執事リリィ)の幼少期の話。  配給の兵…
更新お疲れ様です。 こんな可愛い?抜け目のない幼女がどうしてあんな妖艶な美女に?!w ある意味時の流れは恐ろしい(^^;; 次回も楽しみにしています。
 いつも楽しく読ませていただいてます、製本作業大変かと思いますが焦らずがんばってください。  さて、今回はリゼットのお話ですが、やはりアルビオンもあまり良い状況ではない格差社会のようですね。軍事大国の…
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