茶話会:『軍師様の甘い葛藤』
「さあ、リナ様。職務上のスキンシップの続きですわよ」
セラさんが、完璧な微笑みでスープの匙を差し出す。
「リナ様、マキナ局長がお待ちです。早く済ませてしまいましょう」
ヴォルフラムさんが、どこかズレた生真面目さで追い打ちをかける。
「う、うぅ……」
もはや抵抗する気力もなくなった。私は観念して、差し出されたスプーンにぱくりと食いついた。
「よしよし、いい子だな。 もっとスキンシップしてもらえ!」
マキナさんが、ニヨニヨしながら面白そうに囃し立てる。「俺は急がねえから、ゆっくりでいいぞ。ちょうどいい、ここで一休みさせてもらうさ!」
彼女は近くの椅子にどっかりと腰を下ろし、腕を組んで私たちの「スキンシップ」を心底楽しそうに眺め始めた。
結局、朝食が終わるまで、私の「あーん」は続いた。
ようやく解放され、私がぐったりとテーブルに突っ伏したのと、マキナさんが「さて、じゃあ打ち合わせすっか」と立ち上がったのは、ほぼ同時だった。
だが、その瞬間。
再び、扉が何の遠慮もなく開かれた。
「―― 街で美味そうな菓子を見つけたぞ!」
現れたのは、満面の笑みを浮かべたグレイグ中将だった。その大きな手には、先日私たちが訪れたパティスリーのすぐ隣にあった店の、見覚えのある美しい箱が掲げられている。扉を開けた瞬間から、バターと砂糖の甘い香りが部屋中にふわりと広がった。
その匂いを嗅ぎ取った瞬間。
私の鼻が、ひくっと動いた。
(だ、だめ……! 今は打ち合わせが先……! 私は『天翼の軍師』……帝国の最高顧問なんだから……!)
頭の中では必死に理性が警鐘を鳴らす。だが、甘い香りに誘われて、体は正直に反応してしまっていた。
ぐったりと突っ伏していたはずの顔が、ガバっと持ち上がる。目は、箱に釘付けだ。
口元が、緩んでいる自覚は、ある。
「……いえ、グレイグ中将。お気持ちは嬉しいのですが、今はマキナ局長と重要な打ち合わせの最中ですので、お構いなく……」
口では、完璧なまでに職務優先の姿勢を示す。
だが、その言葉とは裏腹に、私の体は椅子からそろり、と立ち上がり、まるで磁石に引かれる砂鉄のように、とたたたた、とグレイグ中将の持つ箱へと吸い寄せられていた。
その、あまりに見事な言行不一致。
その場にいた全員が、固唾をのんで私の動きを見守っている。
「……お、おう。そうか。邪魔したな。……では、このケーキは後で……」
グレイグ中将が気まずそうに箱を引っ込めようとした、その瞬間。
「――お待ちください!」
私の手が、反射で彼の腕をがしりと掴んでいた。
はっと我に返り、私は慌てて咳払いをする。
「……いえ、その……せっかくのお心遣いです。……これも、職務上の円滑なコミュニケーションの一環として、ありがたく、頂戴いたします……!」
先程自分で使って墓穴を掘ったばかりの言い訳を、私は涙目で繰り返していた。
そのあまりに見事な復活劇と、現金すぎる変わりように、その場にいた全員の肩が、ぷるぷると震え始めた。
やがて、マキナさんがやれやれと首を振り、深いため息をついた。
「……こりゃ、打ち合わせはまたにした方が良さそうだな」
「そ、そんなことはありません! ちゃんとやります!」
私がケーキの箱を大事そうに抱え込みながら慌てて振り返るが、その説得力は皆無だった。
「顔と言葉が合ってねえよ」
マキナさんは呆れきった声で言うと、今度はグレイグ中将に向き直った。
「は~。グレイグさんよぉ、そんだけデカい箱なんだ。俺の分もあんのか?」
「がっはっは! 当たり前だ! 全員の分、買ってきてやったわ!」
こうして、マキナさんとの真剣な技術会議は、いつの間にか賑やかなケーキパーティへと姿を変えていた。
アクア・ポリスの穏やかな陽光が差し込む部屋で、私たちのゆるやかな休日は、まだもう少しだけ続くようだった。
ほのぼのは〜、心の栄養〜なのですね〜♪
わたしも一緒に、コーヒーにしましょう。




