茶話会:『お姉ちゃんとお兄ちゃん』230
聖リリアン孤児院の昼下がりは、穏やかな陽光と子供たちの賑やかな声で満ちていた。
その喧騒の中心、中庭の大きな樫の木の下で、小さな二つの影が何やら真剣な顔つきで向かい合っている。アンナとトムだ。
「……だからね!」
アンナが、ぷくっと頬を膨らませて力説していた。その小さな手は腰に当てられ、すっかりいっちょまえのお姉さん気取りだ。
「リナお姉ちゃんは、本当は魔法使いなんだよ! 悪い人たちに捕まっても、”ぱっ”てやって、”きらきらー”ってやっつけて、もうすぐここに帰ってくるんだから!」
彼女の大きな瞳は、絶対の確信に満ちてきらきらと輝いている。ヴェネーリアでリナが見せた、あの青白い光の奇跡。それはアンナの心の中で、おとぎ話の魔法のように、鮮やかな記憶となって焼き付いていた。
その、あまりに突飛な「リナお姉ちゃん魔法使い説」に、トムは腕を組んで「うーん」と唸った。
「魔法使い、かぁ……。そりゃ、すごいけどさ」
彼は少しだけ悔しそうに唇を尖らせる。
「でも、俺だって! 大きくなったら、リナ姉ちゃんが読んでくれた絵本に出てくるみたいな、すっごく強い騎士になるんだ! こうやって、『えいっ!』ってやれば、悪い竜だってやっつけられるんだぞ!」
トムは拾った木の枝をぶん、と振り回した。風を切る音は頼りないが、その顔つきだけは、国を守る勇敢な騎士そのものだ。
「だめー!」
アンナが、きゃん、と甲高い声を上げた。
「トム兄ちゃんは、まだ小さいからだめ! リナお姉ちゃんがいない間は、アンナがみんなを守るの!」
「なんだとー! 俺の方がお兄ちゃんだぞ!」
「でも、リナお姉ちゃんが言ってたもん! 『アンナは強い子だから、みんなのことお願いね』って!」
もちろん、リナがそんなことを言った覚えはない。だが、アンナの中では既に、それは揺るぎない真実となっていた。
二人のヒートアップしていく口論を、少し離れた場所で洗濯物を干していたシスター・カリンが、微笑ましそうに見守っている。
(あらあら。二人とも、本当にリナのことが大好きなのね)
やがて、言い争いに疲れた二人は、ふと顔を見合わせた。
そして、どちらからともなく、ふふっと笑い出す。
「……じゃあさ」
トムが、少し照れくさそうに提案した。
「リナ姉ちゃんが帰ってきたら、俺が騎士になって悪い奴らを追い払って、アンナが魔法でお菓子をいーっぱい出すってのはどうだ?」
「うん! それ、いい!」
アンナの顔が、ぱあっと輝く。
二人は指切りげんまんをすると、まだ見ぬ未来の、最高に素敵な共同作業に胸を躍らせていた。
その頃、馬車の中では、リナが大きなくしゃみをした。
『茶話会へようこそ』
書籍化作業に伴い、本編の更新をお休みさせていただいております。
この期間、不定期に『茶話会』と銘打った短いお話を更新していこうと思います。
何気ない?日常を切り取ったショートストーリーです。
ささやかな茶話会を、どうぞお楽しみください。
うしろの数字は、およその時系列的に対象となる話数になります。目安という事で。
輝夜より




