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第215話:『鋼の翼をください』


玉座の間を満たすのは、歴史が動く瞬間の熱気だった。『大陸防衛軍』と『アルゴス』。光と影、二つの巨大な組織の設立が承認され、居並ぶ重臣たちは満足げに頷き合っている。

だが、その高揚した空気を切り裂くように、私は静かに口を開いた。


「――陛下。ですが、これだけではまだ足りません」


一瞬の静寂。

満足げだった皇帝陛下の眉が、訝しげに吊り上がる。

「まだだと申すか、軍師殿」

「はい。どれほど強力な『盾』と『目』を手に入れようと、それを支える『足』と『心臓』が旧態依然のままでは、いずれアルビオンの先進技術の前に立ち枯れることになりましょう」


私は、傍らに控えるエンリコ少将に目配せを送った。

彼が厳かに重い扉を開け放つ。そこに立っていたのは、油と汗の匂いを微かに纏った一人の少女――マキナだった。その小脇には、分厚い羊皮紙の束が抱えられている。


「――技術研究局局長、マキナ。お呼びにより参上いたしました」


場違いな少女の登場に、アルフォンス新王たちが戸惑いの表情を浮かべた。

その時、テーブルに置かれた二つの『囁きの小箱』が青白い光を放ち、起動音を立てる。帝都のカイ、そして経済特区予定地のマルコの声が、立体的に会議室を満たした。

ここから始まったのは、もはや軍議ではない。未来を創造するための、熱狂的な計画開示だった。


「――蒸気機関は、馬の時代を終わらせます!」


マキナが設計図の束をテーブルに叩きつけるように広げた。乾いた音が響き、彼女の瞳が熱っぽく輝く。

「人や物を、これまでの数倍の速度と量で運ぶ『蒸気トラック』! そのための頑丈な街道網を大陸中に張り巡らせるのです!」


『その初期投資は莫大です! ですが、物流コストの削減と新たな雇用創出による税収増を鑑みれば、十年で回収可能!』

カイの冷静な声が、数字という名の骨格を与える。


『そして、その街道と物流こそが我らが創る新都市の血脈となる! 帝国と王国の富がこの特区で交じり合い、かつてない繁栄を生むのです!』

マルコの野心に満たた声が、その未来図に鮮やかな色彩を加えていく。


三人の専門家が織りなす、圧倒的な未来のビジョン。その熱に浮かされるように、会議室の誰もが身じろぎもせず聞き入っていた。


やがて、全ての言葉が紡がれ、再び静寂が訪れた。

その静寂の中、私はゆっくりと立ち上がった。椅子の脚が床を擦る、小さな音がやけに大きく響く。

深いフードの奥で、私は皇帝陛下をまっすぐに見据えた。


「――陛下」


平坦な声。だが、その一音一音に、魂を削るような切実さが滲んでいた。


「彼らが持つ大量の銃器。あれをあの数揃えられるということは、彼らの文化、技術レベルが我々とは比較にならない段階にある証左です。」


抑揚のない声が、わずかに震えた。それは恐怖ではない。確信からくる武者震いだ。


「もし、彼らが空から我らを攻めてきたら? 鉄の鳥が飛来し、我らの都に火の雨を降らせたら? その時、我々にはなすすべがありません。帝国も、王国も、ただ焦土と化す未来が、私にははっきりと見えるのです」


「今すぐに動かなければ、恐らく、間に合わない」


必死の訴えに、皇帝は、グレイグは、ロッシは、ただ黙って耳を傾けていた。その顔には、驚愕と苦悩が刻まれている。

「お願い、します」

私は、深く頭を下げた。

「どうか、我らにも『翼』をください。この大陸の空を、我らの手で守るための、鋼の翼を」

仮面の下の一人の少女の、心からの叫びだった。


長い、長い沈黙が落ちる。窓の外で鳴く鳥の声だけが、やけに鮮明に聞こえた。

やがて、その沈黙を破ったのは、皇帝陛下の深く、大きなため息だった。

彼は玉座から立ち上がり、私の前に進み出る。その大きな手が、頭にそっと置かれた。労うように、優しく。


「……顔を上げよ、軍師」

その声は、どこまでも温かい。

「そなたの覚悟、しかと受け取った。……よかろう。その『翼』、帝国と王国、両国の全てを賭して創り上げてみせよう」


皇帝はマキナに向き直り、宣言した。

「経済特区に、新たに『学院』の設立を許可する! そこを拠点とし、マキナ局長、そなたに航空技術開発の全権を委ねる! アクア・ポリスのドックも好きに使うが良い!」


その言葉に、マキナの目が子供のように輝きを放った。

大陸の未来を賭けた最大の計画が、今、確かな産声を上げた。


リナは人選については提議しなかったので、訂正します。

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