第192話:『帝国・王国平和維持機構 最高顧問 任命勅書』
それは、後日『天翼の軍師』リナの元へ、もたらされた文書。
届けられたのは、皇帝と国王の印璽が並んで押された、一枚の荘厳な羊皮紙の巻物だった。
それは、大陸の歴史上、前例のない文書。
二つの国が共同で、ただ一人の少女のために発した、公式な勅書である。
そこに綴られていたのは、彼女の未来を形作る、温かくも絶対的な約束の言葉だった。
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【帝国・王国平和維持機構 最高顧問 任命勅書】
ガレリア帝国皇帝ゼノン・ガレリア、及び、アルカディア王国国王アルフォンス一世の名において、リナ・フォン・ヴァール男爵に以下の地位と権限、並びに責務を与えるものとする。
第一条:地位
リナ・フォン・ヴァール男爵を、本日をもって『帝国・王国平和維持機構 最高顧問』に任命する。本職は両国のいずれにも属さず、両国の平和と繁栄のためだけに存在する、最高位の中立機関と定める。
第二条:職務
最高顧問の主たる職務は、両国の平和維持と発展に関する大局的な助言、及び対アルビオン共同戦線における最高軍事顧問としての献策とする。ただし、以下の条項を付帯する。
項一:最終決定責任の免除
最高顧問の助言を元に行われる全ての政策、軍事行動に関する最終的な決定責任は、皇帝、国王及び宰相が負うものとする。最高顧問は、その結果に対して一切の責任を問われない。
(※皇帝ゼノン注:あの子は一人で背負いすぎる。責任の所在を明確にし、重圧から解放せねばなるまい)
項二:諮問に対する拒否権
最高顧問は、両国からの諮問に対し、自らの専門外、あるいは精神的負担が大きいと判断した場合、公式にその関与を拒否する権利を有する。
(※宰相アルバート注:専門外の案件で彼女の貴重な時間を浪費させるべきではない。何より、子供の心に配慮するのは我々大人の義務である)
第三条:権限
最高顧問には、その職務を円滑に遂行するため、以下の特権を与える。
項一:皇帝及び国王への直接謁見権
最高顧問は、いかなる時も皇帝及び国王への直接謁見を要求する権利を持つ。
項二:直属機関への実務権限の完全委譲
『技術研究局』及び『影の部隊』等の直属機関の運営に関する実務は、各々の長に完全に委任されるものとする。最高顧問は総監督として、大方針を示すに留める。
(※新王アルフォンス注:彼女の負担を減らし、本来の軍略に集中してもらうための当然の措置だ)
項三:緊急時における限定的勅命代行権
両国との通信が途絶し、かつ即時の判断が必要とされる非常事態においてのみ、最高顧問は皇帝及び国王の名において限定的な命令を発することができる。ただし、事後速やかに皇帝及び国王への報告を義務付ける。
(※皇帝ゼノン注:戦場で最も重要なのは速度だ。あの娘の判断を、俺達が信じんでどうする)
第四条:支援及び生活保障
最高顧問がその職務に専念し、かつ一人の人間として健やかな成長を遂げるため、両国は共同で以下の支援を保証する。
項一:皇妃セレスティーナによる公式な後見
ガレリア帝国皇妃セレスティーナを、最高顧問リナの公式な後見人とする。彼女はリナの母親代わりとして、公私にわたる精神的な支えとなる。
(※皇妃セレスティーナ注:これで心置きなく、あの子を可愛がれますわ)
項二:聖リリアン孤児院への国家的支援
最高顧問リナが故郷とする聖リリアン孤児院に対し、両国の予算から潤沢な運営資金を援助する。また、他の戦災孤児院へも、これを前例として支援を拡大していくものとする。
(※宰相グラン注:彼女の唯一の弱点であり、強さの源。ここを守らずして、何を守るというのか)
項三:「最高顧問研究費」という名の特別予算枠
最高顧問リナが、その知的好奇心と個人的な関心を追求するため、使途を問わない特別な予算枠を設ける。
(※皇帝ゼノン注:まあ、大半は菓子代と妙な鉄の馬に消えるのだろうが、それも良かろう)
項四:公式休暇制度
最高顧問の心身の健康を維持するため、両国の宰相は協議の上、定期的に公式な長期休暇を与える義務を負う。その間の護衛、移動手段は両国が責任を持って提供する。
(※セラ・オーレリア注(草案への進言):リナ様はご自分では決して休まれません。これは絶対に必要な条項です)
以上、両国の揺るぎない信頼と友情の証として、この勅書を授ける。
ガレリア帝国皇帝 ゼノン・ガレリア
アルカディア王国国王 アルフォンス
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