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第186話:『海竜の畏敬、転生者の分析、そして軍師の誤解』


軍議が解散し、士官たちがそれぞれの持ち場へと戻っていく。

だが、ロッシ中将だけは、艦橋の窓辺から動かなかった。朝日を受けて輝く穏やかな海面が、彼の瞳には昨夜の神話で語られるような光景と重なって見える。


(……神の、御業……)


軍人として、現実主義者として生きてきた。だが、あの光景だけは、彼の長い人生で培ってきた全ての常識を、木っ端微塵に粉砕した。



「――ヴォルフラム殿」

彼は振り返ることなく、静かに名を呼んだ。艦橋の入り口で、退出のタイミングを計りかねていたヴォルフラムが、はっと背筋を伸ばす。

「……個室へ。……少し、話がある」


◇◆◇


船長室の重い扉が閉まり、外界の喧騒が遠のく。

ロッシはグラスに琥珀色の蒸留酒を注ぐと、その一つをヴォルフラムに差し出した。彼女は戸惑いながらも、それを受け取る。


「……飲め。少しは、落ち着くだろう」

ロッシは自らのグラスを一度に呷り、喉の奥を焼く熱で、震えそうな心を無理やり鎮めた。

そして、彼は単刀直入に、魂の底から湧き上がる問いを投げかけた。


「……ヴォルフラムよ。あの方は、一体、何なのだ」


その問いに、ヴォルフラムはグラスを握りしめたまま、俯いた。

彼女の脳裏にも、あの光景が焼き付いている。大地を従え、圧倒的な存在感をその小さな身に纏う、愛らしい主君の姿。

やがて、彼女は絞り出すように、しかし確かな信仰を声に滲ませて語り始めた。


「……私にも、分かりません。ですが……」

彼女は顔を上げた。その蒼い瞳は、潤んでいるようでいて、同時にどこまでも澄み切っている。

「あの方は、ただ聡明なだけの少女ではありません。傷つく者を癒やす慈母のようでありながら、時には大地さえも従える、神の御使いのようでもあられる……。私が知るリナ様は、そういう御方です」


その告白は、もはや部下の報告ではなかった。一人の信徒が、自らの神について語る、敬虔な祈りのようだった。

ただ、彼女の言葉は、ロッシの心にすとんと落ちた。そうだ、それ以外の言葉が見つからない。


「――何を、話しているのですか?」


突然の、鈴を転がすような声。

二人は弾かれたように声のした方を見た。扉の隙間から、銀髪と仮面の少女がひょっこりと顔を覗かせている。いつの間にか目を覚ましたリナだった。

「あ、いや、これは、その……!」

“海竜”と呼ばれた男が、子供に悪戯を見つかったかのように狼狽える。

「り、リナ様! お加減は……!?」

ヴォルフラムも顔を真っ赤にして立ち上がった。


「うん、もう大丈夫。……それより、なんだか二人とも、すごく真剣な顔をしていましたけど」

リナは不思議そうに首を傾げた。

「……もしかして、私に内緒で、何か甘いものでも食べていましたか?」

その、あまりに方向違いな問いに、二人の猛者は言葉を失い、ただ顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。


◇◆◇


その頃、船の心臓部である機関室は、別の種類の熱気に満ちていた。

マキナは、鹵獲したアルビオン製の銃を、まるで精密なパズルでも解くかのように、慣れた手つきで分解している。その周りを、ハヤトが興味津々といった顔でうろつき回っていた。


「へぇ、これがここの銃か。思ったより単純な作りしてんだな」

ハヤトは部品の一つをつまみ上げ、指先で弾く。

「こんな銃なんかより、あのリナのやったことの方が、スゲーよな。ありゃ一体、なんなんだ?どうなったんだ?」

彼の問いに、マキナは工具を置かず、油まみれの顔でちらりと彼を一瞥した。


「……あれは、ただの魔法じゃないだろうね」

彼女の声は、いつもの快活さが嘘のように、低く、真剣だった。

「この世界の魔法にも、必ずエネルギーの循環がある。体力というか生命力と言うか。何かを消費し、現象に変換しているように見えるって、グランが言っていたかな?ああ、少し違ったか?まぁそんな事を言ってた。確かに、私の土魔法もそうだ。だが、あの子がやったことは違う。……あれは、無から有が生み出されてると考えるしかないんだが…それは理論的に言ってありえない。…と、言い切りたいんだが…可能性は捨てるべきではないよな。」

「...或いは、私たちの知らない何かの力を用いているとか?」

彼女は立ち上がると、黒板代わりの鉄板に、チョークで数式を殴り書きし始めた。

「いいか? 熱力学の法則を完全に無視してるんだよ。あの崩落を止めたエネルギーは、一体どこから来た? 癒やしの力もそうだ。 ……説明がつかない。あれは、この世界の物理法則そのものを、根本から書き換えてるように見えるんだ」


その、少し狂気じみた技術者の分析に、ハヤトは目をぱちくりさせていた。

「……えっと……つまり、どういうことだってばよ?」


「つまり!」

マキナは勢いよく振り返り、チョークの粉を飛ばした。

「私たちとは全く別の、とんでもねえルールのチートを使ってるってことだ! 『聖魔法』『土、水魔法』なんざ、ままごとに見えるくらいにな!」

その瞳は、未知のテクノロジーを発見した科学者のように、ギラギラと輝いていた。


ギイィ。扉が開く音がした。


「――お二人も、楽しそうですね?」


背後からの声に、二人の肩が同時に跳ね上がった。

リナが、機関室の入り口に立っている。その後ろには、影のようにゲッコーさんが控えていた。

「あ、いや、リナ! これはだな、その、科学の発展についてだな……!」

マキナが慌てて鉄板の数式を手で隠す。

「お、おう! そうだそうだ! 漢同士どうしの熱い語らいってやつだ!」

ハヤトも意味不明なフォローを入れた。

「ハヤト、私は女だぞ!」


「ふーん……」

リナはジトっとした目で二人を見ると、ぷいと顔を背けた。

そして、隣に立つゲッコーさんの外套の裾を、くいっと引っぱる。

「……ゲッコーさん。なんだか私、のけ者にされてる気がします。……すごく、します」

「…………」

ゲッコーさんは何も答えず、ただ、その小さな頭を大きな手でぽんぽん、と慰めるように撫でた。


船の上で交わされる、二組の密談。

一方は、それを「神の奇跡」と捉え、畏敬の念を深める。

もう一方は、それを「未知の法則」と捉え、探求心を燃え上がらせる。

だが、その中心にいる少女だけは、仲間外れにされたと思い、拗ねている。

船は、そんな奇妙な人間模様を乗せて、先へと進路を取っていた。


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― 新着の感想 ―
こういうところは見た目通りに子供っぽいんだよな。 これがギャップ萌えというヤツか! 反則だ!チートだ!
正解は精霊さんにお願いだからなー人を怪我させるようなお願いじゃなければ限界はなさそうだね。
人は理解できない物を前にした時、どうするかな? ハッキリ言ってリナは神にも悪魔にもなれる。 少なくとも王国や帝国のリナとしては生きられないのでは。 人として生きていく事は難しい。精霊界でもあれば、移…
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