表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
187/204

第181話:『狼の断末魔、そして崩れゆく空』


私の降伏勧告が、夜明けの静まり返った入り江に吸い込まれていく。

それを合図としたかのように、アルビオン兵たちは雪崩を打ち、次々と銃を投げ捨てた。カシャン、と虚しい金属音が響き、彼らは力なく膝をつく。

誰もが、これで戦いは終わったのだと、張り詰めた糸を緩めかけた。


だが。


その偽りの安堵を嘲笑うかのように、高台から一つの狂気が牙を剥いた。

バルドルの副官。銃という新しい力に魅せられた、あの若い男。

血走った目で『鋼の蜂スティール・ホーネット』の銃座に食らいつき、その引き金に指をかける。彼の瞳に、もはや正気の色はない。


「……あの、チビが……! 俺たちの全てを……!」


憎悪に濁った視線が捉えたのは、ハヤトでも、ゲッコーでもない。

ヴォルフラムの傍らに静かに立つ、小さな少女の影。リナだった。

全ての元凶。あの小娘さえいなければ。高台から見下ろす彼には、戦場の全てが手に取るように分かっていた。あの小娘が...

歪んだ結論に至った男の指が、憎悪と共に引き金を絞り込む。


ダダダダダダダッ!


鋼の蜂スティール・ホーネット』が、断末魔の如き咆哮を再び上げた。

弾丸の嵐が、一直線にリナへと殺到する。


「リナ様!」

「させるかァッ!」


ゲッコーとハヤトが弾かれたように高台に向かって動いた。だが、間に合わない。

その絶望的な弾幕の前に、しかし、一つの鋼の壁が立ちはだかった。

ヴォルフラム。

彼女は一歩も引かず、リナを背に庇い、その剣を凄まじい速さで振るう。


ギィンッ! ギャギャギャギャンッ!


甲高い金属音が嵐のように連続し、夜明け前の闇に無数の火花が咲き乱れた。

飛来する弾丸が、ことごとく彼女の剣に弾かれていく。北の大地での地獄の特訓が。リナを背にしたその極限の集中力が。彼女を人外の領域へと押し上げていた。

だが、弾幕はあまりに濃密だった。数発が防御をすり抜け、その肩と脇腹を抉る。


「ぐっ……!」


鮮血が霧のように舞い、服を赤黒く染めた。それでも彼女はその場に仁王立ちを続ける。

さらに一発、角度悪く弾かれた弾丸が、彼女の頬を浅く切り裂いた。肌に、一筋の紅い線が走る。

それでも彼女の瞳の光は、微塵も揺るがない。


獰猛な笑みが、その口元に浮かんでいた。


「――ぬるいわッ!」


その言葉が、反撃の狼煙だった。

ヴォルフラムが作り出した、わずか数秒の時間。

それで、十分だった。


黒い疾風が駆け上がる。ハヤトだ。

高台に躍り出た彼は、副官の元へ一瞬で肉薄すると、その両手首を躊躇なく斬り落とした。

「ぎゃああああああ!」

絶叫と共に、銃声が途絶える。

時を同じくして、ゲッコーの影が跳躍し、宙で身を翻しながら男の両足の腱を正確に断ち切った。

二人の完璧な連携が、最後の脅威を沈黙させた。


◇◆◇


だが、その一瞬の隙が、死神を呼び覚ましていた。

誰もが高台の騒動に気を取られている間に、倒れ伏していたはずのバルドルが、芋虫のように執念深く地を這っていた。

彼の目的地は、彼の居た司令部の近くに無造作に置かれていた、起爆装置。


「(……ふ……ふふ……)」


血に濡れた腕が、起爆スイッチに絡みつく。


「(……もろともだ……!)」


狂気に爛々と輝く目が、入り江の全てを睨みつけた。


「(好きにはさせん……! 全員、ここで死ねぇッ!)」


男が、スイッチを押し込んだ。


――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


次の瞬間。

入り江全体が、腹の底から揺さぶられるような轟音と振動に包まれた。

両岸の切り立った崖が、内側から爆ぜる。ダグラスが拠点設営のときに仕掛けていた、最後の安全装置――緊急自爆用の大量の火薬が、一斉に火を噴いたのだ。


岩盤が悲鳴を上げて砕け散り、巨大な岩の滝となって入り江へと降り注ぐ。

空が、崩れてくる。

それは、もはや人の手には負えない、絶対的な破壊の光景だった。


「総員、船に戻れーっ!」


ロッシ中将の絶叫が木霊する。

だが、遅い。崩落は、入り江の出口から塞がり始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ギャグな展開になった。
喉を潰してんなら台詞に濁点を付けるなり、文章としては意味わからんのに、『あぁ、こう言ってるんだな……』 みたいなのが分かるような喉を潰されてるなりの表現をしたらいいのにね。 普通に喋ってんじゃん。 「…
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 第181話:『狼の断末魔、そして崩れゆく空』」拝読致しました。  終わった、と思ったら。  モブのはずの副官が発狂!…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ