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第169話:『巣穴に響く咆哮』


水平線の向こう、黒い点となったダグラス准将の船影が、溶けて消えた。

入り江を見下ろす断崖の突端。バルドルは、なおも見えぬはずのその点を睨みつけていた。肌を刺す潮風が、彼の短い髪を乱暴に掻き乱す。


「……臆病者が」


吐き捨てた言葉は、唸りを上げる風にかき消された。

彼の口元に浮かぶのは、もはや侮蔑ではない。解き放たれた獣の、獰猛な笑みだ。


視線を下ろせば、天然の要害『狼の巣(ウルフズ・デン)』が広がっている。切り立った断崖に抱かれた入り江は、さながら獲物を待ち構える巨大な顎。ダグラスが残したのは、わずか百名ほどの兵。その大半は武器もろくに扱えぬ工兵どもだ。

だが、バルドルに不安の色はない。彼の視線は、拠点の中央に鎮座する長大な鉄の塊に注がれていた。黒い防水布の下で眠る、連射式掃討兵器。

鋼の蜂スティール・ホーネット』。それこそが、彼の野心の源だった。


「――隊長!」


背後から、腹心の副官が息を切らして駆け寄ってきた。その目は、新しい力に魅入られた狂信者のように、ギラギラと輝いている。

「『鋼の蜂スティール・ホーネット』の設置、完了いたしました。侵入者は蜂の巣にできます!」

「うむ」

バルドルは喉の奥で短く応え、崖を下り始めた。


拠点では、工兵たちが黙々と防御陣地を築いている。彼はその横を値踏みするように通り過ぎ、守備隊が詰める洞窟の監視所へと向かった。

内部はひんやりとした岩の匂いと、鼻につく火薬の匂いで満ちている。入り口付近には食料と水が、そしてその奥、厳重に管理された区画には、ロベール伯爵に渡されるはずだった無数の木箱が、壁のように積まれていた。


「……これだけあれば、十分すぎる」


バルドルは木箱の一つをこじ開け、鈍い光を放つ最新式の銃を手に取った。ひやりとした鉄の感触が、掌に心地よい。

彼は振り返り、部下たちを見据えた。腹の底から絞り出すような、響き渡る声で命じる。


「聞け! これより、この俺が『狼の巣(ウルフズ・デン)』の全権を握る! 俺の命令は、准将閣下の命令と思え!」


兵士たちの間に、ナイフで切り裂いたような緊張が走る。囁きが止み、誰もが互いの顔色を窺った。

バルドルは銃を掲げ、その沈黙を叩き割る。


「恐れるな! 剣や槍しか持たぬ旧時代の猿どもに、我らが敗れるものか! この神の雷があれば、勝利は我らの手にある!」


その言葉は、若い兵士たちの瞳に、燻っていた火種を熾す。そうだ、俺たちこそが選ばれた民。この力があれば、どんな敵も一方的に屠れるのだ。


「各人、一丁ずつ手に取れ! 恋人のように磨き上げろ!」


高揚が伝播していくのを確かめ、バルドルは洞窟の出口、娯楽施設が並ぶ居住区画を顎で示した。


「今宵は宴だ! 存分に飲み、食らい、英気を養え! 明日からは、地獄の訓練が待っているぞ!」


一瞬の静寂の後、爆発的な雄叫びが洞窟を揺るがした。


「「「うおおおおおおっ!!」」」


兵士たちは我先にと武器の箱と食料に殺到し、獣じみた歓声が入り江にこだまする。

その狂乱を背に、バルドルは武器の木箱にどさりと腰を下ろした。

夜の帳が下り、揺らめく篝火が、彼の満足げな横顔を不気味に照らし出す。下品な笑い声と怒号が渦巻く巣穴で、新しい王は静かに牙を研いでいた。


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― 新着の感想 ―
魔法のある世界で銃火器の優位性とは何だろう?魔法使いは稀少とか? それでも小銃と初期の機関銃程度で取れる戦術は多くありません、つまり「突撃」です。 数百丁の射手など数万の兵にすり潰されて終わりです、孤…
何かするんやろうけど、中長期のプランがあるとは思えない陣容。でも、そんな事をする人間ほど短期間で他人に与える被害が大きそう。
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 第169話:『巣穴に響く咆哮』」拝読致しました。  不敵に笑うバルドル。預かった戦力は武器をロクに使えない工兵が10…
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