第148話:『黒き疾風の喝采(ブラック・カーニバル)』
新生アルカディア王国の王都は、熱狂の渦に飲み込まれていた。
空気が震えるほどの歓声。石畳を埋め尽くす人々の熱気。
今日この日、国を内乱の危機から救った新たなる英雄の、凱旋パレードが行われるのだ。
「――来たぞ! 『黒曜の疾風』様だ!」
群衆の誰かが叫んだのを皮切りに、割れんばかりの喝采が波となって押し寄せる。
その視線の先、大通りをゆっくりと進んでくるのは一頭の黒き軍馬。そしてこともなげに鞍の上に立ち、涼しい顔で手を振る黒い仮面の騎士がいた。
漆黒のマントが風をはらんで雄々しく翻り、その佇まいはどこまでもクールでミステリアスだ。
ハヤトは、黒曜石の仮面の下で、完全に有頂天になっていた。
(……最高だ……! この歓声! この視線! これだよ、これ! 俺が求めていたものは!)
込み上げる笑みを必死に抑え、沿道の民衆へあくまでもクールに手を振る。
時折、空に舞う花びらの一つを指先で弾き、別の角度から投げられた一輪の花を宙で華麗に掴み取ると、一瞬だけ唇にくわえ、近くの少女へ投げキッスと共に返してみせた。
「「「キャアアアアアア!」」」
鼓膜を突き破るような黄色い悲鳴が、街の一角を支配する。その反応に、ハヤトは心の内で満足げに頷いた。
パレードの終着点である王宮前の広場へたどり着くと、彼のパフォーマンスは最高潮に達した。
壇上から少し離れた位置で馬から軽やかに飛び降りると、その勢いのまま天高く舞い上がる。常人離れした三回転と二回半のひねりを加え、着地は完璧だった。
音もなく壇上に片膝をつき、右手は天へ、左手の人差し指は額へ。計算され尽くしたポーズが決まる。
そして、すくっと立ち上がると、抜き身の剣を目にも留まらぬ速さで振り回し、ヒュン、と風を切り裂く音を響かせた。
最後に、剣を天に突き上げ、高らかに叫ぶ。
「――この『黒曜の疾風』ある限り! この国の平和は、俺が守る!」
民衆の熱狂は、もはや誰にも制御できなかった。
◇◆◇
その後、王宮の謁見の間では、厳かに勲章授与式が執り行われた。
新王アルフォンスが、荘厳な玉座から降り、直々にハヤトへ最高位の勲章をかける。
「『黒曜の疾風』殿。そなたの勇気と力に、心から感謝する」
「ふっ……。俺はただ、正義を成したまでです。太陽が昇るのが当然であるように」
ハヤトは、あくまでもクールにそう答えた。
そのあまりに芝居がかったやり取りに、アルフォンスと隣に立つ宰相グランは、穏やかな微笑みをたたえながらも、その口元がぴくぴくと引きつるのを必死にこらえていた。
式典が終わり、控えの間に戻ったハヤトの元へ、一人の影がすっと寄り添った。
宰相グランだった。
「――お見事な『舞台』でしたわ、『黒曜の疾風』殿。民衆も大喜びでしたね」
その少しばかり皮肉の棘が隠された労いの言葉に、ハヤトは仮面の下で鼻を高くする。
「おう! 当然だろ!」
「ええ。それで早速で申し訳ないのですが」
グランは一枚の羊皮紙を彼に手渡した。その仕草には、先ほどまでの儀礼的な雰囲気はない。
「あなたに次の任務が下っております。聖女マリア様からの、緊急の言伝ですわ」
「……マリアから?」
ハヤトが羊皮紙に目を通す。
そこにはただ一言、『帝国の南部方面軍、軍港都市アクア・ポリスへ向かえ』とだけ記されていた。
「アクア・ポリス? なんで俺が帝国の港町なんかに……」
「詳しいことは私にも。ですが、聖女様はこうおっしゃっていましたわ」
グランは、困惑と、しかしどこか芝居がかった深刻さをない交ぜにした表情で、マリアのメッセージを伝える。
「ん、んんっ!――『この世界で、あなたにしか成しえない困難なことが起きそうなの。頼りにできるのは、あなただけ。お願い、助けて』、と」
その言葉は、ハヤトのヒーローとしての自尊心を完璧に射抜いた。
「な、なんだと……!? 俺にしか、できないだと……!?」
「ええ。マリア様は、そうおっしゃって……」
グランは懐から『囁きの小箱』を取り出す。
「詳しい話は、現地に着いてからこの『小箱』を通じて、聖女様が直接指示をされるとのこと」
グランは声のトーンを一段落とし、ハヤトの仮面の奥の瞳をまっすぐに見つめた。
「聖女様の指示を、忠実にお守りくださいね?」
その真剣極まる眼差しに、ハヤトもようやく浮かれた気分を喉の奥に押し込めた。
ヒーローとしての新たな、そして、より困難なステージ。
「……分かった。任せとけ! しかたないな!マリアの奴、俺がいねぇと何もできないんだからな!」
彼は力強く頷いた。
王都の喧騒が静まりはじめた頃、誰にも知られることなく、一人の黒い騎士が馬を駆った。
彼の目標地は、帝国の港町。そして、その先にある大海原。
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『【あとがき集】天翼の軍師様は作者に物申したいようです』