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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第一章:『偽りの仮面、泥濘の将星』

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第11話:『勝利の帰り道と星空の約束』

 

 夜明けの奇襲から半日が過ぎ、太陽が空高く昇る頃。

 帝国軍は、鹵獲した敵の物資と、誇らしい戦勝の記憶と共に、駐屯地への帰路についていた。


 私は、相変わらずフードを目深にかぶったまま、セラ副官が押す車椅子に揺られていた。

 道中は、勝利の興奮に満ちていた。兵士たちは、普段の疲れ切った顔が嘘のように活気に溢れ、声を張り上げて軍歌を歌ったり、昨夜の奇襲がいかに見事だったかを自慢し合ったりしている。

 そして、その熱狂の中心には、常に私がいた。

 彼らは、私の乗る車椅子が通り過ぎるたびに、少しだけ道を開け、畏敬と、好奇と、そして純粋な感謝が入り混じった視線を送ってくる。彼らにとって、私はもはやただの子供ではなく、この奇跡的な勝利をもたらした、謎めいた「軍師殿」なのだ。


 だが、私の目に映っていたのは、彼らが見ているような輝かしい光景ではなかった。

 私たちの進む道の脇には、無残に破壊された王国軍の陣地が広がっていた。ひしゃげた天幕、折れた槍、打ち捨てられた盾。そして、所々に残る、生々しい戦いの痕跡。

(……これが)

 これが、戦争。

 これが、私の立てた作戦が、もたらした結果。

 私は、ただ羊皮紙の上で言葉を紡いだだけだ。数字と、記号と、前世の知識を組み合わせただけ。けれど、その結果として、今、目の前にこの光景が広がっている。多くの人が傷つき、あるいは命を落とした。その事実が、ずしりと重い鉛のように、私の胸にのしかかってきた。


「どうした、軍師殿。顔色が悪いぞ」

 不意に、馬を寄せてきたグレイグが、私の顔を覗き込んできた。

「初めて見る本物の戦場に、怖気づいたか?」

 その声は、からかうようでいて、どこか私の内面を見透かしているようだった。

「……私が……」

 私の唇から、か細い声が漏れた。

「私が、これを……」

「そうだな」

 グレイグは、あっさりと頷いた。

「お前がやったんだ」

 その言葉に、私は唇を噛み締めた。罪悪感と、言いようのない恐怖で、指先が冷たくなっていく。

 そんな私の様子を見て、グレイグは馬からひらりと降りると、私の前にしゃがみ込んだ。そして、その大きなゴツゴツした手で、私のフードの上から、わしわしと優しく頭を撫でた。


「いいか、リナ。よく聞け。お前がやったのは、殺戮じゃない」

 彼の瞳は、真剣そのものだった。

「お前は、帝国を守った。そして何より、今お前の周りで馬鹿みたいに騒いでいる、俺の大事な部下たちの命を生かしたんだ。お前がいなければ、今頃この景色の一部になっていたのは、俺たちの方だった。……お前は、人を生かすために戦ったんだ。それを、絶対に忘れるな」


 生かすために、戦った。

 その言葉は、冷え切っていた私の心に、小さな灯火をともしてくれたようだった。私は、ただ頷くことしかできなかった。


 駐屯地に帰り着くと、そこはまさにお祭り騒ぎだった。

 勝利を祝う兵士たちの歓声が、駐屯地全体を揺るがしている。私はその喧騒から逃れるように、セラ副官に連れられて自分の天幕へと向かった。

 天幕の前で、セラ副官は私の車椅子を止めると、ふと、懐から小さな布の包みを取り出した。

「……これ」

「え?」

 差し出された包みを受け取ると、ほんのりと温かい。中には、少し形は歪だが、香ばしい匂いのする焼きたてのパンが入っていた。

「……厨房の兵士が、軍師殿にと。今日の勝利は、あなたのおかげだと、皆が言っているわ」

 セラ副官は、少し照れくさそうに視線を逸らしながら言った。そして、小さな声で、付け加える。

「……私も、そう思う。……ありがとう、リナ」

 初めて、彼女に名前で呼ばれた。素直な感謝の言葉。その温かさが、先ほどのパンの温かさと一緒になって、私の胸にじんわりと広がっていく。

「……どういたしまして、セラさん」

 私がそう返すと、彼女は少し驚いたように目を見開き、そして、ふっと、本当に微かに微笑んだ気がした。


 その夜、私はなかなか寝付けなかった。

 祝宴の喧騒と、昼間に見た光景が、頭の中でぐるぐると回っている。私はそっと寝台を抜け出し、天幕の外に出た。

 少し離れた小高い丘の上まで歩くと、下の喧騒が嘘のように静かだった。

 見上げると、そこには、帝都では決して見ることのできない、降ってきそうなほどの満天の星が広がっていた。


「眠れねぇのか、天才軍師殿」

 背後から、聞き慣れた声がした。振り返ると、グレイグが酒瓶を片手に、同じように星空を見上げていた。彼も、あの馬鹿騒ぎから抜け出してきたらしい。

 二人の間に、言葉はなかった。ただ、同じ星空を、黙って見上げる。

 やがて、グレイグがぽつりと呟いた。

「……リナ。お前のおかげで、俺たちはまた、この星空を見ることができた。……ありがとな」

「……次は、敵の英雄様方が、お出ましになるでしょうね」

 私は、星から目を離さずに答えた。

「ああ。本当の戦いは、これからだ」

 グレイグの声に、覚悟が滲む。「だが、今のお前と、お前の飯を食った俺たちなら、負ける気はしねぇ」


 彼は、私の方に向き直ると、その瞳でまっすぐに私を射抜いた。

「リナ。俺と、ここにいる全ての部下たちの命、お前に預ける。だから、お前も生き抜け。どんな手を使っても、何があっても、俺がお前を守り抜く。……約束だ」


 それは、ただの上官と部下という関係を超えた、魂の契約のような言葉だった。


「それと、お前の全力をもって、俺たちを勝利に導いてくれ。迷わないでくれよ。ただ、不安があるなら何でも言ってくれ。気になる事があるなら教えてくれ」


 私は、彼の目を見つめ返し、力強く、こくりと頷いた。

 胡散臭い司令官と、小さな偽りの軍師。

 私たちが、星空の下で交わした固い約束。

 これから始まる本当の地獄を、共に生き抜くための、最初の誓いだった。


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― 新着の感想 ―
子どもと侮らないとは、できた大人(*´ω`*)
お前がやった(大功績)を自分のものにしない良い上司ですね。
子供相手にごまかしを使わない誠実さととるには、グレイグはあまりにも冷酷で独善的な人格に思えます。 彼自身も上からの命令でリナを書記官として用いる事はどうしようもありませんが、人の死に関わる行為をお前が…
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