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第97話:『新王の誕生と、平和への誓い』


翌週。

王都の空気は、完全に生まれ変わっていた。

長く垂れ込めていた敗戦と腐敗の淀みは、夜明けの霧のように一掃された。街路には旗がはためき、石畳を蹴る人々の足音は軽く、弾んでいる。誰もが確かな希望を胸に、どこか浮き足立っているかのようだ。

そして今日、その熱狂は頂点に達しようとしていた。

新王アルフォンス一世、戴冠の日。


王宮の大謁見の間は、歴史的瞬間を見届けようとする人々で息もできないほどに埋め尽くされていた。磨き上げられた大理石の床がシャンデリアの光を映し、居並ぶ人々の影を揺らしている。


向かって右側には、聖女マリアに恭順の意を示し、地位を保つことを許された旧貴族たちが並ぶ。だが、その顔ぶれは驚くほど若く、一新されていた。マリアが突きつけた条件――「当主の引退と後継者への代替わり」――という血を流さない世代交代が、静かに断行された結果だった。


そして左側には、長年腐敗した宮廷で煮え湯を飲まされ続けた穏健派の貴族たちが、晴れやかな、しかし引き締まった表情でその時を待っている。


やがて、金管楽器の輝かしいファンファーレが、高い天井に反響し、列席者の肌を震わせた。

謁見の間の全ての視線が、玉座へと続く緋色の絨毯の入り口に注がれる。


そこに現れたのは、老王レオナルド三世と、その隣を歩むアルフォンス王子。

レオナルドはやつれてはいるが、その足取りに迷いはない。王としての最後の務めを果たす覚悟が、その背中をまっすぐに支えていた。

隣のアルフォンスは、もはや鍛冶師の青年ではなかった。純白の礼服はその鍛えられた身体を気品高く包み込み、何よりもその瞳に宿る揺るぎない光が、彼が王の器であることを雄弁に物語っていた。


二人は玉座の前で足を止める。

レオナルドは侍従から重々しい王冠を受け取ると、ゆっくりと息子の前に進み出た。そして自らの手で、アルフォンスの頭上へと、静かにその王冠を授けた。


「――今、ここに、アルフォンス一世の治世の始まりを宣言する!」


老王の声が、静まり返った謁見の間に朗々と響き渡る。

その瞬間、万雷の拍手と歓声が爆発した。

新王アルフォンスの左右には、宰相に任官した賢者グランが誇らしげに立ち、衛士長に就任したライナー・ミルザが不動の姿勢で控えている。そしてその右脇には、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた聖女マリアが、静かに佇んでいた。

病床の小さな軍師が描いた未来の絵図が、今、現実のものとなった瞬間だった。


やがて新王アルフォンスは、その熱狂を手で制すと、若々しくも威厳に満ちた声で高らかに宣言した。


「――まず第一に! 帝国との長きにわたる戦争の終結をここに宣言する! 我らは帝国と恒久的な平和条約を結び、対等な隣人として共に歩む道を選ぶ!」

「――そして第二に! 未だ東の地に籠もり王国の法に従わぬ反逆者ども……ロベール伯爵とその一派の制圧を宣言する! この国にもはや病巣は不要である!」


その揺るぎない決意に、謁見の間は再び熱狂の渦に包まれた。


◇◆◇


戴冠式の後、一行は王宮のバルコニーへと向かった。

眼下に広がるのは、人の海。広場を埋め尽くし、地平線の果てまで続くかと思われるほどの無数の民衆。その一人ひとりの顔に、長かった戦争の終わりと新たな賢王の誕生への歓喜が満ち溢れていた。


アルフォンスがバルコニーの中央に姿を現した、その瞬間。


「うおおおおおおおおっ!」


地響きのような大歓声が空気を震わせ、王宮の壁を揺るがした。

彼は一瞬、その熱狂の凄まじさに戸惑いを見せたが、やがて全身でそれを受け止め、ゆっくりと手を振った。


中央に立つ新王アルフォンス。

その左右を固める宰相グランと聖女マリア。

そして少し離れた場所から、ライナーが鋭い目で群衆の中に危険がないか、油断なく視線を光らせる。

それはまさに、希望に満ちた新しい時代の幕開けを告げる、一枚の絵画のような光景だった。


だが、その光り輝く光景のすぐ裏側で。

一つの古い時代の影が、最後の仕事を果たそうとしていることに、まだ誰も気づいてはいなかった。


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― 新着の感想 ―
……帝国側からみて東部であるならば、王国側からは西部ではないのかな? くまは訝しんだ……
輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 書記官リナ、8歳です」第97話:『新王の誕生と、平和への誓い』まで、拝読致しました。  敗戦で気落ちしていた国民が、国王の交代で顔をあげ…
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