第二話 未来とは
「これより、選別の儀を始める!」
ヒロシ・ダマヤのその言葉により、1人のイーウェスタが壇上へと上がっていく。
『選別の儀』の形式としては、舞台の上に上がり、1人ずつこの都市支部の代表に、所属を希望する軍を宣言し、その場で所属する軍、駐屯地が発表されるという形となる。
「次、カイ・シャーガリア!」
「はっ!」
カイは舞台へと歩く。
しかし、当然必ず希望が通る訳では無い。
この『選別の儀』とは、言ってしまえば西の国と東の国のイーウェスタの押し付け合いに過ぎない。
魔力総量は、圧倒的に西のヴィアンティカ人に劣り、軍学校での銃の扱いの教育は東のリベルディアの軍学校よりも密度が低く、即戦力とは言い難い。
その事から西と東は、互いに無能に払う金も食も無いと言い争い、イーウェスタ達を受け入れる事を拒む。
そうして取り決められた所属先は、上位層のイーウェスタを除けば、ただ規定人数通りに入れられた数合わせであり、先程ヒロシ・ダマヤの言っていたような未来も運命も選ぶ事も出来ず、既に敷かれた運命のレールの上を歩かされる事となる。例えその先が途切れていても。
(ヴィアンティカにも、リベルディアにも、未来は無い。だから銃も、魔法も、勉学にも死に物狂いで取り組んだ───)
壇上に上がり、ヒロシ・ダマヤの前に立つ。
「南東都市士官学校所属、カイ・シャーガリア!貴様はどの軍への所属を望む!」
カイは深く息を吸い、ヒロシ・ダマヤに再び向き直る。
(この世界を、変えるために!)
「中央カンフリード軍への所属を希望します!」
「よろしい!ではカイ・シャーガリア!貴様を中央カンフリード北方警備隊に配属する!」
「……はっ!」
ヒロシ・ダマヤから通知書を受け取り、壇上から下りる。
(やっぱり、北方の警備だったか)
成績優秀者のみ選択出来る中央への在留。真に恵まれた者しか選択する事の出来ない、未来のある道だ。
しかし、一歩踏み外せば、未来どころか命すらも落とす危険性がある。
北方警備隊とは、人の住む西、東、中央の南と、北を分断する壁の警備、修復を行う部隊……と言うのは建前であり、この部隊の作られた本当の目的は、北の大地に広がる大森林に棲まう、『災厄獣』の討伐、及び調査である。
そもそもこのカンフリードを分断する壁は、100年前、北の大森林から突如として現れた、鳥、狐、牛や猫などの獣の姿を、黒い何かで形作られた巨大な体に、人間のような腕や足のようなモノが生えた、生物への冒涜すら感じる余りにも悍ましい怪物、『災厄獣』がきっかけで築かれる事となる。
この『災厄獣』は、大森林の近くに位置していた村や、町をその圧倒的な体躯と数で壊滅させ、人の住む南へと侵攻して来た。
この100年前、西のヴィアンティカ王国と、東のリベルディア連邦は互いに手を組み、災厄獣の討滅を掲げて立ち向かったが、多数の死者や、多額の出費がかさんだ。
それによって両国共に国民の反発が強まり、最終的に討滅は現実的では無い事を悟り、東の高度な建築技術と、西の魔法で作り出した数百年経とうと風化しない魔法で生み出したレンガで、南北を分断する壁を築き、災厄獣と人の住む領域を隔離させることに成功した。
これが南北を分断する壁の出来た経緯であり、北方警備隊の出来た理由である。
この時、確かに壁は人類結束の証であり、西と東の国は互いに歩みよっていたが、それから間も無く発生した領土問題によって引き起こされた西と東の国による、最大の戦争、『銃魔戦争』が勃発した。
互いに一歩も譲らず泥沼の戦いとなったこの戦争は、最終的に停戦となり、互いに非干渉であるが、これから先、話し合いは続けていくと言う事で合意し、西の国と、東の国の国境と、話し合いと、北の災厄獣への最前線の為の中立地帯、『中央カンフリード』を分ける壁を作った。
この2つの出来事によって、今この大陸は四つに分断されている。
そして、現在も話し合いの行われている、カンフリード中央議会。その議会長を代々務めるのは、イーウェスタだ。
このカンフリード中央議会は、西と東でそれぞれ9人、イーウェスタから議会長を含め5人の、合計23名の多数決制となっていて、この世界の方針を決めていると言っても過言では無い。
(その5人に入る事が出来れば、この世界を変える事が出来る!その為なら、命を賭ける事も厭わない!)
「以上で、『選別の儀』を終了する!励め諸君!」
ヒロシ・ダマヤが降壇し、大会議室を去る。
その途端、この会議室に喧騒が訪れた。膝から崩れ落ち涙を流して自分の所属先を嘆く者、まだマシだと安堵し、一息吐いてる者などがいるが、笑っている者は殆どいない。
この『選別の儀』によって決められた所属先に、良かったと心の底から喜べる者など皆無と言っても良いだろう。カイも、例外では無い。
カイはそれを横目で見つつも、人の流れをかき分け、騒がしい都市支部の建物から脱出し、来た道とは逆の方向を向き、走る。
(今日はボスも来てるって話だ。早く行かないとな)
路地を抜け、後ろを振り向き追いかけてくる人がいないか確認しつつも、走る。
「……相変わらず、汚れてるな」
先程の皆の嘆きの声を聞いて、カイはそう改めて感じた。
(……何が未来を選べだ。結局全部自分達の都合じゃ無いか)
そして、街外れのとある喫茶店で立ち止まり、中へと入る。
店内に入ると、1人の黒髪の女性がコップを拭いて受付に立っていた。
「やぁ、カイ。たまにはコーヒーでも飲んでいくかい?」
この店の店長をしているマツ・ヤチオがカイに笑顔を向ける。
「いや、今日は時間が無いので遠慮しておきます、マツさん」
「……まぁ、そうだろうね。じゃ、合言葉は?」
マツが先程の笑顔とは違う、真剣な顔となる。
「力無くとも、知がある」
「よろしい。ボスは中で君を待ってるから、早く行きなよ」
「はい!」
そう言ってマツは受付の裏にある他とは少し色の違う部分の床を外す。床の下には地下が広がっており、これがこの喫茶店の本当の顔と言ってもいい。
「じゃあ行ってきますね」
「行ってきな、ガランももう来てる。みんな君を待ってるんだ。頼りにしてるよ、この『ヴィル・フォリティス』の一員として」
「……はい!」
カイは決意に満ちた表情を浮かべた。
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