009 エルデ王国の王
ライジアの亡骸をタリアが抱きしめていた。
「……王都へ戻るぞ」
俺は立ち上がり、宣言した。
「ガルドール帝国を倒し、この戦争を終わらせる。そして……ギルフォードを、必ず、この手で討ち取る」
俺の言葉に、皆は力強く頷いた。
「ライジア様、安らかに……」
タレア姫は、涙を流しながら祈った。
祈りを終え、姫は立ち上がった。
「行きましょう」
姫の言葉で、俺達は歩きはじめた。
本当は、ライジアを埋葬してやりたいところだった。
でも、その時間さえも惜しい。
すべては戦いが終わってからだ。
黒曜の塔を後にした俺たちは、王都へ向けて馬を走らせた。
道中、何度かガルドール帝国軍の残存兵と遭遇した。
しかし、彼らは以前のような力を失っていた。
俺が軽く攻撃しただけで、あっという間に吹き飛んでいく。
「ガルドール兵の様子が変ですね」
馬の上で、リリアが訝しげな表情をしていた。
「ライジアが死んだことで、奴らを強化していた魔術が弱まっているんだろう」
「……なるほど」
俺たちは、できる限り戦闘を避けた。
あるいは、投降を呼びかけた。
すでに第三王女、ライジアは死んだ。
多くのガルドールの兵士たちは戦意を喪失していた。
抵抗することなく武器を捨てるものが多かった。
しかし、中には最後まで抵抗を続ける者たちもいた。
もはや、彼らは止まることができないのだ。
長い戦いだ。
お互いに恨みも苦しみも抱えているはずだ。
「……仕方ない」
俺は剣を抜き、彼らを斬り捨てた。
道中、散り散りになっていたエルデ王国の軍兵たちが集ってくる。
兵士たちの数は、最初は数人だった。
ところが、部隊が次々と合流していった。
最終的には数百人規模の軍勢となっていた。
俺は馬に乗り、その軍勢の先頭を走っていた。
「リリア隊長! ご無事で何よりです!」
俺のすぐ後ろを走るリリアに、後方から来た部隊の隊長が声をかけた。
「貴方も無事だったのですね! よかった……!」
リリアは安堵の表情で隊長に答えた。
「はい! 我々の隊は撤退しておりましたが、隠密行動を取りつつ、各地で野戦をつづけておりました。しかし、どうも敵の様子がおかしい。明らかに弱体化しています。それを見て、こちらへ。ユアン様も、お久しぶりです」
「……久しぶりだな」
名前も思い出せなかったけれど。
たしかに、俺は彼と一緒に戦ったことがあった。
久しぶりに、多くの兵士たちと共に戦場を駆ける感覚を味わっていた。
かつてガルドール帝国との戦争で、俺はいつも最前線で戦っていた。
多くの兵士たちを率い、敵陣に突撃し、敵将を討ち取る。
それが、俺の役割だった。
しかし、あの戦争の後、俺は王宮を追放され、兵士たちとも離れ離れになった。
今、再び、彼らと共に戦えることを、俺は嬉しく思っていた。
「皆の者!」
リリアが大声を出す。
「勇者ユアンにつづけ! 勝利は我らにあり!」
俺は勇者でもなんでもない。
ただ、タレア姫の処女を奪った極悪人だ。
大犯罪者だ。
俺は、戦うことしかできない。
眼の前の敵を倒すことしかできない。
だが、いまは、それで良いのだと思えた。
俺たちは、進撃を続けた。
王都に近づくにつれ、戦闘の痕跡はより生々しくなっていった。
破壊され、燃える家屋。
そして、道端に転がる兵士たちの亡骸……。
戦争の惨禍が、俺たちの目の前に広がっていた。
「……ひどい」
タレア姫が、悲痛な声を上げた。
「いまは、急ごう」
俺は皆に声をかけ、さらに馬の速度を上げた。
そして、ついに王都の城門が見えてきた。
城門は、一部が破壊され、黒焦げになっている。
しかし、かろうじて閉ざされており、まだ陥落はしていないようだった。
「タリア姫のおかえりだ! 勇者ユアンもいるぞ!」
リリアが大声で叫ぶ。
門兵はリリアの姿を認めると、慌てて門を開けた。
「リリア隊長! ご無事で!」
門兵がリリアに駆け寄る。
「ユアン殿まで! まさか、エルデ王国に戻ってきてくださるとは……!」
戻ってきたわけではない。
ただ、個人的にギルフォードに復讐をすると決めただけのことだ。
「状況を説明しろ」
俺は、短く言った。
「ガルドール帝国軍は総攻撃を仕掛けてきました。我々は、必死に抵抗しましたが……多くの兵士が命を落とし、王都は陥落寸前でした。しかし、その時、不思議なことが起こりました」
「不思議なこと……?」
「はい。突然、ガルドール帝国軍の兵士たちの力が弱まり、動きが鈍くなったのです。我々は、その隙を突いて、何とか敵を押し返すことに成功しました」
門塀は、はきはきとした口調で答えた。
「……ライジアが死んだ影響だな」
俺はさらに質問をつづけた。
「ギルフォードはどこにいる?」
俺の問いに門兵は不思議そうな顔をしていた。
「ギルフォード様は……王を守ると言って、王宮へ行かれましたが」
俺はその言葉をきいて、王宮へ向かって走り出していた。
すぐにリリアが後ろをついてくる。
「私も行きます」
タレアが走ってついてこようとするが、遅すぎる。
馬に乗っているときは良かったが……。
「ここから先は危険だ。大人しく待っていろ」
徐々に俺とタレアの距離が開いている。
タレアは息を切らしながら、大声を出した。
「嫌です! 父上たちが心配です! もし、怪我をしていたとしても、私なら治せるかもしれません!」
……仕方がない。
俺が立ち止まると、タレアはふらふらとした足取りで近くまできた。
「じっとしていろ」
俺はタレアを担ぎ上げた。
「きゃっ」
タレアは子どものような声を漏らす。
「行くぞ。捕まっていろ」
タレアの体は、柔らかく、そして温かかった。
かすかに甘い香りが鼻をくすぐる。
タレアは、俺の首に腕を回し、しがみついた。
その頬は赤く染まっている。
俺はタレアを担いだまま、王宮へと走り出した。
王宮に近づくにつれ、血の匂いが濃くなっていく。
……嫌な予感がした。
王宮の門は開け放たれており、衛兵の姿は見当たらない。
「……何があったのでしょうか」
リリアが警戒しながら呟いた。
俺は、タレアを地面に下ろし、剣を抜いた。
リリアも、剣を構える。
俺たちは慎重に王宮の中へと足を踏み入れた。
王宮の中は静まり返っている。
廊下には血痕が点々と続いている。
兵士たちの死体。
俺たちは奥へと進んだ。
そして……ついに、玉座の間へと辿り着いた。
玉座の間は、血の海と化していた。
国王と重臣たちが、無残な姿で床に転がっている。
皆、胸や腹を深く切り裂かれ、息絶えていた。
「お父様!」
タレア姫が、悲鳴を上げ、国王の亡骸に駆け寄った。
「嘘……」
タレア姫は国王の体を抱きしめる。
震える手で、国王の胸に手をかざした。
淡い光が、タレア姫の手から放たれる。
癒やしの光だ。
「……癒やしの光よ……。どうか、父上に……もう一度、命を……!」
タレア姫は、祈るように呪文を唱えた。
しかし、その光は、すぐに弱々しく揺らぎ、消えてしまう。
失われた命が戻ることはない。
それが自然の摂理というものだった。
俺はタレアの姿を横目で見つつ……。
しかし、一点を見ていた。
王座。
そこには、男が座っている。
血まみれの男。
「来たなユアン。いまや、私こそがエルデ王国の王だ」
ギルフォードは、俺を見て微笑んだ。
日間ランキング入り目指してます!
「面白かった」
「続きが気になる」
「ユアンの活躍が読みたい」
と思ったら
・ブックマークに追加
・広告下の「☆☆☆☆☆」から評価
(面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ!)
をして読み進めていただけると大変励みになります。
よろしくお願いします!