008 ガルドール帝国第三王女、ライジア
ライジアの体から立ち上っていた黒い靄が、徐々に消えていく。
同時に彼女の体から力が抜けていくのが分かった。
俺は、ライジアをそっと床に横たえた。
ライジアの表情が歪む。
激しく咳き込み、血を吐いた。
「ライジア様!」
タレアが近づいていき、ライジアの手を握った。
「……ここは?」
ライジアは、辺りを見回しながら、かすれた声で言った。
「黒曜の塔です。あまり、しゃべらないで」
タレアを俺を見た。
「治療します。良いですね?」
「……話を聞く必要がある。許可する」
タレアは優しい。
幾ら敵であろうとも見捨てられないのだ。
タレア姫は俺の言葉に頷いた。
ライジアの前に腰を下ろす。
そして、両手をライジアの胸にかざし、深く息を吸い込んだ。
「……癒やしの光よ」
タレア姫が静かに呪文を唱え始める。
姫の手から淡く温かい光が放たれ、ライジアの全身を包み込んだ。
しかし、その光は、すぐに弱々しく揺らぎ始めた。
タレア姫は、苦しそうな表情になった。
「魔力が、足りません。それに、ライジア様の傷が深すぎます。もはや、回復できる限界を超えているのかもしれません」
「……私は……一体……」
ライジアは、混乱した様子で自分の体を見下ろした。
「……あなたは、操られていたのです」
俺はライジアに告げた。
「どこまで覚えている? ガルドール帝国はエルデ王国と戦争をしている。お前は、どこまで関わっているんだ」
「覚えていない……わからない……何も……」
ライジアは顔をしかめた。
突然、苦しそうに咳き込む。
再び口から黒い血を吐き出した。
「この方は、長い間、魔力の供給源として利用されていたのです。もはや、魔力はほとんど残っていません」
クララが、悲痛な面持ちで言った。
「何も覚えていないのか」
俺の問いかけを受けて、ライジアは目を開いた。こちらを見た。
「勇者ユアン。エルデ軍に戻ったのか。嘆きの荒野に左遷されたときいて……我が国に来てくれないかと考えていたのに……」
ライジアはゆっくりと息をしていた。
苦しそうな呼吸が聞こえてくる。
「……そうか、少しずつ、思い出してきた」
皆、ライジアの言葉を待っていた。
「……ガルドール帝国は……変わってしまった……」
ライジアは目を閉じた。
「私は、ガルドール帝国第三王女、ライジア。父上は……皇帝陛下は、本来、あんなお方ではなかった……」
息も絶え絶えだが、口調はしっかりとしてきた。
ライジアは遠い過去を思い出すように目を細めた。
タレア姫がライジアの背中を優しくさする。
「……全ては……あの男のせい……」
ライジアは、絞り出すような声で言った。
「……エルデ王国の……宰相……ギルフォード……」
「何……!?」
俺は驚きのあまり声を上げた。
リリアも、タレア姫も、信じられないといった表情でライジアを見つめている。
「ギルフォードが……本当に?」
タレアがライジアに尋ねる。
ライジアは、ゆっくりと途切れ途切れに語り始めた。
「一年ほど前、ギルフォードが、父上に接触してきたんだ。彼は、エルデ王国の情報をガルドール帝国に流すと言った」
「裏切り、か」
俺はつぶやいた。
「その見返りとして、ギルフォードは……父上に……ある約束をさせた」
「……約束?」
「そうだ。戦後……ガルドール帝国の第一王女と婚姻し、王位を継ぐ……と」
俺は、言葉を失った。
リリアが、怒りに震えながら言った。
「……許せない……! ギルフォード! まさか、そんな……!」
「どうして? なぜ、そんな……」
タレア姫が、混乱した様子で尋ねた。
ライジアは、力なく首を横に振った。
「……わからない。でも、ギルフォードは……以前からタレア様に求婚していた」
「ええ、そうだけれども……」
タレアは眉をひそめていた。
「タレア様は、ギルフォードを拒絶した」
そうだった。
タレアは俺と結婚したいと考えていた。
だから、ギルフォードとの婚姻を断ったのだった。
「ギルフォードは、エルデ王国で王になることを諦めた。だから……ガルドール帝国で……」
ライジアは、そこで言葉を詰まらせ、激しく咳き込んだ。
「ライジア様、もう話さないでください!」
タレア姫が、ライジアの体を抱きしめた。
ライジアは俺から目を離さない。
「……お願い……だ……ユアン……」
ライジアは、最後の力を振り絞るように俺に手を伸ばした。
「……あなたの……手を……」
「……ああ」
俺は、ライジアの前にしゃがんだ。
その手をそっと握る。
ライジアの手は、氷のように冷たかった。
「……もはや……ガルドールは……私の……好きだった……国ではない……」
ライジアは、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「……父上も……兄上たちも……ギルフォードに……操られている……。お願いだ……必ず……ギルフォードを……倒して……」
「……ああ」
「……そして……この……戦争を……終わらせて……」
ライジアは、そこで言葉を切り、苦しそうに息を吐き出した。
「……ユアン……あなただけが……頼りだ……」
「……分かった」
俺は、ライジアの手を強く握った。
「必ずお前の願いを叶えてみせる」
俺の言葉を聞くと、ライジアは微かに微笑んだ。
「……ありがとう」
ライジアは、ゆっくりと目を閉じた。
「……ライジア様?」
タレア姫が、ライジアの顔を覗き込んだ。
「タレア……。あなたにお願いすることではないが……。妹が生きていれば……妹を頼みたい……。第四王女、ヴィヴィ……」
かすれた声で、途切れ途切れだった。
「約束します。約束しますから……どうか、生きて」
タレアはライジアのことを、ぎゅっと強く抱きしめた。
しかし、ライジアは、もう二度と目を開けることはなかった。
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