006 地獄の騎士
草原を駆ける。
俺は手綱を握りしめ、馬を駆り立てた。
背後にはクララがしがみついている。
「ユアン殿、もう少し……ゆっくり……」
背後からリリアの声が聞こえてきた。
リリアは背後にクロエを乗せている。
クロエの身を案じてのことだろう。
「すまない。だが、急がなければならない」
「私、大丈夫です」とクロエは強がる。
空を見上げる。
東の空が徐々に白み始めていた。
地平線が、薄紫色から淡いオレンジ色へと色を変えていく。
闇が薄れ、周囲の景色が徐々に輪郭を取り戻しはじめた。
「クララ、あとどれくらいだ?」
背後のクララに尋ねた。
クララは、遠くに見える山々を指差した。
「あの山の向こう側です。このまま進めば、日の出とともに到着できるでしょう」
クララの言葉に、俺は頷いた。さらに手綱を強く握る。
馬の速度が上がった。
やがて、黒曜の塔がその全貌を現した。
想像していたよりも、はるかに巨大で威圧的だ。
塔の周囲には無数のテントが張られていた。
ガルドール帝国軍の兵士たちだ。
見張り台では、弓兵が目を光らせていた。
「明らかに塔を守っていますね。でも、守りが厚すぎる」
タレア姫がつぶやいた。
「隠密行動は不可能だな」俺はつぶやいた。「正面突破するぞ」
「正気ですか」
リリアが俺の顔を見た。
「さあ、わからない」
俺は正気だろうか。そんなことは知らん。
「クララは、姫とクロエと隠れていてくれ」
「はい」
「リリア、ついて来られるか」
リリアは、ぎゅっと目をつぶった。
震える手を必死で止めているようだった。
この数の軍勢に特攻をしかけるなど、自殺行為だと考えているのだろう。
「……大丈夫です」
「安心しろ。お前を死なせたりはしない。行くぞ!」
俺は馬を走らせた。
背後をリリアが追ってくる。
「敵襲だ!」
「持ち場につけ!」
ガルドール帝国軍の兵士たちが、俺の姿に気づき、慌てて動き出す。
だが、もう遅い。
俺は一気に距離を詰める。
馬から跳躍。
手始めに見張り台の兵士を斬り捨てた。
次々と襲い来る兵士たちを、薙ぎ払い、叩き斬り、蹴散らしていく。
強化兵士の力も、耐久力も、今の俺には通用しない。
心眼、神速、剛力……。
俺は持てる全ての力を開放していた。
「化け物……!」
「怯むな! 数で押しつぶせ!」
兵士たちは、恐怖に顔を引きつらせながらも、必死に抵抗する。
だが、俺の進撃は止まらない。
俺は、ただひたすらに、剣を振るい、敵を斬り捨て、突き進んだ。
リリアはついてくるのに必死だが、構っていられない。
「このまま塔まで行くぞ!」
敵を蹴散らしつつ進む。
そして、塔まであと少し……というところまで到達した。
その時、俺の前に、異様な気配が立ちふさがった。
俺は反射的に馬を止めた。
目の前には、全身を黒い鎧で覆った巨大な騎士が立っている。
身長は2メートルを超えるだろうか。
手には、巨大な戦斧を構えている。
鎧の隙間から覗く肌は、土気色で、生気を感じない。
まるで死体が動いているようだ。
「……何者だ?」
俺はつぶやいた。
当然、俺の疑問に答えてくれるはずもなく。
騎士は、無言のまま戦斧を振りかぶった。
「ユアン殿!」
リリアが叫んだ。
俺は馬から飛び降りる。
間一髪で攻撃を回避した。
戦斧が地面に叩きつけられ、砂埃が舞い上がる。
俺は、剣を構え直した。
騎士は再び戦斧を振りかぶる。
その動きは、通常の強化兵士よりも、さらに速く、そして重い。
俺は心眼で騎士の動きを見切り、攻撃をかわしながら、反撃の機会を窺った。
何度か、剣と戦斧がぶつかり合う。
火花が散り、金属音が響き渡る。
幾度も剣で斬りつける。
しかし。
騎士は、痛みを感じないのか、怯む様子は全くない。
人間ではない?
弱点は?
騎士の鎧には、首の部分に隙間があった。
さすがに首を落とせば活動を止めるだろう。
俺は、騎士の鎧の隙間、首の部分に狙いを定めた。
しかし、容易には近づけない。
騎士は巨大な戦斧を振り回し、俺を寄せ付けない。
その時、俺の視界の端にリリアの姿が映った。
リリアは馬に乗ったまま、騎士に向かって突進していく。
リリアは、ちらりとこちらを見た。
言葉は発さずともわかるだろう、とでも言いたげだった。
リリアの瞳には強い決意が宿っていた。
リリアは、自分の命を危険に晒して、俺にチャンスを作ろうとしているのだ。
俺はリリアの覚悟に応えるため、全神経を集中させた。
リリアが、騎士に接近する。
騎士はリリアに気を取られ、動きが一瞬止まった。
俺は、その隙を逃さなかった。
心眼、神速、剛力……全ての力を解放し、地面を蹴った。
一瞬で間合いを詰める。
渾身の力を込めて、剣を振り下ろす。
狙うは、騎士の首。
「……もらった!」
俺の剣が、騎士の首に吸い込まれるように突き刺さる。
ごとん、と首が落ちる。
騎士の体は、それでも動こうとしていたが……ようやく動きを止めた。
「ユアン殿……!」
リリアが息を切らしながら駆け寄ってきた。
「さすが、見事な太刀筋でした」
リリアは、感嘆の声を上げた。
「お前のおかげだ」
俺は短く礼を言った。
リリアがいなければ、もう少し戦いは長引いていたかもしれない。
周囲にいたガルドール帝国軍の兵士たちが、どよめきと共に去っていく。
「追いますか?」
リリアの言葉に、俺は首を左右に振った。
「追撃できるほどの戦力はない」
「ユアン様!」
クララを先頭に、少し遅れてタレア姫とクロエが、俺たちの元へ駆け寄ってきた。
「無事だったのですね!」
タレア姫が安堵の表情で俺を見つめる。
「ユアン様、お怪我はありませんか」
クララが、心配そうに俺の体を見回す。
「大丈夫だ、かすり傷一つない」
俺は、クララに微笑みかけた。
「ユアン、すごい……!」
クロエが目を輝かせながら俺を見つめている。
「……さあ、行くぞ」
俺は、皆に声をかけ、黒曜の塔へと歩き出した。
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