005 戦争の犠牲となる村娘
「黒曜の塔へ向かいましょう」
そのタレアの言葉に、リリアが驚いた表情を見せた。
「姫様。お言葉ですが、ユアン様を連れて王都へ戻らなければ、陥落は時間の問題かと考えます。黒曜の塔に、本当に敵の魔術師がいるとも限りません」
「ええ。わかっています」
タレアはうなずいた。
「包囲された王都には戻るのも難しい。ユアン様ひとりの力で、敵軍全員を倒すのも難しい」
それは、そのとおりだった。
いくら俺の力が強大だろうと、ひとりでは限界がある。
「それならば黒曜の塔を叩きます。それによって、王都の包囲が緩む可能性もあります」
「俺も姫様の案に賛成だ」
「かしこまりました」
そう言って、リリアは深々と頭を下げた。
「よし、決まりだな。黒曜の塔へ向かう」
俺は立ち上がり、宣言した。
「タレア姫は……ここに残るか?」
「いいえ、私も共に向かいます。さきほどの夜襲もありました。ここも安全ではありません」
それに、とタレアは微笑み、こちらを見た。
「ユアン様。あなたのいるところが、世界で一番安全でしょう?」
その言葉に、俺は苦笑を返すしかなかった。
「クララはどうする?」
俺の質問に、クララは驚いたようで目を丸くしていた。
「二年前の言葉をお忘れですか」
「二年前……」
俺達が王都を追放され、嘆きの荒野へ移住した。
「どのようなことがあっても、私はユアン様の傍を離れません。そう宣言したはずです」
クララは笑顔で、そう宣言した。
そして、俺たちは急いで出発の準備に取り掛かった。
持ち物は少ない。
最低限の食料と水くらいのものだった。
数時間後、俺たちはクララの故郷に近い村に到着した。
しかし、そこで目にした光景は、俺たちの想像を絶するものだった。
「ひどい……」
タレア姫が悲痛な声を上げた。
村は、破壊しつくされていた。
家々は燃えている。
道端には無残な姿で横たわる村人たちの遺体。
「……生存者を探しましょう」
リリアが剣を抜き、周囲を警戒しながら言った。
「気をつけろ。敵は、まだ近くにいるぞ」
俺が先導し、クララ、姫、リリアという隊列で進んでいく。
その時、どこからか、女性の嗚咽が聞こえてきた。
下卑た男たちの声も聞こえる。
俺たちは、声のする方へ急いだ。
村の中心部にある広場に、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
「嫌……」
一人の少女が、地面に組み敷かれていた。
少女は、長い黒髪の美しい娘だった。
その顔は、恐怖と絶望に歪んでいる。
少女の周りを、数人の男たちが取り囲んでいる。
皆、興奮した様子で少女を見つめている。
「楽しませてくれよ」
男が、ニヤニヤしながら言った。
「そうだぜ。お前が犠牲になるから、他の子どもには手を出さないって約束だからな」
そう言って、別の男が下品な笑い声を上げた。
「助けて……」
かすれたような声。
その瞬間、俺は動いた。
男たちには、俺が動いたことすら認識できなかっただろう。
心眼。
神速。
剛力。
俺の持つ、全ての力を解放した。
一瞬で間合いを詰め、まず馬乗りになっていた男の首を刎ねた。
流れるような動作で、剣を振るう。
次の瞬間、残りの男たちの首が、胴体から離れていた。
男たちは、何が起こったのか理解できないまま、地面に倒れた。
血飛沫が上がり、広場に生臭い匂いが立ち込める。
少女は怯えた目で俺を見つめていた。
その体は恐怖で小刻みに震えている。
「救うのが遅くなって、すまない」
返事はない。
その代わりに、大粒の涙が頬を伝い、地面に落ちて染みを作った。
リリアが駆け寄り、自分の外套を脱いだ。
傷だらけの少女の体に、上からそっとかけた。
「もう大丈夫です。落ち着いて」
リリアは、優しく、落ち着いた声で少女に語りかける。
次いで、タレア姫が少女へ近づいていった。
少女の額に手をかざす。
「心の傷は癒せませんが……」
タレア姫の手から淡く温かい光が放たれた。
その光は少女の全身を包み込む。
「……ありがとう、ございます」
少女は涙を流しながら、タレア姫にお礼を言った。
「何があったのか、話せるか?」
俺は、できるだけ優しい声で少女に尋ねた。
少女は小さく震えながらも、ゆっくりと頷いた。
「ガルドール帝国軍の兵隊たちが来ました」
少女は、途切れ途切れに話し始めた。
「兵隊たちは、村人たちを、容赦なく殺しました」
俺たちは、黙って少女の話を聞いた。
「お父さんも、お母さんも……目の前で……」
少女は涙をこらえきれず、嗚咽を漏らした。
クララが、少女の背中を優しくさする。
「村の大人たちは、ほとんど殺されました。抵抗する力も、逃げる術もなかった……」
酷い話だ。
「……でも、子どもたちは生きている」
少女はゆっくりと立ち上がり、ある建物を指で示した。
建物の中央には十字架のマークがあった。教会だろう。
「私の身を差し出して、その代わりに、見逃してもらったから」
「子どもたちの様子を見てくる。クララ、ついてきてくれ」
俺は、そう言って教会へと歩いていった。
胸の奥底に、嫌な感情が渦巻いていた。
ゆっくりと教会のドアを開く。
音はなく。光もなく。
そして……生きている者も、いなかった。
「……ひどいですね」
「これが戦争だ」
俺が殺した者にも家族がいるかもしれない。
俺と、ガルドール帝国の兵士に差はない。
正義もなければ悪もない。
戦争とは、そういうものなのだ。
俺とクララは静かに教会を出た。
タレア姫が少女から離れ、こちらへ近づいてきた。
「……ユアン様」
「駄目だった」
俺は小声で答えた。
「このことは、あの子には……」
「ああ、言うな」
俺は、短く答えた。
「わかりました」
「馬はどうだ?」
もともと、この村で馬を借り、黒曜の塔へ向かう予定だった。
「襲撃の際に、村人たちが逃がしたようです。近くの森に逃げ込んでいるかと」
「わかった。あとで探しに行く。あの子どもは、どうする?」
「……ここに置いていくわけにもいきません。連れて行くしかないでしょうか」
足手まといだ、とは思った。
だが、それが姫の選択であれば従おう。
俺はうなずいた。
タレアは少女のほうへ歩いていった。
「あなたの怪我が一番ひどいみたい。他の子たちは、すぐに軍のものが保護します。私たちと一緒に行きましょう」
そう言って、姫は少女に手を差し伸べた。
それは、優しい嘘だった。
タレアの手を、少女の小さな手がつかんだ。
「いい子」タレアは言った。「あなた、お名前は?」
「私はクロエ」
「クロエ」タレアは少女を抱きしめる。「必ず、あなたのような子を……子どもたちを幸せにできる国にします。約束します」
姫の目元からは涙がこぼれていた。
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