003 私の初恋でした
俺の隣にはタレアが寝ている。
窓から差し込む月が、彼女の白い肌を照らしていた。
タレアは目をつむっていた。
流した涙で目元が腫れ、赤くなっている。
「バカな女だ」
俺はつぶやいた。
「バカなどではありません」
その声に驚いた。タレアは目を開けていた。
「……起きてたのか」
「はい」
タレアは、ゆっくりと体を起こした。
寝乱れた姿が、妙に色っぽい。
「私は、バカではありません。後悔もしておりません」
迷いが感じられない。嘘ではなさそうだった。
「少しお話してもよろしいですか?」
タレアは静かに尋ねた。
「ああ」
「……ユアン様が嘆きの荒野で住まなければならなくなったのは、もしかしたら、私のせいかもしれません。そのことを、ずっと謝りたかったのです」
「どういう意味だ? まさか、姫が私を追放したとでも?」
「いいえ。そういうわけではありません」
タレアは、ゆっくりとした口調で話をつづける。
「以前の、ガルドール帝国との戦争のことです。私は、ユアン様が戦う姿を何度か拝見いたしました。ご存知かとは思いますが、私には癒やしの力があります。前線で傷ついた兵士たちの手当をしていたのです」
「知っているさ」
そうだ。
その献身的な姿は美しかった。
「ユアン様は、いつも最前線で戦っていました。傷つき、血を流しながらも、決して怯むことなく、敵に立ち向かっていく。私は、その姿に、心を奪われました」
タレアは、遠くを見るような目で語った。
「そして……私は、父上にこう申し上げたのです。『私は、ユアン様と結婚したい』と」
俺は驚いてタレアを見た。
「私の初恋でした」
タレアは微笑んだ。
「だから、後悔なんてするわけがないでしょう?」
俺は何も言えなかった。
「私は、もともと宰相のギルフォード様と結婚する予定でした。ギルフォード様は……父上の側近の中でも、特に権力欲の強い方です。私との結婚も、自分の地位を盤石にするための手段としか考えていなかったのでしょう」
俺は黙ったまま、タレアの話をきいていた。
「私がユアン様との結婚を望んだことで、ギルフォード様は、自分の立場が危うくなると感じたのかもしれません。だから……父上に、ユアン様の悪い噂を吹き込んだのでしょう」
あり得そうな話だった。
俺は、タレアの言葉に、怒りよりも、むしろ呆れを感じていた。
その時、小屋の外から激しい金属音と怒号が聞こえてきた。
俺は、寝台から飛び降りた。
剣を掴んだ。タレアも、慌てて身支度を整える。
「姫様! ご無事ですか!」
外から、リリアの声が聞こえた。
「リリア! 一体なにが」
「敵襲です! 何者かが、姫様を狙って……!」
リリアの声は、途中で悲鳴に変わった。
「じっとしていろ」
俺は、タレアにそう言うと、小屋の外に飛び出した。
荒野は月明かりに照らされている。
リリアは四人の男たちに囲まれていた。
「リリア! 大丈夫か!?」
俺は、叫びながら駆け寄った。
「ユアン殿! 助太刀、感謝します!」
男たちの服装は統一されていない。
傭兵のようにも、盗賊のようにも見える。
しかし、その動きは素人ではない。
明らかに、訓練された兵士だ。
「任せろ」
俺は、剣を構えた。
人を切るのは久々だった。
久しく感じていなかった、血の匂いと、死の気配が、俺の感覚を研ぎ澄ませる。
こいつらは、ただの傭兵や盗賊ではなさそうだ。
男たちの動きは、洗練されていた。連携も取れている。
おそらく、どこかの国の正規軍か、それに準ずる組織の兵士だろう。
だが、今の俺には、そんなことは関係ない。
俺は深く息を吸い込み、そして、一気に吐き出した。
瞬間、俺の体の中で、何かが弾けた。
それは、かつての戦争で幾多の死線をくぐり抜ける中で身につけた、特殊な力。
常人には理解できない、超常の力。
心眼。
全ての感覚が極限まで研ぎ澄まされ、周囲の状況を完全に把握する。
敵の動き、呼吸、殺気、全てが手に取るように分かる。
神速。
思考と肉体が完全に同期し、常人の数倍の速度で動くことができる。
剛力。
全身の筋肉が活性化し、凄まじい膂力を発揮する。
それが、俺の持つ力だった。
俺は、まるで自分が剣と一体化したかのような感覚を覚えた。
体は軽く、思考は冴え渡り、全身に力が漲る。
俺は地を蹴った。
次の瞬間、俺の姿は男たちの視界から消えた。
「な……!?」
「消え……!?」
男たちが、驚愕の声を上げる。だが、もう遅い。
俺は風のように動き、男たちの間をすり抜け、次々と急所を斬り裂いていく。
一閃。男の首が飛ぶ。
二閃。男の胴が両断される。
三閃。男の心臓が貫かれる。
男たちは、何が起こったのか理解できないまま、血飛沫を上げて倒れていく。
「化け物……!」
生き残った男が、恐怖に引きつった顔で、俺を見つめた。
その目は、完全に戦意を喪失している。
俺は冷たく笑った。
「たしかに、俺は化け物かもしれないな」
俺は男に剣を突きつけた。
「誰の差し金だ? 言え」
男は、口を噤んだ。
「言わないのであれば…死ね」
俺は容赦なく剣を振り下ろした。
男の絶叫が、荒野に響き渡った。
「終わったぞ」
俺は剣を鞘に納め、リリアに声をかけた。
リリアは呆然とした表情で、俺を見つめていた。
「ユアン殿……さすがです。腕は鈍っていませんね」
「本調子じゃないがな。それで、こいつらの正体は?」
「わかりません。私と姫を、王都からつけてきていたようですが……」
「とりあえず、今後のことを決めよう。俺は、誰を殺せば良い?」
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