013 鬼畜勇者
早朝。俺はクララと共に、クロエの家族の墓を訪れていた。
墓に祈っているときだった。
「鬼畜勇者」とクララがつぶやいた。
反論しようかと思ったが、やめておいた。
「ユアン様は、どうされるのですか?」
「どうされる、とは?」
「どなたと結婚されるのですか?」
「……特に考えてはいないが」
「手当たり次第、孕ませるおつもりですか?」
「人をけだものみたいに言うな……」
まあ、言われても仕方がないといえば仕方がないが。
「昨晩、夢を見ました。嘆きの荒野にいた頃の夢です」
「悪夢か?」
「いいえ。懐かしい夢でした。あの頃は……大変でしたけど、でも、楽しかったです。幸せでした」
「……いまは、幸せじゃないのか?」
「いいえ。ユアン様のお側にいられて、幸せですよ。でも……。もう、ユアン様は私だけのものではないのが、辛いです」
「安心しろ。あのとき、お前がついてきてくれたときから、ずっと、俺はお前のものだ」
「……本当ですか?」
「ああ」
俺はクララに感謝していた。
普段、言うことはなかったが……。
こんなときくらい、言っても良いと思った。
「プロポーズということで良いですか?」
「それは良くない」
俺は決断を先延ばしにすることにした。
生き急いではならない。
ゆっくり生きないと。
墓参りを終え、村を出ようとすると、背後から呼び止められた。
「ユアン様!」
振り返ると、クロエが息を切らして走ってくる。
「どうした?」
「あの……その……」
クロエは言い淀みながらも、意を決したように顔を上げた。
「私も、一緒に連れて行ってください!」
予想外の言葉だった。
驚いた。
急に何を言い出すのか……。
俺は返答に困っていた。
「ユアン様と一緒にいたいんです。そして、どんな世界があるのか、もっと知りたい。考えながら、生きてみたいんです」
クロエの瞳は強い光を宿していた。
そこには、もう昨夜までの怯えや悲しみは感じられない。
「……危険な旅になるぞ」
「覚悟の上です。私、足手まといにはなりません。村のみんなを守るために、剣の稽古も始めたんです」
クロエは腰に下げた小さな剣を見せた。
細身の剣で、俺にとってはおもちゃにしか思えないが……。
「やめておけ。お前に剣は似合わない」
「……強くならないと、大切なものが守れませんから」
ふむ……。
どうしたものか……。
「……クララ、どう思う?」
俺は隣に立つクララに意見を求めた。
うまいこと言って、クロエをこの街に置いていきたかったのだが。
「良いのではありませんか?」
クララは、あっさりと答えた。
「ユアン様も、私には飽きているようですし」
「……飽きてなどいない」
俺の言葉に、クララはいたずらっぽく微笑んだ。
「冗談です。でも、クロエさんの気持ちもよく分かります。ユアン様は、ご自分の魅力に無自覚すぎます」
「……魅力なんてあるわけがないだろう」
自分では、そんなものがあるとは微塵も思えないのだが。
「一緒に連れていきましょう。ユアン様が責任を取るべきです」
クララは、きっぱりと言い切った。
さらに言葉をつづける。
「一度拾った子犬は、最後まで面倒を見るべきですよ」
「子犬ではないが……」
俺はクロエを見た。
クロエは、真っ直ぐな瞳で俺を見つめている。
その瞳には、強い意志と、ほんの少しの不安が入り混じっていた。
うーん。たしかに、言われてみれば犬っぽいかもしれないな……。
「……分かった。一緒に行こう」
俺は短く答えた。
「ただし、クララの言うことをよく聞くんだ。戦いになったとき、お前のことを守りきれるかはわからない。それでも良いか」
「はい!」
クロエは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます! ユアン様、クララ様!」
やれやれ。
まあ……クララも、この街以外を見て、いろいろと学ぶべき時期ではあるだろう。
俺達は村人に別れを告げ、出発した。
二頭の馬で移動している。
俺の後ろにはクロエを乗せていた。
少し遅れて、クララがついてきている。
数時間、誰とも会わないままだった。
昼を過ぎ、そろそろ夕方に差し掛かろうかという頃合いだ。
「ユアン様、そろそろ野営の準備をしませんか?」
クララが周囲を見渡しながら言った。
まだ、もう少し進める気もしたが……。
そろそろエルデ王国の領地の端も近い。
それに、クロエも旅の初日だ。疲れているかもしれない。
「わかった。……あそこはどうだ?」
俺は少し先に開けた場所を指差した。
小高い丘のようになっている土地で、見晴らしが良い。
中央には小さな焚き火跡がある。
「良い場所ですね。というか、良い場所過ぎます」
俺達は近づいていった。
クララが馬から降りて、焚き火跡を調べていた。
「何者かが最近まで使っていたようです」
「……気をつけろ。まだ、近くにいるかもしれない」
俺は周囲に警戒を促した。
クロエは、少し緊張した面持ちで、腰の剣に手をかけている。
俺たちは馬から降り、荷物を下ろした。
クララが手際よく焚き火の準備を始める。
クロエは、周囲を警戒しながら、薪を集めてきた。
火が安定した頃、俺は、周囲の様子を探りに出かけた。
明らかに視線を感じていた。
少し歩くと、木々の陰から人の気配がした。
「……誰だ」
俺の声を受け、木陰から数人の男たちが現れた。
皆、薄汚れた服を着て、疲れた表情をしている。
手に手に、剣や槍、斧といった武器を持っていた。
「……あんたたち、何者だ?」
一人の男が、警戒した様子で尋ねてきた。
男は、痩せこけた頬に、鋭い目つきをしている。
その目は、まるで飢えた狼のようだ。
「俺たちは、旅の者だ。そこで野営をしようと思ってな」
「……旅の者だと? こんな時に?」
男は疑いの目を向けてくる。
その目は、俺たちの荷物や馬を、値踏みするように見ている。
「……食料をよこせ」
男は単刀直入に言った。
その声には、切迫した響きがあった。
「俺たちは、何日もまともな食事をしていないんだ」
クロエのいた村で、食料は十分に補充してきた。
少しなら分けてやることもできるが……。
「お前たちは、何者だ?」
俺の問いに、男は答えた。
「俺たちは、ガルドール帝国の少数民族、バルグ族だ」
「バルグ族……?」
俺は、聞き覚えのない名前に、首をかしげた。
「ああ。俺たちは、ずっと、ガルドール帝国の南の果てで、ひっそりと暮らしてきた。だが……他国の軍隊が侵攻してきて、俺たちの村は焼かれ、多くの仲間が殺された」
男は悔しそうに顔を歪めた。
「俺たちは生き残るために、逃げてきたんだ。だが、食料も、水も、もう尽きかけている……」
男の背後には、数人の女子どもが、怯えたように身を寄せ合っていた。
皆、痩せ細り、顔色は悪い。
中には、幼い子供を抱いている者もいた。
「……仲間に聞いてみる」俺はそう言った。「ひとりだけついてこい」
クロエに決めさせよう。
俺は、そう考えたのだった。
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