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国を救った最強の英雄なのに荒野に追放された。二年後、戦争に参戦しろと言われたので、報酬として姫の体を所望した。  作者: 河東むく
第二章

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013 鬼畜勇者

 早朝。俺はクララと共に、クロエの家族の墓を訪れていた。


 墓に祈っているときだった。


「鬼畜勇者」とクララがつぶやいた。


 反論しようかと思ったが、やめておいた。


「ユアン様は、どうされるのですか?」


「どうされる、とは?」


「どなたと結婚されるのですか?」


「……特に考えてはいないが」


「手当たり次第、孕ませるおつもりですか?」


「人をけだものみたいに言うな……」


 まあ、言われても仕方がないといえば仕方がないが。


「昨晩、夢を見ました。嘆きの荒野にいた頃の夢です」


「悪夢か?」


「いいえ。懐かしい夢でした。あの頃は……大変でしたけど、でも、楽しかったです。幸せでした」


「……いまは、幸せじゃないのか?」


「いいえ。ユアン様のお側にいられて、幸せですよ。でも……。もう、ユアン様は私だけのものではないのが、辛いです」


「安心しろ。あのとき、お前がついてきてくれたときから、ずっと、俺はお前のものだ」


「……本当ですか?」


「ああ」


 俺はクララに感謝していた。

 普段、言うことはなかったが……。

 こんなときくらい、言っても良いと思った。


「プロポーズということで良いですか?」


「それは良くない」


 俺は決断を先延ばしにすることにした。

 生き急いではならない。

 ゆっくり生きないと。


 墓参りを終え、村を出ようとすると、背後から呼び止められた。


「ユアン様!」


 振り返ると、クロエが息を切らして走ってくる。


「どうした?」


「あの……その……」


 クロエは言い淀みながらも、意を決したように顔を上げた。


「私も、一緒に連れて行ってください!」


 予想外の言葉だった。

 驚いた。


 急に何を言い出すのか……。

 俺は返答に困っていた。


「ユアン様と一緒にいたいんです。そして、どんな世界があるのか、もっと知りたい。考えながら、生きてみたいんです」


 クロエの瞳は強い光を宿していた。

 そこには、もう昨夜までの怯えや悲しみは感じられない。


「……危険な旅になるぞ」


「覚悟の上です。私、足手まといにはなりません。村のみんなを守るために、剣の稽古も始めたんです」


 クロエは腰に下げた小さな剣を見せた。

 細身の剣で、俺にとってはおもちゃにしか思えないが……。


「やめておけ。お前に剣は似合わない」


「……強くならないと、大切なものが守れませんから」


 ふむ……。

 どうしたものか……。


「……クララ、どう思う?」


 俺は隣に立つクララに意見を求めた。

 うまいこと言って、クロエをこの街に置いていきたかったのだが。


「良いのではありませんか?」


 クララは、あっさりと答えた。


「ユアン様も、私には飽きているようですし」


「……飽きてなどいない」


 俺の言葉に、クララはいたずらっぽく微笑んだ。


「冗談です。でも、クロエさんの気持ちもよく分かります。ユアン様は、ご自分の魅力に無自覚すぎます」


「……魅力なんてあるわけがないだろう」


 自分では、そんなものがあるとは微塵も思えないのだが。


「一緒に連れていきましょう。ユアン様が責任を取るべきです」


 クララは、きっぱりと言い切った。

 さらに言葉をつづける。


「一度拾った子犬は、最後まで面倒を見るべきですよ」


「子犬ではないが……」


 俺はクロエを見た。

 クロエは、真っ直ぐな瞳で俺を見つめている。

 その瞳には、強い意志と、ほんの少しの不安が入り混じっていた。


 うーん。たしかに、言われてみれば犬っぽいかもしれないな……。


「……分かった。一緒に行こう」


 俺は短く答えた。


「ただし、クララの言うことをよく聞くんだ。戦いになったとき、お前のことを守りきれるかはわからない。それでも良いか」


「はい!」


 クロエは満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうございます! ユアン様、クララ様!」


 やれやれ。

 まあ……クララも、この街以外を見て、いろいろと学ぶべき時期ではあるだろう。


 俺達は村人に別れを告げ、出発した。


 二頭の馬で移動している。

 俺の後ろにはクロエを乗せていた。

 少し遅れて、クララがついてきている。


 数時間、誰とも会わないままだった。

 昼を過ぎ、そろそろ夕方に差し掛かろうかという頃合いだ。


「ユアン様、そろそろ野営の準備をしませんか?」


 クララが周囲を見渡しながら言った。


 まだ、もう少し進める気もしたが……。


 そろそろエルデ王国の領地の端も近い。

 それに、クロエも旅の初日だ。疲れているかもしれない。


「わかった。……あそこはどうだ?」


 俺は少し先に開けた場所を指差した。

 小高い丘のようになっている土地で、見晴らしが良い。

 中央には小さな焚き火跡がある。


「良い場所ですね。というか、良い場所過ぎます」


 俺達は近づいていった。


 クララが馬から降りて、焚き火跡を調べていた。


「何者かが最近まで使っていたようです」


「……気をつけろ。まだ、近くにいるかもしれない」


 俺は周囲に警戒を促した。

 クロエは、少し緊張した面持ちで、腰の剣に手をかけている。


 俺たちは馬から降り、荷物を下ろした。

 クララが手際よく焚き火の準備を始める。

 クロエは、周囲を警戒しながら、薪を集めてきた。


 火が安定した頃、俺は、周囲の様子を探りに出かけた。

 明らかに視線を感じていた。


 少し歩くと、木々の陰から人の気配がした。


「……誰だ」


 俺の声を受け、木陰から数人の男たちが現れた。

 皆、薄汚れた服を着て、疲れた表情をしている。

 手に手に、剣や槍、斧といった武器を持っていた。


「……あんたたち、何者だ?」


 一人の男が、警戒した様子で尋ねてきた。

 男は、痩せこけた頬に、鋭い目つきをしている。

 その目は、まるで飢えた狼のようだ。


「俺たちは、旅の者だ。そこで野営をしようと思ってな」


「……旅の者だと? こんな時に?」


 男は疑いの目を向けてくる。

 その目は、俺たちの荷物や馬を、値踏みするように見ている。


「……食料をよこせ」


 男は単刀直入に言った。

 その声には、切迫した響きがあった。


「俺たちは、何日もまともな食事をしていないんだ」


 クロエのいた村で、食料は十分に補充してきた。

 少しなら分けてやることもできるが……。


「お前たちは、何者だ?」


 俺の問いに、男は答えた。


「俺たちは、ガルドール帝国の少数民族、バルグ族だ」


「バルグ族……?」


俺は、聞き覚えのない名前に、首をかしげた。


「ああ。俺たちは、ずっと、ガルドール帝国の南の果てで、ひっそりと暮らしてきた。だが……他国の軍隊が侵攻してきて、俺たちの村は焼かれ、多くの仲間が殺された」


 男は悔しそうに顔を歪めた。


「俺たちは生き残るために、逃げてきたんだ。だが、食料も、水も、もう尽きかけている……」


 男の背後には、数人の女子どもが、怯えたように身を寄せ合っていた。

 皆、痩せ細り、顔色は悪い。

 中には、幼い子供を抱いている者もいた。


「……仲間に聞いてみる」俺はそう言った。「ひとりだけついてこい」


 クロエに決めさせよう。

 俺は、そう考えたのだった。

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