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国を救った最強の英雄なのに荒野に追放された。二年後、戦争に参戦しろと言われたので、報酬として姫の体を所望した。  作者: 河東むく
第二章

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012 自分の身体が汚く思えて、苦しくて……。

 タレアからの報酬を受け取り、俺はクララと共に王都を出発した。


 馬を走らせる。

 街道は少しずつ整備が進んでいるようだった。


 そろそろ日が落ちる頃合いだ。

 空が茜色に染まり、肌を撫でる風も冷たくなってきた。


「ユアン様、ひとまずクロエのいた村を目指しましょう。もう時間も遅いですし、そこで一晩を明かすというのは、どうでしょうか」


 クララが馬上で地図を広げながら提案した。


「ああ、そうしよう」


 馬の速度を上げ、クロエの村を目指す。


 しばらく走ると、遠くに村の灯りが見えてきた。


 村は、まだ惨憺たる状況だった。

 しかし、少しだけ人が戻ってきている。


「ユアン様!」


 馬を停めていると、聞き覚えのある声がした。

 振り返ると、クロエが立っていた。

 久しぶり……というほどでもないが、しばらく一緒にいたので、懐かしい気持ちにはなった。


「……元気か」


「はい! ユアン様もお元気そうで何よりです」


 クロエは俺の顔をじっと見つめると、少し照れたように微笑んだ。


 俺は、クロエに現在の状況を説明した。

 ガルドール帝国を目指していること。

 和平の道を模索していること……などだった。


「……和平だなんて、嫌です」


「どうしてだ?」


「私は……私たちは、ひどい目にあわされました。肉体的にも、精神的にも。怖くて、眠れない夜だってあります。自分の身体が汚く思えて、苦しくて……。死にたくなるときもある」


 クロエは、あのときのことを思い出しているのだろう。

 体が震えていた。


 俺は、黙ってクロエの言葉を聞いていた。


「そんなやつらと仲良くなんて、できません。全員、殺してやりたい」


 俺は、なんと答えるか迷った。

 クロエの言ったことに反論は簡単だが……。

 それで片付く話ではない。


「いまは、それでいい」俺はクロエを肯定した。「生き急ぐな。急いで決断するな。焦らず、ゆっくり考えながら生きろ」


 クロエは涙を流していた。

 なぜかはわからない。


 俺は、クロエを抱きしめた。

 彼女の矮躯は、力を込めると潰れてしまいそうなほどだった。


 戦争とは、お互い様である。

 恐らく、エルデ王国の兵士たちも、ガルドール帝国の民にひどいことをしている。

 殺し、殺され、犯し、犯され……。


 だが、そんなことを当事者のクロエに言っても仕方がない。


 いまの俺にできるのは、戦うことだけだ。

 戦って、戦って、戦い抜いて……。

 争いのない世界をつくる。

 はたして、そんなことが可能なのだろうか。

 俺は、そんなことを考えた。


 しばらくして、クロエは顔を上げた。


「……すみません、取り乱してしまって」


「いや、気にするな」


「今日は、うちに泊まっていってください。ユアン様のおかげで、おうちも住める状態になりましたから」


 クロエは、そう言って、はにかんだように微笑んだ。


 クロエの家は質素な造りであることに変わりはない。

 かつて、壁が打ち壊されたのであろう。

 その部分だけが新しくなっていた。


 夕食は、村人たちが持ち寄ってくれた食材で作った、素朴だが温かい料理だった。

 俺とクララは、クロエにご馳走になった。


 夜になり、俺は寝室に通された。

 かつて、クロエの父と母が寝ていたというベッドだ。

 クララは、クロエの姉の部屋へ案内されていた。


 さて、眠ろうか……と思ったところで、ドアが開いた。

 そこにいたのはクロエだった。


「……あの、ユアン様」


 クロエが、小さな声で俺を呼んだ。


「どうした?」


「……その、もしよろしければ、一緒に寝ていただけませんか?」


 クロエは顔を真っ赤にしながら、そう言った。

 その瞳は、不安と期待が入り混じったような、複雑な光を宿している。


「男が怖くはないのか」


「怖いです。誰かに話しかけられると、息ができなくなるときもあります。特に、夜になると、怖くて……」


「それなら、どうして」


「ユアン様は、怖くないから」


「……俺も男だ。どうなっても知らんぞ」


 俺の言葉に、クロエは一瞬怯んだような表情を見せた。

 しかし、すぐに決意を込めた視線を俺に向けた。


「どうなっても良いと思っているわけではありません。私の辛い記憶を、ユアン様に忘れさせてほしいんです」


 はっきりと言い放った。

 その声は、微かに震えている。


「……分かった」


 俺は短く答え、ベッドの端に腰掛けた。

 クロエは、ゆっくりと俺の隣に近づき、そっと布団の中に潜り込んでくる。


 ふとクララを連想した。

 寒い冬になると、クララも俺の布団に潜り込んでくる。


「……ユアン様」


クロエが、小さな声で俺の名前を呼んだ。


「……何だ?」


「……私、ずっと考えてたんです。どうして、ユアン様は私を助けてくれたんだろうって」


「正直に言えば、成り行きだ。黒曜の塔へ向かっているとき、たまたま寄って、たまたま倒した。それだけだ」


「私、ユアン様に何も返せてない。だから……」


 クロエは、そこで言葉を切り、俺の顔をじっと見つめた。


「……私にできることなら、何でもします」


 その言葉は、まるで祈りのように聞こえた。


 俺は、クロエの頬にそっと手を伸ばした。

 その肌は、まだ幼さを残している。


「……お前は、何も悪くない。何も返す必要はない」


 俺は、絞り出すように言った。


「悪いのは戦争だ。お前を傷つけた奴らだ。だから……お前は、何も背負う必要はない」


「……でも」


「もう、何も心配するな。ゆっくり生きろ」


 俺はクロエを強く抱きしめた。

 その体は、俺が思っていた以上に小さく、そして脆く思えた。

 この肉体が、どれだけ傷つけられたのか……。


 クロエは俺の胸に顔を埋め、小さく嗚咽を漏らし始めた。


 ……夜が更け、静寂が部屋を満たす。

 室内は暑く感じられた。

 とにかく気だるい。


 隣で寝ているクロエの寝息が聞こえてきた。

 俺はクロエの温もりを感じながら、様々な思いを巡らせていた。

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