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国を救った最強の英雄なのに荒野に追放された。二年後、戦争に参戦しろと言われたので、報酬として姫の体を所望した。  作者: 河東むく
第二章

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011 今度の依頼も、報酬は前払いでもらえるんだろうな?

 俺はタレアに呼び出され、王座の間へと訪れていた。


 玉座の間は、未だ血の匂いが消えない。

 国王と、多くの忠臣たちの亡骸は、すでに運び出されていたが……。

 床に残る赤黒い染みは、あの日の惨劇を雄弁に物語っていた。


 俺とタレア以外には誰もいない。

 人払いをしてくれたようだ。


「よくぞ来ていただきました」


 タレアは笑顔で迎え入れてくれる。

 着ている服は黒だった。

 喪に服していることを意味しているのだろう。


 俺は、王座の間を見て後悔していた。

 あと少し……もう少しだけ速く王都についていたら……。

 王を救えたかもしれない。

 タレアを悲しませなくて済んだかもしれない。


 タレアは俺の心中を察したのか、優しく微笑んだ。


「ユアン様。どうか、そのようなお顔をなさらないで。あなたは、この国を救った勇者です。ギルフォードを討ち、ガルドール帝国との戦いを終わらせてくださった。心より感謝しております」


 タレアは深々と頭を垂れた。


「……礼を言われるようなことは、何もしていない」


 絞り出すように答える。

 俺がギルフォードを倒したのは、個人的な復讐のためだ。

 国を救ったなどと、英雄視されるいわれはない。


「ユアン様……」


 タレアは悲しげな表情で俺を見つめた。

 そして、意を決したように顔を上げ、告げた。


「ユアン様、私と……結婚していただけませんか。結婚して、この国を導いていただけませんか」


 不意の言葉に息を呑む。

 タレアの瞳は真剣だ。

 冗談や、その場の思いつきではないことが分かる。


「……断る」


 俺は即答した。


「……なぜですか? 理由を聞いても構いませんか?」


 驚きと悲しみが入り混じった表情で、タレアが問いかける。


「俺は、ただ生まれつき強いだけの人間だ。王の器じゃない」


「……ユアン様は、ご自身を過小評価しすぎています。あなたは、この国で最も強く、最も優しい。私は、あなたを心から尊敬しています」


 タレアは、俺の目を真っ直ぐに見つめ、そう告げた。


 それでも、俺は首を縦に振れなかった。


「軍にも戻っていただけないのですか」


「どこかに所属するっていうのが、どうもな。性に合わん。俺はひとりのほうが向いていると思う」


「そうですか」


 タレアはしばらく黙っていたが、ゆっくりとうなずいた。


「私の初めてを無理やり奪っておいて、ひどい人」


 タレアはそう言って、少しだけ頬を膨らませた。

 冗談めかしてはいるが、その瞳には、ほんの少しだけ非難の色が見え隠れする。


 俺は……何も言えなかった。


「……冗談です」


 タレアは、ふっと微笑んだ。


「今は、そんなことを言っている場合ではありませんものね」


 そう言うと、タレアは居住まいを正し、真剣な眼差しで俺を見つめた。


「ユアン様、実は、お伝えしなければならないことがあります」


「……何だ?」


「実は……子どもができました」


「は?」


「私とユアン様の子です」


「はぁ?」


 頭の中が真っ白になった。

 いや、たしかに、あの晩は……。

 いや、とはいえ、いくらなんでも、早すぎるのでは?


「まあ、嘘ですけど」


 タレアは微笑んだ。


 俺は大いに困っていた。いや、今も困惑している。


 タレアはクスクスと笑っているが、その目はどこか試すような光を宿しているようにも見えた。


「話っていうのは、それだけか? 帰るぞ……」


「冗談ですよ。ちょっとユアン様を困らせたくて」


 俺は大いに困っていた。


 ようやく本題に入るらしい。


 タレアは真剣な表情になった。


「ガルドール帝国の件です。現在、かつてガルドールに制圧されていた諸国の軍が、帝国の主要都市を占拠している状況です」


「……ああ」


 予想はしていた。長年、ガルドールに虐げられてきた国々だ。

 復讐の機会を窺っていても、何も不思議はない。


「エルデ王国としては、この状況を利用して、ガルドール帝国を完全に叩き潰すことも可能です」


 タレアは、淡々とした口調で言った。

 その言葉に、俺はわずかな違和感を覚えた。


「……お前らしくないな」


 つい口をついて出た。

 タレアは争いを好まない。

 平和を愛し、慈悲深い心を持つ女だ。

 そんな彼女が、他国を滅ぼすなどと……。


「……ええ、そうですね。臣下のなかには、そういう意見を持つものもいるということです。私は、やはり争いは望みません。できることなら、ガルドールとも、平和的な解決の道を探りたい」


 タレアは、そこで再び俺に視線を戻した。


「ユアン様、あなたにはガルドール帝国へ行っていただきたいのです。ガルドール帝国の現状を、その目で確かめてきていただきたいのです。そして……可能であれば、交渉できる相手を探してほしい」


「交渉、だと?」


「はい。ガルドール帝国が完全に崩壊してしまうと、エルデ王国にとっても、非常に困ったことになるのです」


 タレアは、そこで一度言葉を切り、苦しげに顔を歪めた。


「……詳しく話せ」


 俺がうながすと、タレアは重い口を開いた。


「ガルドール帝国は、長年、この地域の軍事バランスを保つ、ある種の『おもり』となっていました。周辺諸国は、ガルドールという共通の脅威があるからこそ、互いに牽制し合い、大規模な戦争を避けてきたのです」


 なるほどな。


「もし、ガルドールが完全に消滅すれば、その均衡は崩壊します。抑え込まれていた小国同士の争いが激化し、この地域全体が、再び戦火に包まれる可能性が高いのです。それだけは、絶対に避けねばなりません。そこで、ユアン様にはガルドール帝国内で、穏健派を探し出していただきたいと考えています」


「穏健派ね……」


「はい。ガルドール帝国の中にも、戦争を望まない者は必ずいるはずです。そういった者たちをまとめ上げ、新たな指導者として擁立できれば、混乱を最小限に抑え、平和的な解決への道が開けるかもしれません」


 タレアの言葉は、理想論のようにも聞こえるが、可能性がゼロではないことも確かだ。


「だが、どうやってそんな相手を見つける? ガルドール帝国の内情なんて、俺にはさっぱりだ」


「ええ、ですから、まずは情報収集からお願いしたいのです。あなたの圧倒的な力があれば、混乱する帝国内でも、比較的自由に動けるはずです」


 そうだな。まあ、クララと一緒に行くか……。


「そして、もう一つ……」


 タレアは、そこで言葉を切り、少し言いづらそうに続けた。


「実は、ガルドール帝国の第四王女、ヴィヴィ様が、何者かにさらわれたという噂があるのです」


「さらわれた、だと?」


「はい。確かな情報ではありませんが……もし、ヴィヴィ様が無事であれば、彼女こそが、穏健派の中心人物となり得るかもしれません」


 ライジアの言葉が、脳裏をよぎる。彼女は、ヴィヴィをタレアに託した。


「ヴィヴィ様は、以前から、他国との融和を訴えていたと聞いています。しかし、そのために、強硬派から疎まれ、命を狙われているという噂も……」


「……つまり、そのヴィヴィって女を見つけ出して、穏健派のトップに据えろってことか?」


「はい……それが、最も望ましい形です」


 タレアは、真剣な眼差しで俺を見つめた。


「もちろん、簡単なことではないでしょう。危険も伴います。ですが……ユアン様、あなたにしか、この任務は果たせないのです。お願いできますか?」


「……今度の依頼も、報酬は前払いでもらえるんだろうな?」


「ええ、当然です」


 そう言って、タレアは自身の服に手をかけた。

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