011 今度の依頼も、報酬は前払いでもらえるんだろうな?
俺はタレアに呼び出され、王座の間へと訪れていた。
玉座の間は、未だ血の匂いが消えない。
国王と、多くの忠臣たちの亡骸は、すでに運び出されていたが……。
床に残る赤黒い染みは、あの日の惨劇を雄弁に物語っていた。
俺とタレア以外には誰もいない。
人払いをしてくれたようだ。
「よくぞ来ていただきました」
タレアは笑顔で迎え入れてくれる。
着ている服は黒だった。
喪に服していることを意味しているのだろう。
俺は、王座の間を見て後悔していた。
あと少し……もう少しだけ速く王都についていたら……。
王を救えたかもしれない。
タレアを悲しませなくて済んだかもしれない。
タレアは俺の心中を察したのか、優しく微笑んだ。
「ユアン様。どうか、そのようなお顔をなさらないで。あなたは、この国を救った勇者です。ギルフォードを討ち、ガルドール帝国との戦いを終わらせてくださった。心より感謝しております」
タレアは深々と頭を垂れた。
「……礼を言われるようなことは、何もしていない」
絞り出すように答える。
俺がギルフォードを倒したのは、個人的な復讐のためだ。
国を救ったなどと、英雄視されるいわれはない。
「ユアン様……」
タレアは悲しげな表情で俺を見つめた。
そして、意を決したように顔を上げ、告げた。
「ユアン様、私と……結婚していただけませんか。結婚して、この国を導いていただけませんか」
不意の言葉に息を呑む。
タレアの瞳は真剣だ。
冗談や、その場の思いつきではないことが分かる。
「……断る」
俺は即答した。
「……なぜですか? 理由を聞いても構いませんか?」
驚きと悲しみが入り混じった表情で、タレアが問いかける。
「俺は、ただ生まれつき強いだけの人間だ。王の器じゃない」
「……ユアン様は、ご自身を過小評価しすぎています。あなたは、この国で最も強く、最も優しい。私は、あなたを心から尊敬しています」
タレアは、俺の目を真っ直ぐに見つめ、そう告げた。
それでも、俺は首を縦に振れなかった。
「軍にも戻っていただけないのですか」
「どこかに所属するっていうのが、どうもな。性に合わん。俺はひとりのほうが向いていると思う」
「そうですか」
タレアはしばらく黙っていたが、ゆっくりとうなずいた。
「私の初めてを無理やり奪っておいて、ひどい人」
タレアはそう言って、少しだけ頬を膨らませた。
冗談めかしてはいるが、その瞳には、ほんの少しだけ非難の色が見え隠れする。
俺は……何も言えなかった。
「……冗談です」
タレアは、ふっと微笑んだ。
「今は、そんなことを言っている場合ではありませんものね」
そう言うと、タレアは居住まいを正し、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「ユアン様、実は、お伝えしなければならないことがあります」
「……何だ?」
「実は……子どもができました」
「は?」
「私とユアン様の子です」
「はぁ?」
頭の中が真っ白になった。
いや、たしかに、あの晩は……。
いや、とはいえ、いくらなんでも、早すぎるのでは?
「まあ、嘘ですけど」
タレアは微笑んだ。
俺は大いに困っていた。いや、今も困惑している。
タレアはクスクスと笑っているが、その目はどこか試すような光を宿しているようにも見えた。
「話っていうのは、それだけか? 帰るぞ……」
「冗談ですよ。ちょっとユアン様を困らせたくて」
俺は大いに困っていた。
ようやく本題に入るらしい。
タレアは真剣な表情になった。
「ガルドール帝国の件です。現在、かつてガルドールに制圧されていた諸国の軍が、帝国の主要都市を占拠している状況です」
「……ああ」
予想はしていた。長年、ガルドールに虐げられてきた国々だ。
復讐の機会を窺っていても、何も不思議はない。
「エルデ王国としては、この状況を利用して、ガルドール帝国を完全に叩き潰すことも可能です」
タレアは、淡々とした口調で言った。
その言葉に、俺はわずかな違和感を覚えた。
「……お前らしくないな」
つい口をついて出た。
タレアは争いを好まない。
平和を愛し、慈悲深い心を持つ女だ。
そんな彼女が、他国を滅ぼすなどと……。
「……ええ、そうですね。臣下のなかには、そういう意見を持つものもいるということです。私は、やはり争いは望みません。できることなら、ガルドールとも、平和的な解決の道を探りたい」
タレアは、そこで再び俺に視線を戻した。
「ユアン様、あなたにはガルドール帝国へ行っていただきたいのです。ガルドール帝国の現状を、その目で確かめてきていただきたいのです。そして……可能であれば、交渉できる相手を探してほしい」
「交渉、だと?」
「はい。ガルドール帝国が完全に崩壊してしまうと、エルデ王国にとっても、非常に困ったことになるのです」
タレアは、そこで一度言葉を切り、苦しげに顔を歪めた。
「……詳しく話せ」
俺がうながすと、タレアは重い口を開いた。
「ガルドール帝国は、長年、この地域の軍事バランスを保つ、ある種の『錘』となっていました。周辺諸国は、ガルドールという共通の脅威があるからこそ、互いに牽制し合い、大規模な戦争を避けてきたのです」
なるほどな。
「もし、ガルドールが完全に消滅すれば、その均衡は崩壊します。抑え込まれていた小国同士の争いが激化し、この地域全体が、再び戦火に包まれる可能性が高いのです。それだけは、絶対に避けねばなりません。そこで、ユアン様にはガルドール帝国内で、穏健派を探し出していただきたいと考えています」
「穏健派ね……」
「はい。ガルドール帝国の中にも、戦争を望まない者は必ずいるはずです。そういった者たちをまとめ上げ、新たな指導者として擁立できれば、混乱を最小限に抑え、平和的な解決への道が開けるかもしれません」
タレアの言葉は、理想論のようにも聞こえるが、可能性がゼロではないことも確かだ。
「だが、どうやってそんな相手を見つける? ガルドール帝国の内情なんて、俺にはさっぱりだ」
「ええ、ですから、まずは情報収集からお願いしたいのです。あなたの圧倒的な力があれば、混乱する帝国内でも、比較的自由に動けるはずです」
そうだな。まあ、クララと一緒に行くか……。
「そして、もう一つ……」
タレアは、そこで言葉を切り、少し言いづらそうに続けた。
「実は、ガルドール帝国の第四王女、ヴィヴィ様が、何者かにさらわれたという噂があるのです」
「さらわれた、だと?」
「はい。確かな情報ではありませんが……もし、ヴィヴィ様が無事であれば、彼女こそが、穏健派の中心人物となり得るかもしれません」
ライジアの言葉が、脳裏をよぎる。彼女は、ヴィヴィをタレアに託した。
「ヴィヴィ様は、以前から、他国との融和を訴えていたと聞いています。しかし、そのために、強硬派から疎まれ、命を狙われているという噂も……」
「……つまり、そのヴィヴィって女を見つけ出して、穏健派のトップに据えろってことか?」
「はい……それが、最も望ましい形です」
タレアは、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「もちろん、簡単なことではないでしょう。危険も伴います。ですが……ユアン様、あなたにしか、この任務は果たせないのです。お願いできますか?」
「……今度の依頼も、報酬は前払いでもらえるんだろうな?」
「ええ、当然です」
そう言って、タレアは自身の服に手をかけた。
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