010 追加の報酬
ギルフォードは血まみれの玉座に深く腰をおろしていた。
その顔には狂気じみた笑みが浮かんでいる。
全身から禍々しいオーラを放っていた。
「ギルフォード……なぜ、こんなことを……」
タレアの目元からは涙がこぼれていた。
しかし、その瞳にあるのは、悲しみではなく怒りだった。
「タレア姫……いや、もう姫ではないか。あなたには失望した」
ギルフォードは嘲笑を浮かべながらタレア姫を見下ろした。
「私との婚約を破棄し、あろうことか、あんな男に……」
ギルフォードは、俺を蔑むような目で見た。
「問おう」俺はギルフォードに言った。「お前の目的はなんだ?」
俺は言葉をつづけた。
「こんなことをして、なんになる? ガルドール帝国と内通し、エルデ王国を壊滅寸前にまで追いやり……。民のいない国の王になって、なんの意味がある? なぜ、国王を殺した?」
「ユアン、貴様にはわからないだろう。弱き者の気持ちが。持たざる者の気持ちが!」
俺は、ギルフォードが何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
「何を言っているんだ。俺は、爵位も、領地も得られなかった。何も……」
「貴様を追放したとき、私は勝ったと思った。これで、タレア姫を手に入れることができると。私が、次期王になれると……。だが、違った」
ギルフォードは俺をにらみつけた。
「皆、貴様の力に惹かれていた。兵士も、貴族も……。屈辱だった。私には力が足りなかった」
「だからなんだ。それがどうした」
「貴様に勝ちたいと思った……思ってしまったんだ!」
ギルフォードが、叫んだ。
黒い靄がギルフォードの体を包み込む。
ギルフォードの姿が、徐々に変化していく。
体は巨大化し、筋肉は隆起し、目は赤く光り輝く。
まるで、悪魔のような姿だ。
「……これが、私の力だ!」
ギルフォードが、咆哮した。
俺は心眼を発動し、ギルフォードの動きを見極めた。
ギルフォードは巨大な拳を振りかぶり、俺に殴りかかってきた。
神速で攻撃をかわし、ギルフォードの懐に飛び込んだ。
そして、剛力を込めた剣を、ギルフォードの腹に突き刺した。
「……ぐっ……!」
ギルフォードが苦悶の声を上げた。
しかし、傷はすぐに塞がってしまう。
「……無駄だ、ユアン。私の体は、この場にある屍、全ての魂を取り込み、強化されている」
ギルフォードは、嘲笑した。
「この部屋にいる、王、重臣、兵士……。皆、私の力となったのだ」
「外道だな」
思わず、自分の言葉に笑いが漏れた。
外道は、どっちだかわからない。
俺だって外道だ。
俺は剣を構え直した。
「……ならば、何度でも斬り刻んでやる」
俺はギルフォードに斬りかかった。
剣と拳が、激しくぶつかり合う。
火花が散り、衝撃波が部屋中に吹き荒れる。
俺は、何度も、何度も、ギルフォードを斬りつけた。
しかし、ギルフォードは、倒れない。
傷はすぐに塞がり、何度斬りつけても、立ち上がってくる。
「無駄だと言っているだろう、ユアン!」
ギルフォードが、嘲笑しながら言った。
「貴様では、私には勝てない!」
ギルフォードの拳の一撃で、俺の持っていた剣が弾け飛ぶ。
俺は自分の手を見た。
そして、思わず笑ってしまった。
「どうした? 死を目前に、現実が見えなくなったか」
「いや……。やっと、戦いの勘が戻ったんだ」
二年に渡る穏やかな生活で、俺の強さは、すっかりなまっていたのだ。
あまりにも自分が最強すぎるので、そのことに気づくのが遅れてしまった。
だから笑ったのだ。
ギルフォードと戦って、ようやく体が目を覚ましつつあった。
「悪いが、ここから先は一方的な戦いになる」
俺はそう宣言した。
弾け飛んだ剣を拾うこともせず、ギルフォードに向き直った。
拳を軽く握り、構えを取る。
「……剣を捨てた? 正気か?」
ギルフォードは嘲笑を浮かべた。
俺は言葉を返す。
「この拳で十分だ」
ギルフォードは咆哮し、再び巨大な拳を振りかぶってきた。
しかし、今の俺には、その動きは遅すぎる。
心眼で全てを見切り、神速でその拳を躱す。
がら空きになったギルフォードの脇腹に、剛力を込めた拳を叩き込んだ。
「ぐ……!」
ギルフォードの巨体が揺らぐ。
「効いているようだな」
俺は、間髪入れずに追撃を加える。
右の拳を、ギルフォードの顔面に叩き込む。
ギルフォードの顔が歪み、鼻血が噴き出す。
しかし、傷はすぐに塞がっていく。
「しぶといな」
俺は、さらに攻撃を続けた。
左の拳を、ギルフォードの腹に叩き込む。
ギルフォードの体が大きく後退する。
しかし、それでも倒れない。
「無駄だ……! 何度攻撃しても、私は死なない……!」
ギルフォードは、息を切らしながら、叫んだ。
「そうかな?」
俺は、冷たく笑った。
「お前の体は、確かに再生している。だが、その速度は確実に遅くなっている。そして、お前の魔力も……確実に減っている」
俺の言葉に、ギルフォードの顔に焦りの色が浮かんだ。
「黙れ……! 黙れ……!」
ギルフォードは、再び拳を振りかぶってきた。
しかし、その動きは、最初と比べて明らかに遅く、弱々しい。
俺は、その拳を簡単にかわし、ギルフォードの顔面に、渾身の右ストレートを叩き込んだ。
ギルフォードの体が大きく吹き飛ぶ。
そして、壁に激突し、床に崩れ落ちた。
「終わりだ、ギルフォード」
俺は、全身の力を乗せた、最後の一撃を放った。
その拳で、ギルフォードを打ち砕いた。
静寂が場を支配する。
背後を振り返ると、リリアとタレアの姿があった。
「……ユアン様。ありがとうございます」
「すまなかった」
俺の謝罪に、タレア姫は不思議そうな顔をしていた。
「なぜ謝るのですか? あなたは、この国を救った英雄です」
「王を守ることができなかった。それに……」
俺が本当に謝りたかったことは……。
「あんたの弱みにつけ込んで、無理やり抱いた。すまなかった」
タレアの表情が、緩んだ。
「良いんですよ。そんなこと。ユアン様は、私たちを……この国を救ってくださいました。本当に感謝しています。ありがとうございます」
戦いは終わった。
体は、未だに戦いの熱を帯びていた。
震える手。恐怖からではない。
俺の体は、さらなる戦いを。
そして、さらなる血を求めていた。
自分が恐ろしい。
このまま、意思を失い、戦いつづけてしまうような、そんな気がしてならなかった。
「……すでに前払いでいただいたが、追加の報酬をもらっても良いか」
「ええ、なんなりと」
「……俺のことを、抱きしめてくれないか」
「え?」
「……いや、やっぱり良い。忘れてくれ。いまのは、気の迷いだ」
タレアは、しばらく黙っていた。
しかし、ゆっくりと歩いてきて、俺のことを抱きしめた。
タレア姫の体は、温かく、そして柔らかかった。
「頑張りましたね。本当に」
戦うことしかできない俺だが……。
少しだけ救われたような、そんな気がした。
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